第18話 才能と努力と
明に言われたようにバットを振ってみる。振る、のではなく上から叩きつけるように。
回そうとしていた時よりも体がスムーズに動くことを確認する。
「ふーん、そうすると俺は振り回しすぎてるってことか」
理解の早い雄輝に、明の表情がパーっと明るくなる。
「そうそう。昔、日本刀のように斬れって言われて大成したバッターがいてさ」
素っ気なく返されると踏んでいた明は、思いの外素直にアドバイスを聞いてくれる雄輝に段々と熱が入ってきている。なんでそこまでやるのか、という他のチームメイトの視線が二人に集まっている。
自分もあちら側、というよりももっと遠くから眺めている人種だったなと雄輝は思い出す。
(まぁ、面倒なことも多いけど一生懸命やってみると楽しいこともあるもんだぞ)
過去の自分に言うように冷めた目でこちらを見ている者達に、心中だけで語りかけていた。
雄輝の凝り固まった表情は変わりがないので、周囲の人間が彼の内面の変化に気づくことはない。明のように、積極的に関わってこようとする物好きだけが雄輝の本質に触れることができていた。
(相変わらず無表情だけど、観月って思ったより話しやすいな。やっぱ、偏見はダメだってことか)
明の言葉はさらに熱くなっていく。
「じゃあ、ちょっと試してくるか」
自分の打席が回ってきたことで、明の指導が中断して雄輝は打席に向かった。
背後から大音量で明の声援が聞こえてくる。
「暑苦しいやつ」
雄輝はじとっとした目で背中を丸めた。
さすがに、ああいう熱血な感じに巻き込まれるのは恥ずかしい。クレアの純粋な
ただ、前と違うのはそれに対して逃げなくなっただけ。応援してくれるのなら、自分なりに応えてみようかと思えるようになっただけなのだ。
一球目。
意識したバットを叩きつけてみる。ただ、思いが強すぎたのか窮屈になってしまい思うように体が動かなかった。
(やっぱ、難しいものだな)
明達は簡単に打っているように見えるのだが、安定してバットを振るのだけでも積み重ねが必要らしい。
クライアスに指南を受けてわかったことが雄輝にはある。その道を進んでいる者は、やはり相応の努力を積み重ねて今に至っているのだ。
自分には才能がないから、と逃げるのはまだいい。人間には向き不向きは確実にある。
それでも、「あいつは才能があるから」と逃げる理由に他者を持ってくるのだけは止めようと誓った。クレアと出会ったことで、一番雄輝が心変わりしたことはそれだ。
クレアは恵まれた能力を持って生まれた。それでも、彼女はきっと努力して、ここまでやってきたんだ。
いつもにこやかに笑っているのに、そんなクレアから雄輝が感じ取れるくらいだ。おそらく、彼の想像以上に過酷な道を歩んできている。
そんな彼女の助けになりたいと思った。少しでも、その重荷を減らしたかった。
この学校にクレアが来た時に見せた涙。それは、彼女が隠そうと思っていて隠しきれなかった感情だ。それを見て、雄輝の心は決まった。自分に特別な力がなかったとしても、やれるだけはやってみようと。
世の中のすごい人達は皆、天才だと思っていた。最初から、そういう役割を与えられているのだ、と。雄輝は自分にできないことがあると、すぐに才能がないと諦めてきた。そして、諦め続けた結果、何もできなくなってしまっていた。
本当に努力もせずに何事も成してしまう人間はいるだろう。そういう人は確かに特別だ。
それでも、クレアを見て誰でも頑張っているのだと感じれるようになった。才能がなかったとしても、頑張ってみるしかないのだ。
彼女の、クレアの横に並ぶためには。
(……何、恥ずかしい思考してるんだ。俺は)
思い浮かんだ、桃色の髪の少女の面影をぶんぶんと頭を振り回して消し去った。自分の自覚以上にクレアの存在が大きくなっていることに雄輝は気づいていない。
そんな長考をしているものだから、一球見逃してしまった。ただ、途中から振り出しても当たりそうなくらいには球はゆっくりとこちらに向かってきている。
落ち着いて、今度は球を叩き切ってみようと雄輝は息を吐いた。
三球目。
少し外側に外れた。窮屈になってしまっている雄輝の振りには丁度いい。腕が体から離れたことで、余裕ができた。
振るのではなく、構えた位置から一直線に斬ってしまうように。
手に軽い感触。バットの芯に当たったことで、押される感覚はない。雄輝はそのまま振り切った。
「おおっ!」
周囲の歓声に打球音はすぐに消える。雄輝の打球は、高い空に大きな放物線を描いていた。
雄輝の本塁打もあり接戦となったが、試合は負けてしまった。
(まぁ、仕方ないか)
雄輝にとってはそれだけのこと。真剣にはやってみたが、共に勝ち負けを喜ぶような人間関係もないし、ここまで積み上げてきたものもない。
ようやく打てたことは少しだけ嬉しい。本当にそれだけのことだ。
「なぁ、観月。野球部入ってみない?」
しかし、明にとってはそれだけの話にならず、試合終了後から放課後に至るまで執拗に勧誘を続けていた。
「だ~か~ら~、ムリだって言ってるだろ。それに、二年のこの時期に入部勧めるって頭おかしいだろ」
早くシルヴァランドに向かいたい雄輝は少し不機嫌である。
そもそも、学校内で雄輝が誰かと話している現場を見たことがない級友達が遠目に二人を眺めている。それも恥ずかしいから、雄輝はますます不機嫌になってくる。
「ムリじゃないって。遠くに飛ばすって才能いるんだよ、投げるのだって練習すればできるようになるし」
才能。それまでの雄輝であれば誰かに言ってほしかった言葉ではあるが、今の雄輝にはそれ以上に優先すべきことがある。
才能よりも、まずはそれをやりたいかどうかという気持ちだ。少なくとも、雄輝の野球をしたいという気持ちは野球部の連中に比べると米粒のように小さいもの。
それでは、頑張ることはできないし、やる意味がない。
「放課後は忙しいから」
雄輝は鞄を持って、席を立つ。明だって野球部の練習があるのだから、話を打ち切るべきだろう。
「……なんだ、やっぱり何かやってるのか」
意外とあっさり、明は雄輝に道をゆずった。
(そうか、他にやることがあると言えば良かったのか)
なぜ、思いつかなかったのだろう。今までの無駄な苦労を思い、雄輝は頭をかいた。
「なぁ、それって本当にやりたいこと?」
それでも諦めきれなかったのか、雄輝の背中に明が念押ししてくる。雄輝は振り返って答えた。
やりたいこと、と言われれば素直に言葉に出すことができる。
「まぁな」
今の自分がやりたいこと。それはシルヴァランドにあるということ。
その瞳が真っ直ぐだったので、今度こそ明は諦めた。
「じゃあ、仕方ないか」
頑張れよー、と後ろから声が聞こえてくる。
「最後まで恥ずかしいやつだな」
注目を浴びることで生まれる羞恥。
しかし、それ以上に悪くない想いを雄輝は抱いていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます