倉石の短編倉庫
倉石ティア
第1話 棒立ち
俺達は毎日のように、ただ我武者羅に働き続けていた。それこそ狂ったように、誰から命令されたわけでもないのに働き続けた。雨の日だからって遅刻をしたことはないし、嵐の夜も店を離れることはない。俺達は完璧な仕事ぶりを発揮して、誰からも頼られる存在になっていたのだ。
俺達がいなけりゃ、店で仕事ができないくらいにはな。
今日も今日とて、俺達は店を入ってすぐ、最もお客さんの目に付きやすい場所で働いている。
全裸で棒立ちという、世にも奇妙な出で立ちで。
「今日は客の入りがいいな」
俺と同じく、棒立ちになったままの同僚が話しかけてくる。
体格差があれば自慢の種が僻みのネタになっていたのだろうが、生憎と、同僚と俺は背丈が似通っている。体格差など、よほど目がいい奴じゃなきゃ気にならないだろう。
俺は彼の言葉に、振り向くことなく答えた。
「日曜だから、だろ」
「そうか。でも、制服を着ている子もいるし」
「部活の帰りじゃないのか。全く、世間知らずめ」
少し毒のある言葉で返してやったら、同僚はすぐに黙り込んでしまった。図体だけは俺と同じで普通の人間よりもデカいのに、どうにもこいつは積極性が足りない。だからお客さんも、俺の方へよってくるのだろう。
全裸の快感、ここに極まる。
ここは駅前にあるちょっと大きな本屋だ。俺と同僚は、店内で一番のメインを張っている。全裸に棒立ちといった出で立ちだが、お客さんから嫌な顔をされることはない。綺麗な身体をしているから、一種の芸術のように扱われているのだろう。まぁ、たまに身体に触れられることはあるが、可愛い女の子なら大歓迎だ。むしろ俺から抱きつきたいくらいなんだけど。
流石に、それは出来ない相談だ。
話を元に戻そう。俺達を囲うように、覆うように、周囲には様々な本が陳列されていた。俺の方には中高生向けの漫画や雑誌が置かれ、同僚の方にはもう少し高めの年齢層へ向けた書籍が整然と並べられている。当然、客のほとんどは俺達の周りにある書籍に一度は目を向け、三人に一人は購入をしていく。
今日は天下泰平の日曜日だ。だから、子供のお客さんが非常に多い。ちょっと生意気そうなガキを見ると苛立ちが募るが、ほとんどの子供はいい子である。俺が胸元につけたピンバッチや商品紹介の案内を見て、目を輝かせている子供だっている。書店で働くものとして、そういう子供を見るのが、一番楽しかったりする。
同僚にはそういった工夫がされていないから、あまり、小中学生の子は近寄らないようだけど。
「だから、俺の方が人気があるんだと思う」
「だからに続くような話じゃなかった気がするんだが」
世間知らずで悪かったな、と同僚が口を尖らせた。ん?
「……あぁ、俺の頭の中で会話をしていたのだ」
喋らなければ意思が伝わらないというのは不便なものだ。人間ならば、誰しもが感じることなのだろう。俺だって今、感じた。同僚は苦いものを噛んだような、それでいて何かを喜んでいるような、複雑な顔をした。
「頭の中で、会話?」
「あぁ、気にしないでくれ」
「……お前の言っていることは、俺には随分難しいみたいだ」
その言葉を最後にして、同僚が黙り込んだ。
ふふ、寡黙な奴め。それでは女子中学生にモテないぞ。
その後はたいした会話もなく、全裸に棒立ちという、お外だったら警察に連れて行かれちゃうような格好で、店に入ってきたお客を歓迎するだけのお仕事が続く。暇をもてあました俺は、いつものように客の動きを見ていた。
女子高生の大半は、俺の周囲に並べられた漫画よりも、同僚の前に置かれている漫画を購入する傾向にある。そうすると自然奴の方が触れ合いの機会にも恵まれるわけで、あぁ、妬ましい。姿かたちはほとんど変わらないのに。センスの差という奴か? 溜息をついても、それをお客に悟られることはない。すごく、平和な時間が過ぎていく。
変わることのない仕事を続け、メリハリのない時間を過ごし、ようやく終業時間を迎えた。店員達が俺達の周囲の本を整列しなおし、新刊があるものは入れ替えて、着々と明日への準備を進めていく。客が購入していった本の数は覚えている。勝ち誇って、俺は同僚にこう告げた。
「今日も俺の勝ちだな」
「そうか。お疲れ」
「おいおい、気合入れろよ。明日からもっと、覇気だせ覇気」
「……あのな。俺達が頑張っても、何かが変わるとは思えないんだが」
「いや、俺達の仕事って大事だぜ?」
身体中に針を刺されて、ポップを貼られて、その上何百冊の本を支えているのだ。こんな俺達が、書店の顔役でないわけがない。
あぁ、言い忘れていた。
俺達は、棒立ちのまま動けない。
俺は、普通の『本棚』だ。同僚も同じ、本棚だ。
俺達は書店で働いている。無遅刻無欠勤、その身体朽ちるまで永遠に働き続ける。新しい本、面白い本と出合ったときに客が見せる笑顔、それが俺達の望むものだ。
夜を越え、朝陽を迎え、店員が揃えば、また仕事が始まる。
俺達は毎日のように、我武者羅に働き続けていた。
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