花葬の民

言端

妖精の花

花葬の報せが届き、やぁそんな季節かと天井近くの小窓をいつ以来か開けてみると、まだ少し冷たい風とともに花弁の剥製が舞い込んできた。朽葉色の花は何年か前に夏風邪のように流行ったから、未だにこうして地中から時々、出てきてしまう。この高地には、気候の厳しさゆえか自然の花は咲かない。その代わりとして生まれ持ったとも、何千年も前の始祖の呪いとも伝わる、高地民族の体質は、ロマンチックなようでいて無情な奇病のようでもある。恋の芽生えが花の種。恋をした人の体に根を張る数多の花々は、記録されているだけでも二百種を数える。一つ一つにはその恋の道筋を示す意味があるそうで、それは花呪師だけが読めるという。咲く場所も花により、一人住まいの女が背中にずっと咲いていたことに気づかなかった、という話も聞く。実れば花は萎んで体内に戻っていき、散れば花も散る。その、虚しい結末を辿った花たちを、私のような移民と配偶者のある者たちの手だけで保存液に浸し、埋葬する年に一度の慣わしが「花葬」である。雪解け明けの埋葬に間に合うよう、花の回収と液漬けをそろそろ始める、という呼びかけに応じ、報せの翌日に私は集落へ下りた。


回収の仕組みは長年の知恵で効率とプライバシーを重視した形に変わっている。年一度だけの回収に対して花の咲く時期散る時期が合わせてくれるわけでもないから、村役場には年中冷蔵状態を保ったドラム缶がある。恋破れた者は好き好きにそこへ、落ちた花を入れるだけ。花を持っていたら恋が叶わなかったということがひと目でわかってしまうのだから羞恥の意識があるのも分からないではないが、まるで不始末の証拠を棄てるように夜中そそくさと花が投げ入れられる様を想像すると、花葬などやめてしまっても変わらないのではないかと思う。形骸化した慣習が人々の美観とどうにもずれだしているようで、ただでさえ虚しい儀式が余計に嘘くさい。余所者らしくそんなことを考えながらも、男手でドラム缶を運び出した。作業場までは転がしていくから、私一人の仕事だ。一年ぶりに顔を合わせる人々に声を掛けられ、答えながら急がずに歩く。形だけの慣習も、仕事を介して交流を促してくれる人々の優しさも、決して嫌いではない。私にとって、世界のすべてとは必ずしも意味のあることではない。穏やかな風を感じながら歩を進めていると、小路から妙齢の女性が歩み出て私を呼び止めた。

「葬儀屋さん」

花葬の時だけ集落へ来る私は、そう呼ばれることが多い。女性を見ると、何度か見かけたことのある、しかしそれ以上には特に憶えのない人である。ドラム缶を止めて向き直った。

「なんでしょうか」

「花を持って行っていただきたいのですが」

一瞬返事に詰まった。この役目を任されて六度目になるが、直接花を渡すと言った人は初めてだ。

「いいんですか」

捉えようによっては失礼な返事をし、しまったなと思う。彼女は気にした様子もなく、お願いしますと左手を差し出す。手の中に一対収まるほどの、小さな花だ。風で飛びそうになったのを、つい押さえる形で受け取った。改めて自分の手に乗るとますます小さく見える花弁は透けるほど薄く、光に当たると少し色づく。潰してしまわないよう、緩やかに握ると指先にひんやりと滑らかな感触があった。

「じゃあ、預かります」

それ以上追及するべきこともない気がして、私は片手で包んだ花から彼女へ、視線を移して頷いた。女性はたおやかに頭を下げ、私に行ってくれと目で促す。まばたきを合図に私は背を向けて、片手でまたドラム缶を押して歩き出す。ゆるい坂を下りきるまで、背中に注がれる彼女の視線が途切れることはなかった。手の中の可憐な恋は、まるで今朝咲き零れたかのように瑞々しい。

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