勝ち運のない先発投手が異世界では勝ちに恵まれる

ごんの者

第1話「負け投手 敷島」


 今日は絶対に買わないと決めていたのに、結局買ってしまったスポーツ新聞。筑波タートルズと新潟オクトパスの試合結果が載っている頁を開く。4-3で新潟オクトパスが、勝利を収めている。まあ、そこはいいのだ。本当は良くはないのだが、この際は。


 だが、その下には負け投手 敷島しきしまの文字。深いため息を吐いて俺は新聞を閉じる。


***


 憧れのプロ野球選手になって3年が経った。

 俺、敷島 辰也しきしま たつやは小学校からずっと野球を続けてきた。だが、ここまで来るのは決して平坦な道ではなかった。


 中学時代、120km後半の直球が投げられた俺は、県外の強豪校にスカウトされた。きつい練習、厳しいレギュラー争い。必死で食らいつき、3年生でチームのエースを任されていた。

 それまで2年連続で甲子園出場を果たしていた強豪校。だが、俺の代は県大会決勝で敗れてしまった。

 0-0の9回裏。ヘトヘトになりながらマウンドに上がった俺の投げた白球が、センター方向に高く打ち上がる。しかし、アウトカウントが増えることはなかった。

 センターを守る同学年の高井たかいくんが、落下位置を見誤り、思いっきりバンザイをしていた。

 一瞬、高井くんが選挙に当選したのかと見間違うぐらいに綺麗なバンザイだった。

 そのまま俊足の相手バッターが本塁に帰って、ランニングホームラン。サヨナラ負けで俺の夏は終わった。


 ドラフトにかかることのなかった俺は、大学に進学し、プロを目指して野球を続けた。

 東北の大学に通っていた俺が、プロのスカウトにアピールする絶好の場。それが全日本大学野球選手権だった。一発勝負のトーナメント形式、その準々決勝。


 1-1の9回裏。ランナーは2塁。4日連続4連投の俺の投げた白球が、レフト方向に打ち上がった。俺はもう察していた。

 レフトの高井くんが、バンザイしていた。4年ぶりだったので、任期4年で衆議院解散後に再当選を果たした高井くんの姿が見えた。


 だが、プロのスカウトはよく見てくれていた。チームは準々決勝で敗れた。だが、4連投を投げ切った俺の投げっぷりをスカウトが評価してくれたのだ。

 その年のドラフト会議で、俺は筑波タートルズに3位で指名された。


 ちなみに高井くんは、高知シャークスに5位で指名されていた。高井くんは守備に難があるが、それ以上にバッティングがいいのだ。


 こうして、晴れてプロ野球選手になることができた。プロの世界は厳しかったが、それでも自分の投げる球を信じて、二軍で投げ続けた。

 そして、プロ3年目にして最大の山場がやってくる。


 筑波タートルズの一軍監督、山嵐 勳やまあらし いさお監督からの電話を取る。


「6日後の高知シャークス戦。お前が先発だ、敷島」


 身が引き締まる思いだった。ついに憧れのプロのマウンドに立つことができるのだ。


 そして6日後。プロ初登板の日がやってきた。


 対戦相手の高知シャークスには、あの高井くんがレフトのスタメンで起用されていた。俺は軽くガッツポーズをする。


 流石にプロのバッターは、甘くはなかった。安易にストライクを取りに投げた変化球は、しっかりミートされて打たれる。際どいボール球には手を出さない。そんなプロの世界に呑まれながらも、自分の球を信じて腕を振り続けた。


 結果は6回3失点。野球は、9回まであり、その中で6回以上投げて3失点というのは、QS(クオリティ・スタート)と言われている。点を取られながらも先発投手として試合をつくることができた、QSというのは一つの先発投手のハードルみたいなものだ。


 先発がマウンドを降りた後は、中継ぎ陣に試合が任せられる。中継ぎ(リリーフ)というのは、先発が球数を多く投げて疲れてしまったり、打たれて炎上してしまったりしたあとに、登板するピッチャー達のことである。基本的に1回(1イニング)をなげて、次の回は別の中継ぎに託す。

 プロ野球は、一人の先発投手が試合を投げ切ること(完投)は難しく、途中から中継ぎに試合を託すことになる。


 俺がマウンドを降りたあとも、中継ぎ陣が踏ん張ってくれたので、これ以上失点することはなかった。しかし、味方打線からの援護もなかったのである。


 そして、9回裏。筑波タートルズの最後の攻撃。3点ビハインド(3点リードされた状態)で、2アウト。


 しかし、ランナー満塁でバッターボックスに立つのは、この男。タートルズで4番を任されている助っ人外人のライドンさん!

 丸太のような腕をしたライドンさんが振り抜くバットが白球をとらえ、レフト方向へ!レフトは高井くんだ、これはもらった!


