ゲーム人生 ~ゲーセンはもはや異世界である~

ヨコアキ

第1話 プロローグ

今日は最後の授業が体育だった。 

 体育教師は1年生の担任で、新学期が始まってまだ忙しいという理由であまり見張っていなくてもいいマラソンにし、レクリエーションで楽ができると思っていた彰人ら三年一組の期待を大いに裏切った。

 そのあとのHRでは生徒たちの早く終われという雰囲気を感じるて「すぐ終わるから静かにしろー。 急な話だが来週転校生が――」担任がそんな話をしてクラスが沸き立つが、彼は別のことを考えていて聞いていない。 

 帰り道を面倒そうに歩く男子生徒がいた。 彼にとってこの時期の帰り道は非常に面倒なようだ。 新入生を熱心に勧誘する部活と、勧誘はしないが熱心に部活動に勤しむ学生。 さらにはクラス替えで新しい友達を作り楽しそうに帰る学生。 

 そんな周囲と違い彼は一人で帰っている。 彼――伊達彰人に友達がいないわけではない。 ただ、学校以外の場所でも一緒に居ようと思う友達がいない。 いや、訂正すると、いるにはいるが極端に少ないだけだ。 友達は量より質が大事だと彰人はいう。

 周りが楽しそうにしてるこの空間を一人で耐え抜いて帰るのは辛いだろう。 ただでさえ春とはいえまだ四月で寒さもあり、精神的にも、肉体的にも正直、苦行でしかない。

 しかし、今日の彰人はそんなことも気に留めることなく上機嫌で歩いている。

 その理由は、彰人が普段からゲーセンでやっているゲームのアップデートがある日だからだ。

 二ヶ月に一回しかアップデートが入らず、いつもこの日だけは楽しみにしており、放課後は必ずゲーセンに直行している。 そう、何人もアップデートが入る日の彰人の直帰を邪魔することは許されない。

 駅前のロータリーをまっすぐに抜け、商店街のアーケードを少し進み、アーケードの狭い小道に折れると個人経営の小さい『天上天下』と仰々しい名前のゲーセンがある。

 外見はいまにも倒壊してしまいそうなボロさで、店内は意図的に光が遮られているとはいえ元々光があまり入っておらず、普通のゲーセンよりも薄暗い。 

 ただ、ここのゲーセンには、他の綺麗で大型のゲーセンよりも優れているところがある。一クレがとにかく安いのだ。 一クレというのは、一クレジット=一プレイの意味でゲーセンでよく使われる言い方だ。 一クレが一〇〇円のゲームが五〇円だったり、六〇〇円で三プレイのゲームが四〇〇円だったりと、他のゲーセンよりも安くプレイできるのが、この店ウリのようだ。

 「・・・ふぅ。 やっとついたー。 今日一日中色々考えてたんだ! いまからもう腕がなる!」

 薄暗い店内に入ると、暖房が効いてるわけでもないのに、所狭しと並ぶ筐体が熱を発していて、まだ寒い外とは違い随分と暖かい。

 店内の入り口付近の音ゲーの筐体郡を抜けて、店の奥へと歩く。

 店内を進んでいくと、彰人がプレイしているゲームの垂れ幕があり、

 『ラストウォー、本日バージョンアップ!』

 他のゲームの垂れ幕を圧倒するほどのスペースを使い、でかでかと宣伝されていた。

麻雀やオンラインカードゲーム、アーケードドライブゲーム。 多種多様なゲームが、置かれている。 

 「ゲーセンは後ろから見てるだけでも面白いのが、ゲーセンの良いところだよね」

 他のゲームを横目に店の奥に目当てのゲームを見つけると、いつもの数倍の人が並んでいる。

 ――あちゃー、流石にバージョンアップの日は人が多いなぁ。

 足元を見ながら最後尾を探す。 人が多いときには急遽、列整理のために一・五Lのペットボトルほどの小さなカラーコーンを出しているのだ。 彰人は小さなカラーコーンを目印に最後尾に入る。

 列に並びながら今日新しく追加されたキャラの情報を改めて確認する。 

 女キャラと男キャラが追加されたが、どちらもそこまで強くはないらしい。

 スマホを弄ったり、他のプレイヤーの動きを観ていたら彰人に順番が回ってきたようだ。 意気揚々と財布を取り出したが五〇円玉がない。 財布には小銭がないのを確認すると、カバンをイスに降ろし、急いで両替をしてから改めて1クレを入れてゲームをプレイした。

