ラブレターとブラックボックス
◎千字版
郵便ポストの前で、じっと考え込む。これを投函してしまったら、わたしの恋はもう後戻り出来なくなる。声に出すのと文字にするのとは違う。相手に届いた文字は、その結末がどうなってももう取り消すことが出来ないんだ。わたしにとっても、受け取った相手にとっても。
ラブレターでの告白なんて、ものすごく時代遅れ。確かにそうなのかもしれない。でも、わたしにはそれしか告白の方法が思いつかなかったし、それしか相手に想いを届ける手段がないと思う。だって……彼はわたしの目の前にはいないから。
わたしが投函しようとしている一通の封書を、まだ入れないのって顔で待っている郵便ポスト。ちょっと待ってね。わたしはまだ心の整理がつかないの。これがあなたのお腹に入ってしまったあとは、わたしにはどうしようもなくなるから。
「ふう……」
改めて、もう一度封書を確かめる。薄い水色の封筒。宛先の住所と名前、差出人であるわたしの住所と名前。切手もきちんと貼ったし、封緘も完璧だ。あとは、わたしがポストの中に落とすだけ。
郵便ポストの中はブラックボックス。そこから先は、わたしには何も分からなくなる。それがどんな風に集配され、仕分けされ、向こうに届くか……はね。そして、ポストの中だけでなく、この封書の中身もブラックボックスだ。書いたわたしと受け取った彼以外は、この中身を見ることが出来ない。隠してあった想いは、最後まで彼以外の誰の目に触れることもなく、ブラックボックスに入ったままで終わるんだろうか……。
何度か溜息を繰り返したわたしは、諦めた。投函することをではなく、投函した結果を考えることを。
ぽとん。わたしの手を離れた封筒は、小さな落下音を残してブラックボックスに飲み込まれた。
「行ってらっしゃい」
◇ ◇ ◇
いつものように郵便ポストを開けた局員の
「ふうん……」
ポストから封書を回収した真島は、郵便集配用の袋ではなく、書留などを収める革バッグの中にそれをしまった。
「これ、料金が足らんわ」
◇ ◇ ◇
翌々日。あの封書は、わたしの手元に戻ってきてしまった。
『基本料金が不足しています』
「あーあ」
切手は貼ったけど、額面を確かめなかったんだ。ハガキの料金で配達してっていうのはやっぱ無理かー。
わたしの恋心は、結局ブラックボックスから出てこれなかった。
「これも……運命ってことなんだろなあ」
【 了 】
◎三千字版
郵便ポストの前で、じっと考え込む。これを投函してしまったら、わたしの恋はもう後戻り出来なくなる。声に出すのと文字にするのとは違う。相手に届いた文字は、その結末がどうなってももう取り消すことが出来ないんだ。わたしにとっても、受け取った相手にとっても。
ラブレターでの告白なんて、ものすごく時代遅れ。確かにそうなのかもしれない。でも、わたしにはそれしか告白の方法が思いつかなかったし、それしか相手に想いを届ける手段がないと思う。だって……彼はわたしの目の前にはいないから。
わたしが投函しようとしている一通の封書を、まだ入れないのって顔で待っている郵便ポスト。ちょっと待ってね。わたしはまだ心の整理がつかないの。これがあなたのお腹に入ってしまったあとは、わたしにはどうしようもなくなるから。
「ふう……」
改めて、もう一度封書を確かめる。薄い水色の封筒。宛先の住所と名前、差出人であるわたしの住所と名前。切手もきちんと貼ったし、封緘も完璧だ。あとは、わたしがポストの中に落とすだけ。
郵便ポストの中はブラックボックス。そこから先は、わたしには何も分からなくなる。それがどんな風に集配され、仕分けされ、向こうに届くか……はね。そして、ポストの中だけでなく、この封書の中身もブラックボックスだ。書いたわたしと受け取った彼以外は、この中身を見ることが出来ない。隠してあった想いは、最後まで彼以外の誰の目に触れることもなく、ブラックボックスに入ったままで終わるんだろうか……。
何度か溜息を繰り返したわたしは、諦めた。投函することをではなく、投函した結果を考えることを。
ぽとん。わたしの手を離れた封筒は、小さな落下音を残してブラックボックスに飲み込まれた。
「行ってらっしゃい」
◇ ◇ ◇
「もう意味がないんだから、さっさとポストを撤収してほしいよ」
人気の全くない農道をミニバイクでとことこ走っていた郵便局員の
馬鹿馬鹿しいのは確かだが、一応ポストの中身が空かどうかは確認しなければならない。無人の辻にぽつんと立っているポストの腹を開け、すぐ閉めようとした真島は、底に封書が一通落ちているのを見つけた。
「はあ?」
