齢50、異世界に夢を見る。

井戸

OPEN ー入口ー

「いらっしゃいませー。あ、お客さん。お久しぶりです」


 若い女の子の声。開閉のたびにキィと鳴る、木でできたおんぼろドアと併せるにはいささか元気すぎる声だ。きっとあと30年もすれば、いい塩梅になるだろう。リフォームするのはもったいない。今はどこも、鉄やらコンクリートやら、あるいはオリハルコンが主流になってしまった。若いころはよかったなどというお決まりの台詞、自分では絶対に言うまいと、若いころは思っていたのだがなあ。

 時間は巻き戻らない。時代は前に進むしかない。だが、進んだ先に別の世界があろうとは、一体誰が想像できようか。


「やあ。今日はひとりかい?」

「ですです。毎日当たり前のようにワンオペですよ。手当て出るからいいんですけどね。強い杖買ったのはいいんですけど、潜ったダンジョンでポーション切らしちゃって。ちょっと調子に乗りすぎちゃいました。早く稼いで、持ち物整えないと。そうそう、回数券も買い足さなきゃ」

「楽しそうでいいね。おじさんもあと30歳若かったら、君らのように暴れてやりたかったんだがなあ。年を取ると、どうしても体にガタが来てしまってね」

「お大事にー。うちは薬局じゃないですけど」

「そうだ、驚いたんだよ。いつも世話になってた薬局が潰れちゃってね。あちらのポーションやら薬草やらが、どうしても優秀すぎるんだろうね」

「あー、ですねぇ。本屋でさえ、2年前と比べてこんなにお客さん減っちゃいましたし」

「行きっぱなしも多いらしいね?」

「そうですそうです。ただでさえ少子高齢化だの高齢社会だの言ってたのに。おかげさまでバイト代に国からの援助までついてホクホクですよ」

「そのお金は向こうに落とすんだろう?」

「あはは、まあそうなんですけど。対策が対策になってないというか、後手後手になっちゃうせいでしっちゃかめっちゃかですよねー」

「無理もないよ。こんな日が来るとは、誰も予想してなかったからね」

「ボクも予想してなかったです。けど、期待はしてたかも。いつかこんな日が来ればいいな、って」

「その差かなあ。若者は冒険心に溢れていていいね。大人は年を取れば取るほど、時間をかけて高く積み上げてきたものを、崩したくないと思ってしまうから」



 人間界と異世界をつなぐゲートが開いたのは、今から2年前のことだ。

 それからさらに遡ること3年。とある山道で、就学旅行中の学生と教員、同行していた職員が行方不明になる事件があった。

 その事件が世間の注目を浴びたのは、犠牲者の人数もさることながら、奇妙な点が数多く残されていたからだ。当日のスケジュールや多くの目撃証言、なによりバスを追っていたGPSの履歴から、行方不明になった時間、バスは山道を走っていたと考えられた。しかし、いくら周囲を捜索しても、遺体はおろかバスも装飾品も、事故の形跡すら見つからない。神隠しにでもあったかのように、一切の手がかりが残されていなかった。

 警察は捜索範囲を広げに広げ、一時はバス会社へのハッキングまで視野に入れたが、何も見つかるはずがなかった。

 なぜなら、彼らはバスごと異世界に飛ばされていたのである。


 2年前。

 不可思議な事件で帰らぬ人となっていたはずの彼らは、再び世間を騒がせ、一躍時の人となり。

 こちらとあちらを繋ぐゲートのことは、SNSや掲示板、まとめサイトなど、あらゆるネットワークを通じて瞬く間に広がっていった。情報規制など、かける暇もないスピードで。

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