 二時間ほどゲームをプレイすると、満足した彰人は帰路に着いた。

 駅前は明日からの週末をどう過ごすか、今日はどこに遊びに行くのかと、週末特有の浮ついた雰囲気で溢れている。

 人でごった返している駅のコンコースを歩き、よく誤作動を起こす改札を抜け、駅のホームで電車を待つ。

 「んー。 バージョンアップの当日は人が多くて疲れる・・・。 待ち時間が長いし、座ったりもしたいから環境改善を求める!」

 そんな独り言を呟きつつ、ゲームを終えて一息つけば次は一人批評会である。 今回の修正に対してもっと別の場所を修正してほしかったとか、もっと他のキャラを修正するべきだったなど・・・。

 そしてそんな自分の批評の答え合わせも欠かさない。 ツイッターや2chを使って今日のバージョンアップについての評価を見るのだ。

 「今日追加されたこいつは、~な戦い方が一番強い気がする」

 『確かにそれも悪くなさそうだけど、体力が低いキャラだからそれよりは下がった方が強そう」

 「いや、結局そんな戦い方するんだったら別キャラで十分」

 彰人がプレイしているゲームの『ラストウォー』攻略サイトでは、今日追加された新キャラや修正を受けたキャラの議論が繰り広げられている。

 いまの時代SNSが発達したおかげで色んな情報がすぐに手に入る。 

 朝十時の開店と同時にゲーマー達がゲーセンになだれ込み、新キャラの武装やその特性などを丁寧にかつわかりやすくツイッターなどに上げて、公式よりも詳しく書かれていることなどザラだ。 ただし、嘘も多く紛れているのがネットの世界である。信じる情報はしっかりと選別しなくてはならない。

 その嘘と真が入り乱れるネット世界で、大勢から信用に値するといわれている人達もいる。

 『ランカー』と呼ばれる人達だ。

 『ランカー』とは、そのゲームの勝率や階級などが高く、公式が正式に決めている上位陣のことだ。

 彼らの多くはツイッターなどをしており、フォロワーも多い。 『ランカー』はゲームに関するさまざまな情報を調べたり、膨大なプレイを通してしか知りえない知識などをツイートする。 さらには『ランカー』同士の会話に自分が入ったりして、あわよくば他の『ランカー』とも知り合いになろうというわけだ。 フォロワーは彼らの様々なツイートを見ることで、自分の糧にしようという魂胆だ。 

 他にもゲームが上手い、又は強いということはゲームの情報量、考え方、ゲームの勝ち方、上手くなる練習法など、さまざまな面で人より優れているということであり、師匠として自分が教えを請うには絶好なのだ。 さらに、出所のわからない匿名の情報よりもずっと信用できる。

 遠くの人と情報を共有したり、旅行などで遠くに行ったときに一緒にプレイしたりと良いこと尽くめのように思えるが、ツイッターでの意見の違いが原因で喧嘩したり、誤解を真実だと思い込み、そのままツイートしてネットに語情報を流してしまうなどのことが起こってしまうのも、またネットである。

 「次は小磯町ー、小磯町です。 お降りの方はお忘れ物などございませんようご注意ください」

 車内アナウンスを聞いてスマホを制服のポケットにしまい、満員電車の中で人を押しのけながらなんとか電車を降りる。

 都市部から離れたこの小磯町はまさにベットタウンである。 あまり町自体に活気はなく、駅前の大路を抜けると閑静な住宅街があるだけで、町としての魅力はあまりない。

 彰人は駅から吐き出される人の波に沿って、アパートに向かって歩いて行く。

 五分ほど歩くと三叉路に着いた。 アパートに帰るには左なのだが。

 ――今日はなんとなく右から遠回りして帰ろう。

 特に理由もなく、夕暮れの住宅街を彰人は右に曲がって行った。

 最近は少しづつ暖かくなってきて散歩が趣味の彰人は喜んで歩いていると、周りの様子がいつもと違うことに気付いた。 

 前方に少女がいる。 別にそれ自体は当たり前のことなのだが、なにをしたいのか道行く人全員に声をかけている。

 どんな話をしているのかはわからないが、女の子に声をかけられた人は一様に訝しげな目で女の子を凝視しては、愛想笑いで足早に立ち去って行く。

 周囲の人達も気にはなるが関わりたくはないと、一定の距離を保ちながら去って行こうとするが、女の子はそんなことなど関係ないとばかりに駆け寄って行く。

 ――僕も正直気にはなる。 話かけられてみたくはあるけど・・・ああいう手合いはヤバイ人だって相場で決まってるからね!

