JKヨシノ@異世界チートダイエット

かんらくらんか

第1話 オモチイーター

 お正月のことだった。

 わたしはひとり、オコタにあたりながら、お笑い特番を眺めて、へらへら笑っていた。同時にさっき食べたお雑煮の味を回想しながら、ミカンをツルツルテンにむくことにも熱中していた。ミカンから白いひもが完全に取り除かれ、満足がいく姿になると、それを口に放り込む。フヒヒ……。


 背後の戸が開けられ、廊下から冷えっとする空気が、背中をくすぐった。

 振り返ると、弟が突っ立っていた。他県の中学に進学して、寮暮らしをしている弟である。お正月だから、帰ってきたのだ。


「おかえり~」

「おう」


 感情を抑制することを格好いいと思い込んでいるらしい弟は短くそう言うと、オコタに入ってきた。上着や荷物は二階の自室に置いてきたあとのようだ。そう考えると、そんな物音を聞いたような気がする。それくらい、わたしの意識をまどろんでいた。

 弟と見つめ合っていても良いことなんてないので、わたしはテレビに視線を戻す。

 そのタイミングで弟は言った。


「姉貴、太った?」


 言葉の意味を理解するのに一秒かかった。


「は?」


 わたしはオコタのなか、ノーモーションで弟のスネを蹴りつけると、素早く起き上がり、駆け出した。

 階段を登る音を二重になり、振り返らずとも報復のために弟が追いかけてきていることはわかった。タッチの差だったが、わたしが自室に飛び込み、鍵を閉めるほうが速かった。

 ドアの外で、弟が騒ぐ、わたしは無視して、自分のお腹をつまむ。


 年越しそば(餅入り)、おせちと磯辺餅、お雑煮、いや、お餅さまのせいではない。受験のせいだ。受験太りというやつだ。いや、太ってないけどね。受験も来年だし。まあ、少し運動するのも良いだろう。


 こういうとき、わたしは異世界に行くことにしている。


「異世界に行きたい異世界に行きたい異世界に行きたい」


 念じながらクローゼットを開けると、異世界に通じる。ハンガーにかけた服たちではなく、銀色の水面のようなのが出現し、なかに吸い込まれるシステムになっている。

 軽くめまいがして気がつくと、洞穴のような見た目のダンジョン内にいる。ウィザードリィとかドラクエの世界に入った感じ。


 ちなみにモンスターに襲われる心配はない。

 異世界の危機が救われたのは五年前、わたしが小学五年生のときだった。なんやかんやあって、魔王と和解して、異世界に平和を取り戻したのは、なにを隠そうこのわたしなのだ。

 今でも、王都にうっかり入ってしまうと、パレードなんかになってしまうし、関係者にばったり出くわすと、話が長いので、行くのはもっぱらダンジョンだ。

 モンスターたちはわけをよく知っていて、わたしに手出しはしてこない。もしかして、モンスターたちには、わたしの姿が怪獣にでも見えているのかもしれない。

 小学生が世界の危機を救えたのは、もちろんチートスキルのおかげだった。チートスキルの数々は今も完全に残っている。


 ラストダンジョン最深部の、もともと魔王の部屋があったところの近くに、わたしはちょっとした個室を持っている。

 てくてくとダンジョンを少し歩き進む、角を曲がると行き止まりに当たるが、そこが目的の場所だ。


「ひらけごま!」


 そう唱えると、なんの変哲もない行き止まりの石壁がゴゴゴ……と荘厳な音を立て始める。なかに転移することも可能だけど、わたしは異世界気分を高めるためにちょろっと歩いてから、ひらけごまするのが好きなのだ。認識されているのはわたしの声で、呪文はなんでもいいので、入れなくなる心配もない。


 石壁の開いた先には、わたしのプライベートルームだ。二十畳くらいの広さ。


「いやあ、日本じゃ、なかなか、こんなところには住めないよねえ」


 わたしは優越感にひたる。

 家具はほとんど日本から仕入れたものだ。壊れて捨てられていたものばかりだが、知り合いの時魔法使いに新品に直してもらった。時間が逆に進み、みるみる形が戻っていくのは面白かった。新品の状態が毎日続くように、見えないところには、時間虫の糸で魔法陣も描いてもらってある。


 奥にはシャワーもあるし、水洗トイレもある。上下水道を配管してあるわけではない。知り合いの転移魔法使いの工事である。

 天蓋付きのキングサイズベッド、ふかふかのソファ、異世界で刈ったモフドラゴンの毛でつくった絨毯は、電気もないのに温い。寝転がりたい衝動をこらえる。帰るときようのクローゼットもある。50インチのテレビもあるが、電波やコードは異世界に引き入れられていない。いろいろ試したが今のところ実現できていない。電気ネズミに頼めば、ビデオを見るか、オフラインのゲームをすることはできる。


 ポイントで花柄が入った壁紙、小さいシャンデリア、ぱっと見、ヨーロピアンな内装に似合っているのか、似合っていないのか、大きな宝箱がある。詰めれば大人二人くらいは収まるサイズだ。これが便利な魔法道具で、見た目の百倍の荷物を収納できる。片付けられない人でもどんどん放り込んでしまえば、片付けられる。わたしのスキルを工夫してつくったものだ。

 宝箱の上に放り出してある鍵束から、青い鍵を選んで鍵穴にさす。どの鍵を選ぶかで、出てくるものが変わる。


 てれれれてれれれてれれれーん、とゲームのサウンドエフェクトを口ずさみながら、宝箱を開ける。青い鍵で開けた場合はスポーツ用品一式が出現するようになっている。

 ダンベルとかプロテインもあるけど、使っていない。わたしはジャージとスニーカーを選んで取り出すと、宝箱を閉めた。

 デザインからして世界で一番売れているN社のものに見えるが、たんにパク……オマージュしたものではない。魔法の力を宿している。


「エンチャント!」


 そう宣言すると、わたしの体は白い光に包まれる。直視しようものなら、しばらく目がチカチカするだろう。太陽を見たときみたいに。

 二秒ないくらいの時間で、わたしの装備は部屋着から、運動用のジャージとスニーカーになる。


「よし!」


 クローゼットについている姿見で一応確認する。ここはラストダンジョンの最深部で、モンスターくらいしかいないが、どこぞのイケメンが時空の裂け目に飲み込まれて、わたしの目の前に現れるかもわからない。吊り橋効果も期待できるし、ラブロマンスもありえるのだ。


 きびすを返して、いよいよ、ダンジョンに駆け出す。

 背後で石壁が閉まる音がする。ゴゴゴ……。

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