REVIVAL ー生涯ー

「もう行ってしまわれるのですか? もっとゆっくりしても」

「なに、次の本を見つけたら、またすぐに戻ってきますよ」

 ありがたい提案ではあるが、あいにくエルフの皆と違って、私には時間があまり残されていない。

 入り口近くの川辺で元のスーツに着替える。私が森へ行っていること自体、誰にも知られたくない。穏やかに暮らす彼らを無暗に脅かしたくはないから。

 トランクケースに手を伸ば――



 ぐにゃり、と、視界が大きく歪んだ。



 勉強をさぼって本ばかり読んでいた幼少期の私、貴重な青春を図書室に費やした学生時代の私、少ないバイト代を本と安い弁当にすべて費やした私、初めて貯金を覚えて高い指輪のために本さえ我慢していた新卒社員の私、

 次々と浮かんでは消える記憶の奔流に押し流され、

 私の意識は

 遠いひかりのおくへと


 いやだ



 まだわた し     は


















 ひかり。

 光。

 木漏れ日。

 いや。この緑銀の煌めきは、陽の光ではない。太陽と呼ぶべき天体がこちらの世界にもあるのか、私はまだ知らないが。どうやら夜はあるらしく、地球に似た植生が存在す――

「せんせーっ!!」

 私の胸に飛び込んできたのは、70歳の女の子。ふわりと柔らかい感触については、あまり深く考えないことにする。愛の誓いも手にしていることだし。

「目覚めたか」

 はて、私は寝ていたのだろうか。

 記憶を揺さぶってみる。森の入り口、川辺に辿り着いたところまでは覚えているのだけれど。

「どうやら打ち所が悪かったらしい。本当に、申し訳ないことをした」

 非常に緩慢な動きで、神龍様は首を下げた。風を起こさないように気遣っているようにも見える。そうか、あの時のダメージか。

「もしかして、死にかけてたんでしょうか、私」

「死にかけというか、カンペキに死んでたぜ。先生」

「魂が残っててよかったよー。もう少し遅れてたら蘇生できなかったって」

 蘇生という言葉を、そのままの意味で使う日が来ようとは。それもまさか、自分の身で体験することになろうとは、全く想像もしていなかった。

「そりゃ、薬局も潰れるわけだね」

「薬局って?」

「あっちの世界で、薬を売るお店のことさ。薬というのは、科学を駆使して作られた、怪我や病気を治りやすくするものなんだ。でも薬より、魔法の方がはるかに便利だね」

 おそらくは神龍様の持つ特別な力だろう。しかし、蘇生なんて芸当を本当にやってのけるとは。医学だけは、こちらの世界には必要ないのかもしれない。

「神様、しっかりしてよねー! 命を司る神様が、人殺しなんて笑えないよ」

「本当に、申し訳ないことをした。なにか礼をしよう」

「いえいえ。むしろ、助けてもらってありがとうございました」

 対価は求めない。求める気がしない。神としての威厳が損なわれた、それだけで彼女(卵を産むから、生物学的には女性のはずだ)にはかなりキツいだろう。

「それじゃ、私はこれで」

 立ち上がると、体がとても軽い。10歳は若返った気分だ。さすが、命を司るだけのことはある。次に来るときは、なにかお供え物でも持ってこようか。


「本当に、行くのか?」

 生徒の一人が、私を呼び止めた。

「ずっとここにいてもいいんだよ。だって……もしあっちで何かあっても、神様、助けられないよ」

 それは彼らの総意のようだった。そしてとても魅力的な提案だった。

 が、しかし。

「私は先生ですからね。本を持ってくるという、他の誰にもできない仕事がありますから」

「……そっか。そうだよな」

 彼らは笑った。うまく笑えない者もいたが、気づかないことにした。

「次も楽しみにしてるから! 絶対、すぐに帰ってきてね!」

「もちろん。約束しよう」



 彼らの手前、そうは言ったものの。そろそろ本気で考えないといけない問題だ。

 せめてもう五年早く、事故があったその日に、ゲートのことを知っていれば――


 いや、よそう。

 時間は巻き戻らない。時代は前にしか進まない。

 考えるのは、常に、これからのことであるべきだ。

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