贖いの言葉を
碧靄
無機質な白の中で
横たわる寝顔は緩みきっており、瞼は柔らに閉じている。夕刻に差し掛かった陽光が窓辺から差し込み、頬の輪郭をぼかす。茶色がかった黒髪が艶やかに光沢を放っていた。側に置かれているぬいぐるみがお守りのように枕元で寝そべっている。
俺は黙ってその姿を眺めている。
自分より年下の彼女はベッドで横たわり、規則正しく寝息を立てている。病室内の無機質な白さに、潔白さを感じるよりも生理的嫌悪の方が先に立つのはなぜだろうか。均一なものが並んでいるとき、どこか気が遠くなるような気持ちを味わうことがある。その感覚と似ているかもしれない。
横たわる彼女の扱いは入院患者となっている。チューブや点滴のたぐいは取り付けられていない。健康状態は健常者のそれとあまり変わることがないように見える。いくらかの身体の傷ももうしばらく経てば癒えることだろう。そう、身体の傷は。
そう余計なことを考えていたとき、目の前の布団の膨らみが小さく上下し、うめいているのを認めた。俺が側で見ていることに気がついたのか、恨み言を吐くように声を絞り出した。
「……おはよぉ」
「よぉ」
昼寝から目覚めた彼女はぼんやりとした表情で被さっていた布団を跳ね除ける。勢い起き上がったものの未だ夢うつつといった調子だ。
その眠たげな眼の背後、後頭部に縫われた傷があることを俺は知っている。その後頭部への強い衝撃による短期的な記憶障害。それが彼女がこの病室にいるもう一つの理由だった。
彼女は俺のまじまじとした視線を受け止め、唇を尖らせる。
「レディの寝顔をずっと観察するってどうなの? 普通失礼だと思うでしょ」
「だったらレディらしく振る舞ってみせろ」
「えーー」
旗色が悪くなったのか、再び布団の中に逃げ込もうとする彼女の布団を引っぺがす。俺は呆れながら、
「夕食食ってから寝ろよ」
「病院食、まずい。たまにはラーメンが食べたい」
布団をバタバタと叩きながら彼女は不服を訴える。
「ぜーたくいうな」
「インスタントでいいから!」
「安いな! まぁ買ってやらねぇけど」
「けち! 冷血漢! 怒りんぼ! いばりんぼでけちんぼ!」
「へーへー」
非難というには幼い気がする言葉を聞き流して俺は席を立つ。
「帰るの?」
見上げた視線は一抹の寂しさが含まれているようだった。すこし後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、俺は気にしない風を装う。
「あぁ、また来週にでも来る」
「……うん、分かった」
「じゃあな」
去り際に左手を軽く挙げて歩きだす。
彼女はベッドから軽く手を振るのみで、その場から動こうとはしなかった。引き留めるのが怖いのだ。
誰かを信用することを今の彼女はひどく恐れていた。
だからこそ、寂しそうな笑顔がしばらく目に焼き付いて離れなかった。
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