第112話 邂逅 

 入り組んだ洞窟を抜けると、そこにはまだ開発されていない森が現れた。エレインはその森に入り、どんどんと歩を進める。俺は何も言わずに後を追いかけた。

 森の中では魔物が襲いかかってきたが、エレインと俺は魔法を使うまでもなく難なく撃退し続けた。そして、森を抜けた後、さらに山を越えると大きな川が行く手を阻んだ。幅10mくらいはある川をエレインは軽々と跳躍して向こう岸に着地した。俺もそれに倣い、自身に身体強化をかけて川を飛び越える。空を見上げれば、日は天頂にさしかかり辺りをさんさんと照らしていた。


「こちらの方向であっているんですか?」

 川を渡った先はまたもや森になっていて、いっこうに妖怪族達の気配は感じない。


「たぶんな。妖怪族が攻め込む時はだいたいこの方角からだったからな」

 ん? もしかするとアバウトに進んでいるのか? 俺が不安を感じていると、目の前の森の奥からガサガサという音が近づいてきた。

 音のする方を見ると、俺の背丈の半分くらいの草木が揺れていた。その揺れはこちらへと近づいている。


「うわーーーー!!!」

 悲鳴と共に一人の少年が草木から飛び出して、前のめりに転倒した。よく見るとその少年の頭には三角のもふもふした毛におおわれた耳がついており、尻にはもっさりとした茶色の尻尾が揺れている。


『獣人か? どうしてこんなところに?』

 そんな疑問がよぎったが、その少年の後に拳大の蜂の大群が飛び出てきたのを見て、俺は少年を助けるべく蜂の大群向けて氷の魔法を放つ。


 『 時間凍結タイム・フリーズ 』


 俺の放った氷の魔法は確実に蜂一匹一匹に着弾していき、氷の塊となった蜂達は地面へと落下する。本当は炎の魔法で焼きさりたいところであるが、森に火がついてはいけないので氷の魔法を使ったのである。


「うわっ!!」

 少年は起き上がり、後ろを振り返るとまたもや小さい悲鳴を上げた。そこにはボールくらいの氷がごろごろと転がっており、その一つ一つに蜂の魔物が閉じ込められているのだ。少年をその光景を見て驚いたようだが、同時に自分の窮地を脱したことで少し安堵の表情を浮かべた。そして、こちらの存在に気付き、近づいて来る。


「これ、お前がやったのか? オイラ、助かったよ。ありがとう」

 何故かエレインに向かってお礼を言っていた。氷の魔法を放ったのは俺であるのだが、どういう事か。


「こいつは何を言っている?」

 エレインは俺の方を向いて、北の大陸の言葉で翻訳を求める。

 勘違いしてエレインが救ったと思ってるからそのお礼を言っていると伝えようと口を開きかけると、少年の方が先に言葉を続けた。


「なんだE級か? じゃあ、オイラを助けてくれたのはお前か?」

 少年は今度は俺の方を向いて質問をした。E級とはなんだろうか? 冒険者ギルドのランクの事だろうか?

「ああ、俺がやった・・・」


「おお、そうなのか。オイラを助てくれてありがとー。それにしても雪女ゆきめの一族に男がいたなんて知らなかったよ。オイラはボイラ、ヨロシクな」

 何故だか分からないが、俺の事を雪女ゆきめの一族とかいうのと勘違いしているようである。そこで俺は気付いた。目の前の少年は獣人族ではなく妖怪族というやつであるのではないかという事である。雪女というのも妖怪族の一種なのではないかという推測が俺の頭に浮かんだ結果である。加えて、場所的にもジパンニからもかなり離れているので、この辺りに妖怪族の住まう場所があるのかもしれない。

 

 そうなってくると少年の勘違いは利用しない手はない。俺は少年に話を合わせることにした。妖怪族の情報を引き出さなくてはならない。


「俺はアギラだ。ボイラの言う通り雪女の一族だ。しかし、俺の存在は見て分かると思うが一部の者以外知られていないんだ。そして、こっちがエレイン。察しの通りE級だ」


 俺は相手の台詞をほぼ言い換えた形で繰り返した。俺から新しい情報を言ってボロを出すのを避けるためである。しかし、そんな計画を知らないアーサーが俺の頭の上で話し出す。


「そして、あっちが知る人ぞ知るアーサーとはあっちの事ですにゃ」


「おっ。その姿は仮の姿か? じゃあ、お前B級か?」


「そうにゃ。あっちの今の姿は仮の姿にゃ。秘められし力を解放した時、あっちの力は今の10倍にもなるにゃ」

 俺は焦った。これ以上アーサーに喋らす訳にはいかない。そもそも、オスからメスへと変化した時に力が10分の1になったというのも怪しいところである。例えなっていたとしても、戦闘力5のゴミから戦闘力0.5のウンコになっただけであろう。力が戻ってもウンコからゴミに戻るだけである。何故、こんなに自信に満ち溢れているのか俺にはさっぱり分からない。

 会話がかみ合っている内に何とかせねばならない。俺は会話に割り込んだ。


って事はボイラもB級なのか?」


「いや、オイラはC級だ。アギラはB級じゃないのか?・・・えっ? もしかしてA級なのか?」


「ふっ。どう思う?」

 ひとまず質問を質問で返すという選択を取る。俺の内心はただただ焦っていた。しかし、それを悟らせるわけにはいかないので、俺は余裕の笑みを浮かべる。まずは何を基準にAとかBとか言っているのかを見極めたいところである。


