第15話 蒼き鎧
「おお」
雄輝は思わず、感嘆の声をあげた。自分の胸元をまじまじと見つめている。
そこには蒼くきらめく胸鎧。クレアの瞳を思わせる、澄んだ色でありながら力強さも感じた。
コスプレをする連中はこんな気持ちになってたのか、と雄輝は思う。
服装を変えるだけで、これだけ高揚するのなら彼らが趣味にするのも分かる気がすると雄輝は思った。
「どうですか?」
クレアが雄輝以上に目を輝かせて彼の姿を見つめていた。
ある程度自信をつけた雄輝は、今日からクレアとともに旅立つことを決めた。
目標はオデュポーンと同じく、神魔がこの世界に放った魔物達。神魔七柱。名前の通り、残りは六柱だ。
クレアの話では、神魔は完全な復活を遂げたわけではないらしい。自身が閉じ込められた狭間の世界から、自身の分身を送り込んでシルヴァランドを自分の力で染め上げようとしている。
それらを潰せば、神魔が弱るのと同時に今度こそ葬れる。クレアはそう考えていた。
「どうです、腕とか邪魔になっていませんか?」
自分とは違って雄輝の扱う武器は剣だから、自分のものを作るのとは感覚が違う。雄輝に可動域を確かめるようにクレアは促す。
「ん~、いや、普段の服と変わらない」
雄輝が着ているのは、クレアが生み出した魔法の鎧だ。
デザインはクレアのものとよく似ている。見た目がすっきりとしていて麗しい。軽くて動きやすいが、一見防御力は低めに見える。
クレアのそれを見ていると、そんな装備で矢面に立つのが心配になるほどであった。
しかし、実際に鎧を身にまとってみると、そんな雄輝の疑念は氷解した。
「これ、鎧ないところにも何かあるな」
自分の腕が露出しているところを、雄輝は叩いてみる。コツコツと、叩いた右手にだけ固い感触があった。
「全身を包んでますよ。牙だろうが、火炎だろうが、へっちゃらです」
クレアはえっへんと胸を張る。
雄輝はそんな彼女の様子に苦笑いを浮かべる。自分とは程遠い気高さを感じる時もあれば、自分より幼く見える時もある。
見ていて飽きない、雄輝はそう感じた。
「脱ぐときはどうするんだ」
「私に言ってもらえれば。脱ぐというより、魔力に戻すだけですから早いですよ」
そこで、ふと昔していたゲームのことを雄輝は思い出す。
「それ、効果解除とか、無力化とか。相手にそんな魔法かけられたらどうなるんだ?」
ステータス向上の魔法をどれだけ使っても無効化してくる相手に苦しんだ覚えがある。そういった敵相手には結局、レベルを上げて物理攻撃で殴っていたが現実的にはどうするのだろう。
そんな純粋な疑問だったが、雄輝の視線をクレアは別の意味で解釈する。
「やだ、ユウキさんのエッチ」
「ぶはっ」
クレアの胸元を隠すような仕草に雄輝は思わず吹き出した。
「なんで、そんな話になる!?」
雄輝は、げほげほと咳き込みながらクレアを非難する。
しかし、雄輝の声に勢いはない。そういう事態を考えなかったと言えば嘘になるからだ。
そんな雄輝の動揺を知ってか知らずか、クレアはべーっと舌を出す。
「残念でしたっ。たとえ鎧が消えても服着てますから!」
「いや、残念って、おまえな」
これ以上反論するとボロが出そうなので雄輝は口を閉じた。
そういえば、クレアの私服姿は見たことがないと雄輝は思い返す。
常に臨戦態勢だったのだろう、穏やかに見える時も彼女は戦いに備えていた。雄輝に見せる笑顔の裏にも、いつもどこかに緊張感をはらんでいた。
いつか、何の縛りもないときにクレアと過ごせたら。
(だから、こういうの考えてるからクレアにからかわれるんだろうが)
雄輝はそこまで想像して、ぶんぶんと首を振った。
「それにもし、そんなのがいてもすぐに直っちゃうので大丈夫です」
クレアは自信満々といった面持ちで話を続けている。
「私の魔力と繋がっていますから。ユウキさんの鎧だって、私が生きている間はユウキさんを守りつづけてくれます」
そこまで言い切って、クレアは後悔することになる。
(あっ)
明らかに、雄輝との間に流れていた空気が変わる。雄輝が複雑な表情をして、じっとクレアの顔を見つめていた。
その奥にある感情は、苛立ちだ。
また間違えてしまったのだろうか、クレアは焦りを隠せなかった。
「う~ん」
雄輝は雄輝で、クレアの表情が陰ったことで今自分がどういう顔をしているのか察した。
クレアを責めたいわけではない、そういうわけではないのだ。
「もうちょっと、別の言い方ないか?」
ただ、クレアの言い回しが雄輝には腑に落ちないだけなのだ
「それだと、おまえを犠牲にしてるみたいでさ。なんか、納得できん」
クレアと初めて出会ったとき、彼女は「私と一緒に」と言っていた。その後、傷つく彼女を見て、「もし自分が一緒にできるなら」と思った。
自分もようやく助けになれるかもしれない、と雄輝の中に自信が芽生えてきていた。
そんな矢先に聞いたのが、先程の台詞。
私が生きている間は守る、それは結局クレアが全てを背負おうとしているのだ。自分という重荷が増えただけでないかと雄輝は感じた。
クレアが話しているのは事実だ。この考えは、邪推にしかすぎない。
しかし、少なくとも雄輝はそんなクレアの意思を感じ取ってしまった。
冷静になれていない雄輝は自分の心が読めなかったが、彼の中にあったのはどうしようもない悔しさだった。結局、自分はクレアと一緒に戦えるような人間ではないのだと。
確かにクレアの責任感は変わりはなく、自分にできることなら自分がするべきだと思っている。しかし、同時に雄輝と共に戦える嬉しさだってあるのだ。
「う~んと」
言い方が駄目だというのなら、変えてみよう。
「私のことを守ってください、ユウキさん。私が傷つかなければ、貴方は無敵ですから」
クレアはそう、出会った頃と同じような真っ直ぐな視線で、雄輝に向けて言い放った。
雄輝は黙って、その言葉を聞いていた。反応が薄かったことで、クレアの顔色が不安に染まる。
うんうんと頷いて、雄輝はクレアの言葉を噛み砕く。すっと、自分の中に心の中に降りていくのを雄輝は感じた。
「いいな、それ。やる気出てきた」
渋い顔をしていた雄輝の表情は、まるで花が開いたかのように明るくなる。ニカッ、と子供らしい笑顔で彼は笑っていた。
そんな彼を見て、ドキリ、とクレアの胸が一拍大きく高鳴った。
雄輝の笑顔を、彼女は初めて目の辺りにしたのだ。
「まぁ、そんなこと言いながら守ってもらうほうが多いかもなぁ……どうした、クレア」
「え、いえ、なんでもありませんよ」
ははは、とごまかすように笑うクレア。
「さぁ、張り切って参りましょう。ユウキさん、しっかり私に着いてきてくださいね!」
「いや、着いてくけどさ、なぜ走る。なんで、そんな急にテンション高くなってるのさ」
自分自身もよくわかっていない感情の動き。
クレアはそんな初めての出来事に、興奮を隠しきれないでいた。
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