FUTURE ー教育ー

「先生、これ見てくれよ!」

 生徒の1人、30歳前半の男の子が見せてくれたものは、ログハウスのミニチュアだ。木を削った部品をいくつも組み合わせ、しっかり自立する構造になっている。

 彼は家を造りたいと言っていた。木をくり抜いた簡素なエルフの住まいでも、煉瓦を積み上げた旅人の宿屋でもなく、鉄筋コンクリートの一軒家を。

「すごいじゃないか。よくできてる」

「だろ? まずはこいつを、住めるサイズで森に造ってみようと思っててさ」

「ほうほう。これを、このまま?」

「おう!」

 元気があるのはとてもいい。彼が実行に移す前に来られたのは、幸運なことだ。

「水を差して悪いけれどね。素材も太さもこのままだと、きっと崩れてしまうよ」

「えっ? ……あ、そっか!」

 彼らに最初に配ったのは、白紙のノートとペンだった。

 おそらく6冊目か7冊目のノートに、彼は計算式を書き込んでいく。

「サイズが二倍になると、質量は三乗で八倍になるけど、圧力がかかる面は四倍にしかならない……実寸大が、仮に十倍だとしたら……支えるためには、柱の本数をもっと増やさないと……それに、床の強度も考えて……」

 もう、彼におじさんの助言は必要ないようだ。若い子はエネルギーがあっていい。

「熱心だね。いいじゃないか」

「そりゃ、力も入るってもんだよ」

 彼の隣から、70歳前半の女の子が声を上げた。

「トウキョウタワー、だっけ? あんなの見せられたら、ワクワクするに決まってるじゃん」

 彼らはそれを、知識として知っていた。


 例の事件から五年。偶然バスで転移した先駆者達の努力が実り、こちらの世界でも日本語はそれなりに通用する。どうやらよほど優秀な国語教師が同伴していたらしい。

 修学旅行生と異世界の人々、最初のコミュニケーションに使われたのが、写真だった。自分たちの世界を説明するために、彼らはまず、観光地――東京の風景を見せたのだ。転移したのが帰りのバスでよかった、というコメントが当時の新聞やネットニュースに残されている。



 こちらの世界には魔法がある。しかし同時に、科学も存在することが明らかになっている。

 重力もある。酸素もある。魔力マナと魔法、それらは人間界にはないものだが、こちらの世界もあちらと同じ科学をベースに成り立っているし、環境はどことなく地球に似ている。

 だが、こちらの世界の化学レベルは地球の後進国以下だ。二つの世界で明確に異なるのが知識の量だった。魔法でなんでも出来てしまうから、こちらの世界には研究者という職業そのものが存在しなかった。それはそうだ。自力で空を飛べるなら、ライト兄弟は飛行機を造らなかっただろう。


 私は、それでも飛行機を造りたい。

 もっと言えば、私はその先を見たいのだ。人間の持つ化学技術に魔法を組み合わせれば、もっと大きなことができるはずだ。

 エルフはこちらの種族の中でも勉学には秀でる方だ。彼らの流暢な日本語が物語っている。加えて、エルフの寿命は人間よりはるかに長い。蓄えた知識は、数百年単位で彼らの中に残る。きっとその次の世代にも。


 一つ残念なのは、私が研究者ではなく、ただの本好きだということ。

 そしてもう一つ。私が人間で、エルフほど長生きではないということだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る