不透明な夜
東屋
よる
「まっくら」
「まっくら」
秋を感じる風の中、今年最後の夏を味わっていた。
星が、数個ちかちかと光って、肌寒い感覚に寂しさを覚える。
「ねぇ、さむいね」
「そうだね」
公園のベンチで何でもない会話をする。
夕方に私は家を飛び出た、なんだか上手くいかなくて。
彼女はそれに付き合ってくれた。
私には何も聞かず、ただ横に座っていてくれた。
「年が明けたら初詣にいかない?」
「いいね、合格祈願も兼ねて」
彼女がふっと笑いながら言うのでなんだか心が軽くなる。
だいぶ先の話だけれど、重要なことなんだ。
もっとこの夜を味わいたい。
寂しさを覚える肌寒さ、人も通らないこの空間、虫の鳴き声が聞こえる2人だけの公園。
ああ、お月様が見てる。
「目指す高校は違うけど、頑張ろう」
彼女がそういってすっと立ちあがった。
月明かりのせいだろうか、なんだか眩しく感じた。
「うん、頑張ろ」
定型句のように発する言葉。
頑張るって一体何なんだろうか、と思いながらも今はただ、目標に突き進むしかない。
なんで勉強するのか、なんで生きてるのか、なんで世界はあるのか──ちょっとした疑問が急に
世界五分前仮説なんてのもあったっけ、一体この世界はいつからできたのだろう。
いくら考えても明確な答えは出なかったけれど、今この時間は私のために存在している。
妙な確信があった。
ぽつぽつと言葉が響き出す。
「私、青が好きなんだ」
彼女の声は澄んでいた。
夜の空気にすぐ溶け込むような声色だった。
「青は、空の色で海の色でしおりちゃんのキーホルダーのいろ」
「最後は関係ないでしょ」
思わず笑ってしまう。
しかし彼女には重要だったようで「そんなことない」と真剣な顔で言われてしまった。
しばらく虫たちの音だけが流れた。
「最後の夏」
ふと私が口にすると、
「夏も、青色だ」
と彼女は言った。
「私は夏は赤だと思う」
張り合うように言う。
「えー、嘘だあ」
「だって暑いじゃん」
それは確かにそうだな、と神妙な顔で言うもんだからまた笑ってしまう。
馬鹿にしてるの、と彼女は冗談交じりに怒った。
「赤と青ってしおりちゃんと私みたい」
「そう?」
「でもしおりちゃんの赤は夕日に照らされて雲に溶け込むサーモンピンクだ」
「それ、ピンクじゃないの」
「いや、オレンジっぽいの」
「じゃあオレンジじゃん」
「しおりちゃんはゲイジュツがわからない人だなー」
変に学者っぽい口調で彼女は言う。
それにまたもや笑ってしまう。
つられて彼女も笑う。
ころころと話題が変わるのも私たちが話す時の特徴だった。
気分でくるくる変わっていく。
けれどそれに不満を抱いたことも無いし、むしろ心地よかった。
「赤と青が混じったら紫だけど、ムラサキって花知ってる?」
「ううん、紫色の花?」
「いや、白色なんだけどね、取れる塗料が紫色になるんだって」
「へー不思議」
「でね、その花言葉が弱さを受け入れる勇気っていうんだ」
「かっこいいね、将来的にはそんな人になりたいよなあ」
「なれるかなあ」
「わからない」
沈黙がつづいた。
永遠にわからないかもしれない。
なにもかも。
テストの答案用紙ほど現実は簡単じゃない、というのはなんとなくわかってきていた。
答えがあるかわからない問を永遠にさ迷い続けるというのはどれだけ不安になるだろうか。
私たちは少しずつ大人に近づく。
けれど、20
歳をとるだけで大人になれるのであったら、みんな何もしないだろうから。
私の心には大人ってなんだろうという疑問が常にふよふよと浮いていた。
けれど、案の定答えは出ていない。
もしかしたらこの先答えが出るかもしれないし、出ないかもしれない。
「もう10時だ、そろそろ帰ろう」
彼女の口から出たその言葉は、なんだか頼りなさげだった。
かく言う自分も、この時間を手放すのが惜しく、うんとも何とも言えなかった。
ただ、彼女のその頼りなさげな言葉の余韻を感じていた。
「しおりちゃん?」
「ああ、うん、名残惜しくて」
心配そうに
明日は晴れがいい。彼女の好きな青が一面に広がるから。
「でも、もう危ないから帰ろ」
「そうだね」
すっと立ち上がり、街灯の方に歩く。
「今日はありがとう」
「こちらこそ、また明日」
急にぎゅっと抱きつかれた。
彼女の体温がじんわりと布越しに伝わってくる。
「いや、寒くて、」
と申し訳なさそうにはにかむ彼女。
「私も」
と目を細めながら言葉を発した。
この時間が永遠に続けばいいのに、そう思いながらそれぞれの帰路に立つ。
静けさと寒さが、心をより寂しくさせた。
先程の彼女の体温がどうも恋しかった。
これから先どうなるんだろうか。
月がさっきよりもたかくのぼって、私たちを見守っていた。
不透明な夜 東屋 @azumaya22
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