魔剣買いました
@aiba_todome
第1話 女騎士がいました
「魔剣買いませんか?」
ドアを開けるとセールスマンから魔剣を勧められた。黒い山高帽に、包帯でぐるぐる巻きにした顔がチャーミングな男だ。不審者か。
腰の低い礼儀正しい人のようで、腰を90度曲げて俺の目線に合わせている。足長おじさんか。
黒ずくめのスーツで包んだ胴体は更に長くて脚の倍はある。まともに立ったら4m近いんじゃないか?ロールスロイスかよ。
結論、化け物だ。
「あ、すいませんうちお金ないんで」
「結構です!お金はいただきません。ただ魔剣を使って欲しいのです」
えらくしわがれた、しかし耳に良く通る声で話す。実に異様な奴だ。
「魔剣て。ストーム〇リンガーとかムラマサとか?」
「いえ、どちらかと言えば某火薬エロゲメーカーの熱血ロボットとか、虎と
「過不足なく伝わるが誤解を招く表現はやめろ」
確かにラブもコメディもあるがあれは断じてラブコメではない。もっとおぞましいなにかだ。
しかしそれでは物というより何らかの技術のように思えるのだが。
「ええ、その通りです。魔剣は魔剣でも技術としての、あるいは概念としての魔剣。わたくしは
「人の心をさらりと読むな。とにかくそんなものの置き場所は家にはないんで。帰りは百八十度後ろです」
「ああ!待って待って」
ドアを閉めようとしたら文字通り首を突っ込んできた。せめて足入れろよ。
「今なら特典もつきますから。ほら、異世界英雄剣、もとい異世界で英雄になれる権利です」
異世界。いかにも流行りに乗った詐欺師が使いそうな手口だ。だがそれでも気になる所が若さ故の過ちか。
「……金は断固として払いませんよ」
「勿論ですとも!お金はいりません、貴方がその世界で活躍して頂ければそれで良いのです!」
「じゃあ、契約書とか要りますか」
「いえいえ、双方の合意さえあれば何ら問題ございません。それでは英雄の魔剣を買っていただけるということで、よろしいですね?」
まあ、契約書が無ければ後で料金を請求されることもないだろうし、タダで買うだけならいいか。
「それでは契約は成立です!どうぞ、素晴らしき魔剣ライフをお楽しみ下さい!」
「いや、まだ何も言ってないけど」
「双方の合意、それさえあれば良いのです。あなたは心の中で頷かれました。それで契約は成立です。では、おさらば!」
怪人はそう言うと、腰を折り曲げたままぐるりと回り、俺の身長くらいの、奴の胴の半分ほどの脚を回転させて去って行った。そう歩くのかよ。
はたして晩夏の熱が生み出した幻だったのか、影も形も料金も無い魔剣を売りつけられた俺は、家の中に戻ると、出張でいない親父と、息子が料理が出来るのをいいことに映画を見に行っているお袋に代わって夕飯を作る。玉ねぎに目をやられる前に、関の包丁でこれをみじん切りにしなければならない。
時間との勝負だ。俺は包丁を軽く握り。
そして森の中にいた。
「ん?」
思わず包丁を落とす。ことんと音がする。下を見るとまな板と玉ねぎ。もう一度包丁を取る。森の中にいる。
針葉樹林だ。色の濃い葉っぱが日光を遮り、日はまだ高いが、どことなく薄暗く、不気味な雰囲気が漂っている。はだしに落ち葉や木の枝が刺さって痛い。セールスマンの怪しい口上を思い出す。異世界だ。
いやいや、なにも異世界と決まった訳じゃない。気候はかなり涼しい。今が元の世界と同じ夏だとすれば、かなり緯度が高い。となればヨーロッパあたりに瞬間移動した可能性もある。異世界転移とどちらがありえそうか。ちょっとした問題だ。
何度か包丁を放したり取ったりする。どうも包丁、というか刃物を身に着けていると異世界に行けるらしい。魔剣だけに。そうなると冒険心が湧いてきた。異世界だか何処かの森だか知らないが、こうなれば少し探検したくなるのが人情というもの。
手袋をはめて包丁を持つ。肌に刃物の一部が触れていなければ転移は起きないようだ。とりあえず登山用のパンツとチェックシャツを取り出し、靴も出来るだけ頑丈なものを履く。手袋を外し、包丁を握る。森の中だ。
真直ぐ伸びた木が多いので見通しは悪くないが、並びは適当だ。人工林ではないらしい。とりあえず楽に歩ける下りの道を進む。道といっても下草が割と少ない方、という意味でしかないが。地盤はしっかりしているようで、踏みしめても崩れたりはしない。山歩きは得意だ。これなら道路とそう変わらない速度で進める。