 しかし、レフトの高井くんがダイビングキャッチのファインプレー……。試合終了。


 チームを救った高井くんは、アナウンサーからヒーローインタビューを受けていた。


「最後の打球、落ちれば走者一掃のサヨナラだったかもしれませんが、よく取りましたね」


「そうですね、気持ちで取りました!!!」


(俺のときも気持ちを見せろや!当選の喜びばっか見せやがって!)


 そんなことを思ってしまった俺の心は荒んでいるのかもしれない。


 プロ野球には、勝ち投手、負け投手というものがある。


 勝ち投手になるための条件は、まずチームが勝つことである。

 先発投手が5回以上投げてマウンドから降りた回に、自分のチームが勝っている。その場合、勝ち投手の権利を得ることができる。そして、そのまま追いつかれずにチームが勝つと、勝ち投手になることができる。

 しかし、そのあとチームが追いつかれてしまうと、勝ち投手の権利は消えてしまうのである。


 負け投手は、その逆である。

 先発投手が5回以上投げてマウンドから降りた回に、チームが負けていると、負け投手という呪いの装備が手に入る。

 だが、そのあとチームが追いついてくれると、この呪いの装備を外すことができるのだ。


 プロ初登板の試合は、3-0で筑波タートルズが負けてしまった。

 負け投手は敷島。つまり、俺だ。呪いの装備を外すことはできなかった。


 そして、この呪いの装備は、ずっと俺をつきまとうことになる。


 試合は負けたものの、好投を見せた俺は、その後も監督に使ってもらえるようになった。


 投げた試合は、全てQSを達成した。しかし、味方からの援護点が入らない。そのまま刻まれる負け投手 敷島の文字。


 気づけば、成績は0勝6敗。つまり勝ち投手になった回数が0回、負け投手になった回数が6回ということである。


 タートルズのファンからは、


「敷島が先発だと、好投はするんだけど試合は負けるんだよなあ」

「ありゃあ、前世で大虐殺でもしたに違いない。勝ち運に恵まれなさすぎだわ」


 そんな声が聞こえた。


***


 だが、結局のところ俺が失点するから悪いのだ!つまり、一点もやらずにマウンドから降りれば、負け投手になることはない。

 長い回想を経た後、そんな決意をして、スポーツ新聞をゴミ箱に捨てる。


 そして、次の登板の機会がやってくる。相手は石川サーモンズ。サーモンズは打撃があまり良くないチームだ。俺でも頑張れば無失点に抑えられるかもしれない。


 俺はプロに入って最高のピッチングをする。5回を投げて無失点。そして、回は6回に入る。山嵐監督からは、この回を投げ切ったら中継ぎに替える、と言われていた。この回までは完璧に抑えてやる!


 6回裏、スコアは0-0。ランナーを2塁まで進めてしまったものの、2アウトまで漕ぎ着ける。あとアウト一つとれば、無失点でマウンドから降りることができる。やっと、呪いの装備が外れるんだ……。


 俺が投げた白球を、相手バッターが打ち損ねる。勢いのないゴロがサードに転がる。サードのライドンさんがゴロを捕ろうと捕球体勢に入る。


 しかし、白球はライドンさんのグラブに収まることはなく、股の間を転がっていく。いわゆる、トンネルだ……。


 トンネルを抜けると、俺は負け投手になっていた。


 俺は失意のまま、球場を後にする。


 ライドンさんが、申し訳なさそうに、


「タツヤ、ホントにソーリーね!こんど、サーモンのスシでもたべいこうネ!」


 と言ってくれた。


 ごめん、ライドンさん……。俺、魚介は駄目なんだ。


 球場の外を歩いていると、タートルズの帽子を被ったおっさんが、俺に話しかけてくる。


「敷島!今日も負けとったな!」


 関西のタートルズファンか……。珍しいな。


「すいません、また勝てなくて」


 おっさんは、ニヤリと笑う。銀歯がキラリと光った。


「別にお前はこっちで勝たなくてもええんや!勝つべき場所はマウンドの上ちゃうねん」


 このおっさんは、何を言ってるんだ?遠回しに野

次られてるのか?


「負け続きなのは、俺のせいなんで謝ります。でも、必ず勝ちを掴むんで……。失礼します」


 足早に去ろうとする。しかし、おっさんが俺の右

腕を掴む。


「ちょっと!やめてもらえませんか?右腕は大事な商売道具なんで!」


 流石に腹が立ち、後ろを振り向く。おっさんはまだニヤケていた。銀歯がさっきより輝きを増している気がした。


「負け続きなんは、お前のせいちゃうわ。お前は別世界で勝つためにな、こっちの世界では勝ち運に恵まれないんや!」


 一体なにを言ってるんだ、このおっさんは。というか、眩しい!銀歯光りすぎだろ!


「せやからな。その別世界連れ立ったるわ!仰山、勝ち星重ねてこいや!」


 いつの間にか、俺の周りを銀歯の光が包み込んでいた!眩しくて目を閉じる。



 どれくらい経っただろうか……。ゆっくりと目を開けてみる。


 そこには、まるで別世界のような光景が広がっていた……。


































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