「さっきの氷の能力を見る限り戦闘系の能力だからな。でもこんなところにいるなんて、B級・・・いや、極秘任務を任されたA級って事も・・・あっ、もしかして、隠してるのか・・・?」

 ボイラはぶつぶつと考えこんでいる。その思考が言葉となって駄々洩れなので、ある程度の事が類推できる。

 たぶんA級とかB級とかは人族の冒険者ギルドのクラス分けと同じように、妖怪族で適用される強さの基準のようなものなのだろう。しかし、そうなってくるとエレインをE級と決めつけ、アーサーをB級と予想したのにはどういった基準で判断したのか・・・


 俺が考えを巡らしていると、アーサーが話題を変えた。


「そろそろお昼時にゃ。お昼ご飯の時間にするにゃ。さっき手に入れた肉を食べるにゃ」


 さっきの肉とはエレインの傷周りをえぐり取った肉の事だろう。

 しかし、本人の前で調理するなどありえない。

 エレインが俺たちの会話を理解できていないのは幸いである。


「いや、あの肉はまた次回でいいだろう。昨日いろいろと食材を貰ったからな。それで何か作ってやる」


「そうですかにゃ。それはそれで楽しみですにゃ」


 俺は昨日貰った食材で油揚げと豆腐の入った味噌汁とごはん、それに魚を焼いたものを作ることにした。 昨日も食べたが和のテイストはこちらの世界に来てから初めてだったので再び食べたくなったのだ。


 アーサーに材料と道具を取り出すように指示を出す。

 詠唱とともに亜空間からそれらを取り出す。


「それが、お前の能力か? なかなか面白いな」


 それを見たボイラがアーサーに話しかける。

 アーサーの能力というより魔法なのだが、魔法という事が分かっていないのだろうか。俺の氷の魔法を見て雪女の一族と判断したように妖怪族には固有の能力を持っているのだろうか。

 俺は当たり障りのない質問をする。


「ボイラも能力があるのか?」


「オイラはC級だからな。だからオイラも能力持ちだ」


 どうやら能力でランク付けしているのかもしれない。

「どんな能力なんだ?」


「本当は言わないんだけど……でも、助けてもらったし、お前らの能力も見てしまったしな。……オイラの手を握ってみてくれろ」


 俺は手を差し出してボイラの手を握る。


「……よし完了だ。【変化メタモルフォーゼ】」


 目の前には俺そっくりな奴が……いや、まさしく俺が合わせ鏡のように立っていた。

 そして、何故か全裸だった。


「……すごいな。そんな魔法、今まで聞いたことがない。でも、何故全裸なんだ?」


「何言ってるんだ。妖怪族は基本的には魔力を使えないじゃないか。それにオイラの能力じゃあ服まではコピーできないんだ」


「さっきまで着てた服はどうなったんだ?」


「何故か、身に着けていたものは消えちゃうんだ。能力を解除すれば戻ってくるけど。それに体格が違うから消えちゃうのは都合がいいんだ。服は変化する前に用意しておけばいいしな。一度【変化】したものにはいつでもなれるんだ。何か代役を頼みたい時はいつでも言ってくんろ」


「そ、そうか。何かあったら、よろしく頼む」

 メガラニカ王国に来てくれればいろいろと有効そうではあるが、ここで必要になる事はなさそうだなと考えて、話を打ち切り食事の準備に取りかかる事にした。


 魔法を使っているのを見られるのはまずいのではと思い、アーサーと川で遊んでいるようにボイラに促す。

 といっても、料理中は鍋の中に炎の魔法を使うので外から見ても魔法を使ったかどうかはわからないだろう。

 俺は手際よく料理を作り皿へと盛り付けていった。


 調理をしながらエレインにさっきの状況を説明して、俺達は妖怪族のふりをしている事に了承してもらう事にした。


「美味そうにゃ。早速いただくとするにゃ」

「油揚げじゃないか。どうしてオイラが油揚げが好きってわかったんだ」

「………」

「なんだコレ。今までオイラが食べてきた油揚げは何だったんだ。美味しすぎるぞ。今まで食べていたのは油揚げであって油揚げではなかったのか。う~」

「マスターの作った料理は素材を引き立たせるにゃ。だから油揚げが凄いんじゃなくて、マスターの料理の腕が凄いだけにゃ」

「……」

 3人は美味しそうに俺の作った料理を平らげていく。エレインには妖怪族のふりをしているのがばれないように終始無言でいてもらう事にしたので言葉には出さないがその表情から味に満足している事が伺える。

 そして、俺も懐かしの味を楽しんだ。

 俺の舌は和食を求めていたのか、はたまた調理器具の力が働いたのか、その味は記憶していた味より遥かに美味しく感じた。


 しかし、こうしてボイラを見ていると妖怪族が好戦的で恐ろしいというのはどういう事なのだろうか。全く恐ろしいという気持ちにはなってこない。

 妖怪族にもいろいろといるという事なのだろうか。

 遺跡の事もあるが、妖怪族に関してももっと知る必要がある。そう考えていると、ボイラか願ってもない提案を受けた。


「オイラの村に来ないか? 今日はオイラの家に泊まっていけよ。その代わり夜にもう一度油揚げの料理を作ってくれ。おっ母にも食べさせてやりたいんだ」


「いいのか? じゃあ、連れて行ってくれ」


俺はその提案を受け入れることにした。

 


【  残り予備血液パック 40パック  残りトマトジュース 30パック 】




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