5分も歩いただろうか、水の音と匂い。川のせせらぎが聞こえる。流石に生水を飲もうとは思えないが、川はいい。どうせ観光気分だし、景色を楽しむのも悪くないだろう。足場もいいので軽く走るように木々の合間から飛び出す。
人がいた。
5人の武装したごつい男たちが、川を背にした軽装の女を取り囲んでいる。かなり犯罪的な構図だ。男たちはお揃いの鎖帷子、この場合チェーンメイルか。それに先が尖った帽子のような兜。いかにもどこかの兵士な風体だ。
女の方は、なんというか薄い本でひどいことされる係のような外見である。きらっきらの金髪をポニーテールにまとめて、王冠みたいに凝った彫金がしてある鉢金のような防具で頭を守っている。
鎧は動き易さを重視してか、胴と手足だけ付けている。しかし銀色も眩しい板金鎧はかなり良い物のようだった。特に胸の辺りはきちんと体型に合わせて、締め付けずに保持出来るよう見事なくびれを描いている。
あのフォルムならEは固い。あれはいいものだ。もちろん鎧がね?郷土資料館で1日時間を潰したことのある俺には分かる。あれは当世具足だったけど。
鎧の素晴らしさに見惚れていた視線に気付いたのか、気がつけば皆こっちを見ていた。まああれだけ景気よく飛び出せば気付くよね。
「人か!?」
「何故こんな所に。浮浪者か?」
「どうする」
「農民か旅人か知らんが、生かしてはおけん。カール、やれ」
外国語は分からん。だが何故か意味が理解できる。えらい巻き舌で全く聞き取れないのだが、こう言っているのかな、と勝手に脳が気を利かせて翻訳しているようだ。あとこれピンチじゃね?
と、その時女騎士が動いた。見切れたのが不思議なくらい無駄のない踏み込み。体の柔らかさを生かして、股が地に付かんばかりに脚を開き、細身だが頑丈そうな剣を右手で刺し込む。
女騎士から見て右の兵士があっ、と叫んでうずくまる。胴と脚甲の隙間を刺されたらしい。河原に赤黒い液体がこぼれる。動脈までは届いてないようだが、あれではもう走れないだろう。
突きをそのままスタートダッシュにして女騎士が走り出す。数の不利を良く知っている。冷静な奴だ。
しかし兵士も優秀なようで、戦闘不能の1人は置き去りに。3人は女騎士を追い、残りの1人、多分カールって名前の割りと若い男は俺に向かって走ってきた。あ、俺をぬっ殺せって命令まだ生きてたんだ。
さて彼我の戦闘力を確認せねば。向こう。肉食って腕立て伏せばかりしてそうなスポーツマン風の兄貴。武器はロングソード。
こっち。山歩きが得意な高校生。武器は孫六兼元(包丁)。
うーん、死んだか?
秒読み段階に入った寿命に反して、なぜか俺は冷静だった。目の座った巨漢が刃物を持って走ってくれば、普通腰を抜かすか身動き一つ出来やしないだろう。いや、それよりもさっさと包丁から手を離して元の世界に戻ればいいだけだ。
包丁を逆手に持つ。くるりと回した手に震えは無い。腰を沈め、相手の挙動を観察する。膝は柔らかく、視野は森の木々で間合いを測れる程には広い。兵士が剣を右肩に担いだ。
俺を首元から真っ二つにする軌道で、鋼の塊が落ちてくる。本来なら身もすくむ思いなのだろうが、俺には隙をついてくれとわざわざ大振りをしてくれるように見えた。
右半身を前に出して、剣が到達する前に胸に飛び込む。逆手に持った包丁は、相手の左手首を下から押さえる。火花が腕に降りかかり、包丁は皮を切って鉄板に僅かに食い込んだ。突然の痛みと切られたという驚愕で怯む男に、そのままタックルをかます。鉄にぶち当たると流石に痛い。だが体勢の有利はこちらにある。ぐらりとゆれた足の間にこっちの足を入れて、思いっきり引き倒した。
がいん、という普段では聞かない音がして、石ころが散乱する河原に背中から倒れこんだ。死んではいないようだが、後頭部を強かに打ったらしい。悶絶している。
これで一旦危機は逃れた訳だ。レベルアップしたようには感じないが、選択肢は増えた。1、ここからダッシュで逃げる。2、包丁から手を離して家に帰る。3、女騎士を追う。
当然やることは決まっていた。やけにテンションが上がる。身体が戦いを求めている。何に突き動かされているかも分からないまま、俺は走り出した。
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