MONEY ー投資ー
「お買い上げありがとうございます」
「いやいや。ここは品揃えがいいからね。また来させてもらうよ」
「いやー、ほんとにありがたいですよ。お店がなんとかやっていけてるの、お客様がたくさん買ってくれるおかげですから」
バーコードを読み取る手は慣れたもので、スピードと正確さを備えている。雑談を挟む余裕もある。もしレジの代わりにそろばんを使ったなら、きっとこうはいかないだろう。科学は、機械は便利なものだ。たとえ魔法という概念があったとしても、それは変わらない。むしろ、魔法と科学の共存する未来こそ、私たちが目指すべき道ではないだろうか。
「23点、合計3万8012円です」
「手間をかけさせたね。ありがとう。お釣りはいらないよ」
1万円の紙幣を4枚、受け皿に置いた。お言葉に甘えて、と、彼女は満面の笑みを浮かべながら、全額を受け取った。
「じゃあ、詰めるのお手伝いしますね」
「お言葉に甘えさせてもらうよ」
私は持参した空っぽのトランクケースを開けて、彼女と共に4万円分の本を詰めこんでいく。
「しっかし、お客さんお金持ちですよねー。お仕事は何をされてるんです?」
「悪いね。残念ながら、秘密だよ」
「ちぇー。それだけお金があったら、ボクの装備一式まるごと新調してもお釣りが出ますよ」
「お釣りはしっかり貰うんだね?」
「はい。ボクはお客さんと違って富豪じゃないので。古い装備もきっちり売ります」
「私だって、買った本を捨てたりしないさ」
「毎度こんなに買って、いったいどこに保管してるんです? そんなに大きな家に住んでるんですか? それに、毎回23冊なのにはどんな理由が?」
「秘密だよ」
「そればっかり」
ぱたんと閉じて、重くなったトランクを立てる。
「では、失礼するよ」
「ありがとうございましたー」
キィ、という音に見送られ、私は老舗の本屋を後にした。
潰れるのは、もう少し待ってもらえると助かる。
「止まれ!」
ゲートを前に、門番に引き留められた。
黒い鎧――向こうの世界でしか手に入らない金属、オリハルコンを用いた鎧に全身を包む、屈強な男が一人。
あの日以来、世界各所に開いたゲートは各国政府によって厳重に管理されている。無許可で行き来することは重大な犯罪になる。その法律が施行されるまでのわずかな期間に、かなりの人間が向こうに流れてしまったようだが。若者の行動力には、目を見張るものがある。
「君は、新顔かな? 失礼、いつもは顔パスなものでね」
紺色のスーツのポケットから、縦開きのケースを取り出し、見せてやる。
「……ね、年間パスポート……!?」
「ああ、失礼。少し急いでいるのだが、通してもらっていいかね?」
「はっ! ど、どうぞお通りください!」
驚くのも無理はないだろう。なんせ、あちらとこちらを自由に行き来する権利だ。当然、途方もない額がつけられている。普通はあの子のように、回数券でも買うのが主流だ。
だが、私のように頻繁に行き来する人間には、こちらの方がかえって安上がりだったりするのだ。
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