祝い隊と呪い隊

@qqq_nakama

祝い隊と呪い隊

 時は現代、場所は東京――現実と違う点は特にない世界、ただ一部を除いて……。




「バッタ、今日こそボコボコに負かしてやるわ!」

「はいはい」


 声を荒げる少女とそれをやれやれといった感じで受け止めるバッタと呼ばれた青年。そして、その少女と青年の後ろには、褌一丁の半裸姿の男たちがそれぞれ三十人ほど並んでいる。うわぁ。


「その余裕面ムカつくのよ! もっと本気でやりなさい!」

「顔は生まれつきだから仕方ねぇだろ」

「それそれ、そういう態度が気に食わな――」

「カニミソ、口喧嘩はそこまでじゃ。そろそろバトルを始めるぞ」

「おじいちゃん! うん、分かった! 今回こそ絶対に勝つよ!」


 カニミソと呼ばれた少女とバッタの間に、カニミソの祖父が女性を一人連れて現れる。


「審判は五十五股されて結局捨てられた女カキ、進行はワシことチンゲンサイが務めるぞい」

「五十五股……!?」


 カニミソがその数字に驚く。確かに、浮気はあっても五十五股はあまり出てくる数字ではない。

 唖然とするカニミソを置いて、バトルは進む。


「テーマは『男に捨てられたこの状態を呪うか祝うか』、のろいわバトル、スタートじゃ!」

「のっろい! いっわい! フー!」


 呪い隊と祝い隊――両陣営の男たちが一斉に声を張り上げる。


「まずは呪い隊のターンじゃ!」

「はーい、のっろい! のっろい!」


 カニミソの背後に並ぶ呪い隊の野太い歓声が響く。


「あ、私のターンだ。えっと……、お、男に振られるなんて悲しいね~、不幸だね~」

「グスッ、そうなの……五十五股なんて意味分かんないッ!」

「はーい、のっろい! のっろい! フー!」

「呪いターン終了、祝いターンじゃ」


 このように、呪いと祝いのターンを繰り返して審判がどちらに転ぶか、これがのろいわバトルである。


「じゃ、次はこっちの番だな」

「はーい、いっわい! いっわい!」


 バッタの後ろに並ぶ祝い隊が声を上げる。


「アンタ、本当に不幸だったのか!?」

「ちょ、ちょっとバッタ! 何聞いてるの!? 不幸に決まってるじゃない!」

「カニミソ、お前は黙ってろ! 俺はこの人に聞いてんだ」

「本当に不幸……? どういうこと?」


 カキの言葉を聞き、バッタは写真を取り出す。その写真には、カキが男と楽しそうにしている姿が写っている。


「これはアンタが男と会ってた時の写真だ。五十五股されてた割りに結構会ってたみたいじゃないか!」

「ち、違うの! 忙しいのに会ってくれてたの!」

「つまり、アンタは大事にされてたってことだな?」

「…………」


 カキはゆっくりと首を縦に振る。その様をカニミソは口をぱっくり開けたアホ面で見ている。


「いやっ、ちょっと待って! 付き合ってた時が幸せなら、別れた今はやっぱり不幸じゃないの!?」

「チッ、気付いたか」

「そうだそうだ! この人は不幸なの!」

「そ、そうよね……私、不幸よね……」

「のっろい! のっろい! フー!!」

「バッタ、ここまでか!?」


 一気に畳みかける呪い隊。しかし、バッタの顔に諦めはなく、そっと笑みを浮かべてみせる。


「そう来ると思って、用意しておいたぜ。連れてきてくれ!」


 祝い隊の面々がずた袋をかぶった男を胴上げしながら連れてくる。男は気を失っているようで、心なしかぐったりしている。


「そのぐったりした姿……、あなたなの?」

「え、どちら様?」


 それが誰かカキには予想できたが、カニミソはまったく付いてこれていない。


「はい、降ろしてー」


 バッタの号令を受けて、祝い隊の面々は胴上げしていた男を地面に叩きつける。痛い。


「…………」


 地面に叩きつけられた男は黙ったまま、ピクピクと痙攣している。


「ス、スッポン!!」


 カキが男――スッポンの元に駆け寄り、ずた袋を取って顔を露わにする。


「え……誰?」


 カキは困惑した。ずた袋の下の顔に何の見覚えもなかったのである。


「元カレ連れてきたんじゃないの!?」

「新しい男、用意しといたぜ」


 バッタと祝い隊、それとスッポン(偽者)以外の全員がざわつく。なぜなら、スッポン(偽者)はまだ目覚めてもいないから物理的にざわつけないのだ。


「ちょちょちょ、ちょっと! それ、勝負としてどうなの!?」

「幸せになるなら、誰も文句はないだろ」

「その通りじゃ。つまり、カキに文句がなければ――」

「行ける、私全然行けるわ」


 チンゲンサイのセリフをカキが食い気味に遮る。目は血走り、息は荒い。半裸の祝い隊と呪い隊の面々でさえ若干引いている。


「祝い隊祝い隊。あれあれ、引いてないでいつものやって。早く早く」

「はっ、申し訳ない! いっわい! いっわい! フーッ!」

「さぁ、カニミソ。反論はあるか?」

「えーっとー……」


 まだ目覚めていないスッポン(偽者)をカキは力強く抱きしめている。その姿を見たカニミソから反論の言葉は出ない。状況に付いてこれていないとも言えるが。


「そこまで! この勝負、バッタの勝ちじゃ!」

「いっわい! いっわい! ヤフーッ!!」

「また負けた……く、悔しい……!」

「カニミソちゃん、また負けちゃったね~。悔しいね~悔しいね~」

「ぐぬぬぬ……」


 バッタの煽りにカニミソは涙目になりながら悔しがる。


「あまりに負けすぎてるから、そろそろ祝いに興味が湧いてきたんじゃないか?」

「はぁ~? 寝言は寝て言いなさい」

「それじゃあ、お前でも祝いたくなることでもやってみるか?」

「私が祝いたくなるもの? ないない。自信があるなら言ってみなさい」

「結婚しよう」

「………………は?」

「子供は二人がいいか?」

「具体的な計画を聞いてるんじゃない! ななな何言ってんの!?」


 バッタの突然の提案にカニミソは動揺し、顔は真っ赤になっている。対照的にバッタはいつも通り冷静にカニミソを追い詰めていく。


「いや、自分の結婚ともなればお前も祝ってくれるかと思って」

「い、祝うわけないでしょ! 私は呪い隊だし!」

「じゃあ、結婚をテーマにしたのろいわバトルならするのか?」

「するわけないでしょ! その前に結婚もしないし!」

「あ~、また負けるのが怖いのか」

「は?」

「あ~それなら仕方ないよな~。また負けちゃうもんな~、しょうがないな~」

「は? 負けないし」

「お? やるのか? この紙(婚姻届)に判子押しちゃうのか?」


 ガリッガリッポンッバッ ←婚姻届に署名捺印して差し出す音


「今度こそボコボコに負かしてやるわ!」

「幸せにするぜ」

「のっろい! いっわい! フー!!」


 呪い隊と祝い隊の声が響き、新たなのろいわバトルが始まる。

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