 彰人は謎の少女が中年のサラリーマン風の男に話かけようとしたのを見計らって、早足になった。

 すると、どうだろう。 彰人が少女を追い越すと、少女はビクッと身体を震わせ、親の仇でも探すかのような形相で辺りを見渡している。 その鋭い目つきからは少女の必死さと、なにか強い意志が感じられる。 周りを二回、三回と見渡す少女。 皆の注目を一身に浴びる彼女の動きが止まった。 

 そして弾かれたように走り出す。 彼女が走る先にいるのは、追いかけられてることも知らない彰人だ。

 近くの家から漂ってくる夕飯のいい匂いに、呑気にも夕飯の献立を考えつつ、もはや少女から逃げていることすらも忘れた彰人に急な衝撃が走った。

 少女は彰人の肩を掴むと無理矢理に半回転させる。

 「ん?」

 予期しない衝撃に口から声が出る。 急な衝撃に、力いっぱいの回転運動を加えられ、転びそうになるのをなんとか踏ん張り体勢を立て直すと、少女と彰人は向かい合う形になった。

 ――え? なにがどうしたの。 この子ってさっきのヤバイ子だよね? なんで僕の目の前にいるの? いや、僕が回転したんだ、いやさせられたんだよね? 

なにがなんだかよくわからないまま向き合わされた彰人と、目を血走らせた少女。 立場が逆なら完全に通報ものだ。

 彰人の両肩をガッシリと掴むと、少女は興奮をそのままに一気にまくし立てた。

 「あ、あなたは! ゲームが大好きで、生きがいで! 現実よりもゲームの世界にいる方が幸せな! ゲームがないと生きていけない、そんな人種の人よね⁉」

 一気にまくし立てたあとは咳き込みながらも必死に息継ぎをしている。 全力疾走からろくに息継ぎもしなければ当然だろう。

  あまりのできごとに彰人は思考停止。 あまりの出来事に映画の撮影なんじゃないかと周りを見渡したりする人や、付き合ってられないとばかりにいなくなる人もいる。

 身体的衝撃が来たかと思えば、次は心理的衝撃。 隙の生じぬ二段構えの猛攻に、彰人のガラスのハートは瞬時に打ち砕かれた。

 思考が追いつかないが、なにか反論はしないといけないと思うが口はぱくぱくと開閉するだけ。 

 数秒が経ち、やっと思考が追いついてきてから、しっかり深呼吸を二回分して

 「キ、キミは、なにをいってるのな・・・?」

 誰かに向けてしゃべったというよりは、独り言のようだ。 誰かに伝えようとする気持ちが入っていないのだ。

 だが、それも仕方がないことだ。 ここは閑散とした住宅街であり、なおかつ彰人の家の近所である。 よく声が響いているし、周りにはギャラリーが嫌というほどいる。 彰人を知らない人ならばいいが、知り合いに見られていれば尾ひれ背びれがついた噂が数日のうちに千里を走るだろう。

 ――まずい! し、知り合いは、誰もいないよね⁉

 多少の冷静さを取り戻した彰人は首を一回転する勢いで駆動させ、ギャラリーの顔を知り合いと照合していく。

 一瞬で全体を見渡したかぎり、彰人に知り合いはいないと思った。

 しかし、世の中面白いことに不幸は続くのだ。そう、二度あることは三度ある。 

 彰人が住むアパートの大家さんが普段の柔和な笑顔とは違い、なんとも言えない表情でこっちを見ていた。 そして大家さんは彰人と目が会うと、目を見開いたのちに引きつった笑顔を浮かべて見る間に遠ざかって行った。

 ――あぁ、終わった。 僕は間違いなくアパートから追い出されて、噂には尾ひれ背びれがついて、遂にはこの町にも居られなくなるんだ・・・。

 大げさすぎるほどの被害妄想とともに、彰人は路上にくずおれた。

 さきほどとは違い、随分と落ち着いた様子の少女がニッコリと微笑みながら肩に手を置いて、

 「大丈夫。 私と一緒なら必ず成功するから‼ とにかく私について来なさい!」

 彰人の肩を必要以上にポンポンと叩いて、少女は真剣な顔をする。

 ――なにが大丈夫なのかよくわからないし、もう既にキミのおかげで人生を失敗したよ。

 彰人が魂の抜けた瞳で少女を見上げながら呟いた。

 だが、そんな彰人の言葉など歯牙にもかけず畳み掛けるように―――少女は言い放った。



 『私と一緒にこの星にゲームを広めるのよ‼ 人類みーんなゲーム脳、目指せゲームマイスター‼ 」

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