竹林と狐と彼の家系
藤村灯
竹林と狐と彼の家系
私の古い友人の話だ。彼の郷里は滋賀の北西部。山と湖の間の僅かな平地にある集落で、今でも里山の風景が残る鄙びた土地だ。山手から琵琶湖へ幾本もの川が流れ、地下から汲み上げた水を、そのまま飲用として利用できるほど豊かな水に恵まれている。大きな川の両岸には竹林が続き、これは竹の地下茎を治水に利用したものだ。
この竹藪に棲む狐に化かされた話が伝わっている。まだその辺りが市ではなく、村の集まりだった頃の話。川向こうの村に法事で出向いていた庄屋が、夜が更けても帰ってこない。心配した家人が迎えに行くと、呆けた顔で竹藪の中をぐるぐる歩く庄屋を見付けた。みやげの折り詰めはすっかり空になっていたという。深酒で酔い潰れた庄屋が、体面を保つため狐を持ち出した話のようにも思えるが。
彼の姓は少しばかり珍しいものだが、彼が住む集落では多く見られる姓だそうだ。彼の臨家も同じ姓だったが、屋号の江戸屋の方で呼び区別していた。塀も垣根も無しに隣接していたため、幼い頃はよく遊びに行っていたそうだ。家人の性格もあるのだろうが、片付かない彼の家とは違い、いつも整然としていた。ある日、いつものように遊びに行った彼は、神棚に妙なものが祀られているのに気付いた。おじさんに問うと、狐の毛玉だという。近くで見せて貰ったそれは、アクセサリーなどである様な、4、5cmほどの長さの、動物の尻尾のような物だったという。由来も聞いたそうだが、残念ながら思い出せないという。代わりに、その時聞いたもう一つの話の方を聞かせてくれた。
狐に憑かれた娘の話だ。おかしな言動をするようになった娘を、家の奥の座敷牢に閉じ込めた。座敷牢というのは大げさかも知れない。ともかく家の奥、鍵の掛かる、家人の目の届く部屋だ。それにもかかわらず、娘はいつの間のか座敷牢を抜け出してしまう。鍵は掛かったままだというのに。ある日そのまま姿を消し、とうとう帰ってこなかったという。その話を聞いて以降、彼は江戸屋の広く片付いた座敷に、薄気味悪い物を感じるようになったとか。
彼は扇骨職人であった祖父に、自分の家系にも同じような話が無いか尋ねてみた。祖父は無口で気難しい人だったが、幾つか家に伝わる話をしてくれたという。
何故か没落の話が多かった。庄屋だか名主だか、とにかく土地を持ち、人に金を貸すほど裕福だったが、字の読めない婆さまが、証文を襖の張り紙に使ってしまった話。夢に観音様が現れ、どこそこの河原に埋まっているから掘り起こしてくれと頼まれたが、細工職人の仕事が忙しくそのままにしておくと、別の者が掘り起こし、その後仕事が途切れ貧乏になってしまった話。
没落したと言っても、彼の実家はそれなりに広い土地と家屋敷を持っていたが、話はそれで終わりではないらしい。彼の両親は夫婦仲が悪く、一度拝み屋だかに見て貰ったことがあるそうだ。お告げの結果はこのまま家系が絶えるだろうという最悪なもので、両親はそのまま熟年離婚。それを切っ掛けとするように、彼を含めた息子達も散り散りになり、今では半ば一家離散の体をなしているという。
友人は彼の祖父に似たのか、無口で人好きのしない男だが、酒の席でこの話を聞かせてくれたとき、これは隣家と違い狐の毛玉を持たないせいか、それとも観音様を掘り起こさなかった報いか。そう言って、自嘲めいた笑みを浮かべていた。
竹林と狐と彼の家系 藤村灯 @fujimura
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