レポート2
目を開けると、そこは見慣れた寝室だった。
横を向くと、そこには誰もいない。アヤはもう起きているらしい。
少し重い頭を押さえながらダイニングに行くと、アヤが調度朝食を盛り付けているところだった。
「おはよ」
僕が声をかけると、彼女がポニーテールを揺らしながら振り返り、微笑んだ。
「あら、イカした髪型ね。今日はバンドマンなのかしら?」
「え、うわ、本当だ!」
僕らは笑いあって、軽くキスした。
「顔を洗ってくるよ」
「はいはい。私は先食べちゃうわよ」
「はーい」
僕は洗面所に行き、鏡の前に立つ。今日も仕事だ。早く準備をしなきゃ。
何気なく鏡を見る。すると、僕の顔がぐにゃっと歪んだ。ん? なんだ?
よく見ようと目をこらすと、僕の顔がドロッと溶けはじめた。
「うわ、うわああああ!」
手で顔に触れようてして、腕もどろどろに溶けている事に気がつく。僕はこんな光景を見たことがある。いつだったか、タイムトラベル実験の被験者が、どろどろに溶けてしまったことがあったのだ。マシンの中は描写するのも辛いほど悲惨な事になっていた。
さそこまで考えて、僕もマシンに乗った事を思い出す。
嫌だ、死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない!
「大丈夫かい?」
その時、僕の知らない誰かの声が聞こえた。
「うわあぁぁぁ!」
驚いて僕は体を起こす。そこは見たことのない場所だった。天井が高く、壁も天井も木材が用いられた豪華な部屋だ。僕の時代には木材は貴重で小さな小物入れですら宝石と同等の値段だった。ここまで贅沢に使用していたら10億は下らないだろう。もちろん僕の家ではない。アヤもいない。何だ? 何が起きた? ここは?
「あ、やっと起きた」
また声がした。背後からだ。
僕は体をよじって後ろを確認した。
どうやら僕は広い部屋に置かれたベッドに寝ていたらしい。その枕元に椅子が置かれて、そこに誰かが腰掛けていた。
その人物は見たことのない服を着ていて、肩ぐらいまでのフワッとした赤毛を揺らす女性だった。顔に見覚えはない。しかし、一番気になるのは彼女の頭部に動物の耳のようなものが二つ付いていることだ。
あれは確か150年前ごろに流行していた(ネコミミ)というやつではないか? たしか歴史の教科書で読んだ記憶がある。
いや、まて、今はそれどころではない。ここはどこで、彼女は何者だ? 何が起きた?
「体は大丈夫そうね」
そう言われてみれば、目立った傷みや傷も無いようだ。若干ぼぅとするがそれは長く眠っていたせいだろうか。
「それで、あなたは漂流者なの?」
女性は僕に質問した。
「え、あ、あの」いきなりだったので、言葉につまる。漂流者? どこからか流れ着いたってことなのか?
「あの、すみません。私はまだ自分の状況がよくわかっていないのですが、ここはいったいどこなんですか?」
「あー、そうよね、うん。ここはカルナレプシア。アーマル大陸の北のほうにある国よ」
なんだって? 今なんと言った? 全く聞いたことがない地名だ。地理は得意ではなかったが、アーマル大陸なんて大陸が地球上に存在しないことは知っている。地域独自の呼び名だったりするのだろうか。
「うーん、その様子だとここがどこかピンときてないみたいね。たぶんあなたは漂流者なのよ。へんな服着てたし」
へんな服とは、防護服のことだろうか。あれ、そういえば僕の服は?
うつむいて自分の体を確認してみたら、僕は全裸だった。
「おお!?」思わず変な声が出る。
「あ、ごめん。漂流者の体って珍しくて……って、そうじゃなくて、ほら、服着せたら起こしちゃうかもしれないじゃん? ね?」
ネコミミの女性は何故か慌てている。寝ている間に何をされたのだろう……
「何もしてないわよ!」
え? あれ、今思ってる事を声に出してしまったのだろうか。それとも偶然?
ともかく、僕は体にかけられていたタオルケットのようなものを体に巻き付けた。これでよし。
「まあ、いいわ。あなた名前は?」
「あ、ああ、僕はレイジ。君は?」
「あたしは……ルインよ」
ルインか。変わった名前だ。
「なによ。あなたにいわれたくないわ」
「え、やっぱり君は……」
今のは確実に声に出していなかったのに、明らかに心を読まれている。
「そうよ。あたし達は読心魔法が使えるわ」
「魔法だって!?」思わず大きな声が出た。そんなものが存在するはずがない。
「ふうん、漂流者は魔法が使えないって話しは本当だったのね」ルインは納得したような顔で頷いた。
「とにかく、あたしたちに隠し事は無駄よ。だからあなたの事を詳しく話して。あの遺跡には何が眠っているの?」
遺跡? そんなものは見た記憶もない。
「ええー、あなた遺跡の中にいたのよ?」
うーん、どうやらあの実験で、僕はどこかに飛ばされたらしい。これは確定。恐らく座標設定がずれたんだろう。問題はタイムトラベルが成功したのかどうかだ。僕の予想では成功している。僕がこうして五体満足で生存しているのが証拠だし、僕の暮らしていた時代にはこんな場所はなかった。ありうるとすれば遥か昔か、遠い未来か。
「……んん、ごめん、早すぎて思考が読めないんだけど。あと難しくてよくわからない」
「あ、えーと、今日は何年の何月何日ですか?」
「え、何それ?」
何それって言われると説明に困る。暦って概念が無いのだろうか。
うーん、とりあえず情報を整理すると、僕はタイムトラベル実験によってどこかの時代、場所に飛ばされた。しかし、現地人とコミュニケーションをとっても、現地に関する情報は獲られなかった。言語が通じる所をみるに、地球上のどこかであるはずなのだが、魔法が存在するなど、僕が知る世界とは相違点がある。 特別文明が発達しているようには見えないし、かといって未開の地というわけではない。ネコミミがブーム。
「うーん、謎だ」
「そういや、あなたお腹すいてる? まだ、体調悪そうだし、なんか食べていけば? 簡単なものなら作るよ」
……確かにお腹はすいている。しかし、良いのだろうか。西武開拓時代、インディアンに壊滅的打撃を与えたのは開拓者ではなく、開拓者が持ち込んだ細菌や病原菌だった。この時代の食べ物が僕らの時代の人間にとって毒ではないという保証はない。大体、ここが未来だとすれば、大半の食品は汚染されているはずだ。あの時代の土地は完全に汚染され、再び人間が生活できるようになるまで最低でも2万年かかると言われていた。
「……お願いします」
だが、未知の細菌に対する恐怖も、汚染に対する心配も、空腹には勝てなかった。
なに、僕が食べていた原料がよく分からない合成肉やカビっぽくて固いパンよりはマシに違いない。見た感じ、この時代の人は僕の時代よりも発育もよく、健康そうだ。とりあえず食べてみよう。
そして、しばらく後に登場した食事に、僕は椅子から転げ落ちることになる。
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