村の中心部には何箇所もポストがあるし、少し離れた地区なら電話で申し込むタイプの集荷も受け付けてる。わざわざこんなとこまで来て投函する物好きがおるんか。
首を傾げた真島だったが、封書に書かれていた宛先と差出人の名前を見て、納得した。
「ふうん……」
ポストから封書を回収した真島は、郵便集配用の袋ではなく、書留などを収める革バッグの中にそれをしまった。
「これ、料金が足らんわ」
そのまま局に戻った真島は、郵便局のカウンターの上で封書に付箋をつけた。
『基本料金が不足しています』
「めぐみも、相変わらず肝心なところが抜けとるよなあ」
付箋に日付印をぽんと押して苦笑した真島は、そのあと目を瞑り、昔と言うにはまだ生々しい数年前のことを回想し始めた。
◇ ◇ ◇
小学中学、
そして、あんな遠いところまでは行けないなあとめぐみが子供心に感じていたもの。それが、あのポストだったんだろう。遠くからも見通すことが出来る赤いポスト。見えるのに、はるか遠くにあって、そこまでは行き着けない。どうしても届かない。それはそのまま真斗とめぐみとの、そして俺とめぐみとの心の距離だった。
中学を卒業したあと、いろいろな心の綾をそのままにして、俺たちの進路はきっぱりと割れた。俺はバス通で市内の普通校に、めぐみは村から一番近い女子校に、そして両親が離農離村離婚することになった真斗は、母親に連れられて県外に去った。真斗がどこに行ったかは誰にも聞けなかったし、聞いても意味はなかっただろう。
ただ……村を出た真斗が自ら命を絶ったことだけが、噂として流れていたんだ。その理由も真偽も何一つわからないまま。
別れが来てしまうまで真斗に告白できなかっためぐみの恋心と後悔は、ブラックボックスに閉じ込められままあいつをずっと苦しめてきた。不器用なあいつは、一つの恋をきちんと終わらせないと次を考えられないだろうから。
それが本当に恋だったのか、何をどうすればよかったのか、今なら何ができるのか。あの手紙は、めぐみが心底悩み、考え抜いて出した結論なんだろう。
俺は、薄いブルーの封筒に書き並べられた細い文字を一つ一つ目で追う。
俺もめぐみも真斗の真実を知らない。あいつが生きていても亡くなっていても、だ。それはずっとブラックボックスに封じ込められたままで、永遠に明かされることはないだろう。そして、真実が明かされないままならば、俺らが抱いている不完全な恋心もずっとブラックボックスに入ったきりなんだ。そこにあることは分かっていても、変えることが出来ず、どう変わるかも分からず、気配だけがいつまでも居座り続ける。
「ふう……俺も人のことなんか言えないな。苦しくて苦しくてしゃあないわ」
付箋をめくり、改めて宛先を見つめる。めぐみが記していたのは、先に村を去った真斗の住所ではない。めぐみは……いや、めぐみだけでなく誰もそれを知らないんだ。あいつが書いていたのは、江崎集落に最後まで残っていた真斗のじいさんの住所だ。じいさんが江崎を離れたのは去年だから、封筒がじいさんの転居先に転送され、それが運良く真斗もしくはその関係者の手元にまで届けば。めぐみはそう期待したんだろう。その発想は決しておかしくない。でも……。
「それを切手一枚でぱあにするのが、めぐみだよなあ」
もちろん、向こうに一度届けて不足分を支払ってもらうことは可能だ。でも宛名が真斗になっている限り、受け取りは必ず拒否されるはず。その結末は、もし正規に配達されたとしても変わらないと思う。受取人に届かなければ、それは未開封のまま破棄されるだけだから。
切手のへまがあってもなくても、結局届きそうにないラブレター。だけど、あいつが自分の恋心をブラックボックスから出してやるには、それしかなかったんだろう。
「俺も。どうするかだよなあ……」
◇ ◇ ◇
翌々日。あの封書は、わたしの手元に戻ってきてしまった。
『基本料金が不足しています』
「あーあ」
切手を貼ったことは確かめたけど、額面を確かめなかったんだよね。ハガキの料金で配達してっていうのはやっぱ無理かー。
わたしの恋心は、結局ブラックボックスから出てこれなかった。
「これも……運命ってことなんだろなあ」
【 了 】
+++++++++
自主企画『高難度、挑戦者求む! 千字と三千字で同じ物語』参加作品。
見出し:ポストは、ラブレターを飲み込むブラックボックス。ちゃんと届くのかなあ?
紹介文:ラブレターを書いて投函しためぐみですが、料金不足でそれが戻ってきてしまいます。千字版と三千字版で、同じ内容ながら大きく印象が変わるように仕立ててみました。
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