第111話 飛べない竜は ただの龍だ
俺は洞窟の中へと引きずり込まれた。掴まれた手は特に握りつぶすような力ではなく、ただ持ち運ぶための力だけが加えられていた。
そして、広い空間に出たところで俺を拘束している十字架を地面へと突き刺した。
「お前は誰だ?」
龍神様とやらが俺に問いかける。どうやら俺の事を信用したわけではないのか、十字架に張り付けにされた俺の拘束を解こうとはしなかった。いつでも力づくで抜け出せるのだが、変に警戒されても嫌なので、俺はこのまま会話をすることにした。
「俺はアギラという
相手は女王様と言っていたので、それに関する必要最小限の情報を与え、なおかつ自分の考えが正しいかどうかの確認のできる質問をした。
「人族がルード皇国で? 俄かには信じることができん」
ひとまずルード皇国の存在を知っている事が分かった。まずは信用を勝ち取らねばならない。
「アーサー、俺の首にかかっているペンダントを竜に渡してくれ」
「分かりましたにゃ」
アーサーはフードの中から出て来て俺の首からペンダントを取って、ふわふわと浮きながら竜の元へと飛んでいく。
「喋る猫とは珍しい。私を見ても全く憶する事がないとは・・・」
アーサーは元々師匠の使い魔だから竜に対して何とも思ってないだけだろう。竜はアーサーからペンダントを受け取って、少し見るとアーサーにそれを返した。
「確かにこのペンダントは女王の力が込められている。それにこのペンダントはルード皇国の要職に贈られるもの。信じがたいが、お前はルード皇国と関係があるようだな。まずは、そちらの話を聞かせてくれ」
最初の時より声に険がなくなっていた。俺は目の前の竜を信用して、自分の事を話すことにした。
赤ん坊の時竜人族に拾われ、ルード皇国で育ったこと、育ててもらった母親が呪いにかかって死にそうになったこと、その呪いが700年前の戦争に原因があったこと、師匠に出会い竜人族にかかっていた呪いが解呪されたこと、それがあって竜人族の女王様からこのペンダントを贈られたこと、世話になった師匠にかかった呪いの解呪法を求めて旅立ったこと、そしてこの『ジパンニ』の地に解呪に関する情報があると知ってここまでやって来たこと。
俺は必要な情報を要約して目の前の竜に語った。
竜は最後まで静かに俺の話を聞き入った。そして少し考えた後、口を開いた。
「そうか、あの戦争からもう700年か・・・ルード皇国ではそのような呪いが蔓延していたのか」
「あなたもその戦争に?」
「そうだ。私もその戦争に参加していた。あれはひどい戦いだった」
ビンゴである。やはり、ルード皇国の竜人族で間違いない。では、何故このようなところでずっと暮らしていて、ルード皇国へ一度も帰らなかったのか。それは竜の姿を見ればある程度予想がついたが、俺は自分の考えが正しい事を確かめるために聞いた。
「何故戦争の後、ここへ? そして、何故一度もルード皇国へ帰らなかったんですか?」
「私の体を見れば凡そ察しはつくだろう。私はあの戦争で不覚にも翼に傷を負った。そして、飛行が制御できなくなった私は、それでもなんとかこの地へと降り立った。初めはなんとか回復を計ろうと考えていたのだが、禍々しい漆黒の剣でつけられたこの傷は一向に回復はしなかった。むしろ、傷がどんどんと悪化していったのだ。飛ぶことも叶わぬ上に傷がどんどんと広がって、私は自分の運命を諦めた。だがその時、一人の
そこまで一気に喋ると、俺がちゃんと聞いているか確かめるように俺の方に目を向ける。
俺は自分の予想が半分くらい正しかったので、すんなりと竜の話が頭に入っていく。それにしても、回復不能の傷を負わす魔剣とは恐ろしいものだ。一度魔剣使いと戦った事を思い出した。あの黒い魔剣も何かやばい呪いが付与されていたかと思うと背筋が凍り付く思いがした。が、ふと冷静に考えれば自分には呪いの類は効かないので大丈夫かという逆の気持ちがよぎる。
「なるほど。ここに来る前にあなたが危険な状態にあると聞きましたが、それは?」
見たところ翼がなくなっているのは重傷だが、それは昔からの事なのだろう。それとは別の原因があるのではと思い尋ねた。
「年々結界が弱まってきているために、私の傷がまた広がり始めている。そのため翼の
2、3年という猶予を結構時間があるなと思ったが、長い年月を生きる竜人族にとってはその感覚も違うのかもしれない。
「結界は張りなおすことはできないんですか?」
呪いの進行を止める結界というのには興味があった。そこに解呪の鍵が隠されている可能性があるかもしれない。
「わからない。なぜ近年結界が弱まっているのかもな。たぶん今の状況を考えると結界に長けたものが昔はいたという事だろう。私はそれからは定期的に贈られる食糧によって生きている身だからな。それでも感謝してもしたりないほどだ」
という事は、今では使えるものがいないという事だろうか。となると解呪の手がかりとしては、やはり遺跡に向かうのが第一候補となるか。詳しいところは巫女様に聞かなくてはわからないか。
俺はだいたいの事情を把握して、目の前の竜にある提案をした。
「あの、俺が治療してみてもいいですか?」
俺は話を聞いていて、何個か治療の可能性を考えていた。師匠やアーサーの呪いとは性質が違うので、俺にも治せる可能性がある気がしたのだ。
「今まで何人もの
特に嫌がっている様子は感じられない。
俺は自身を強化して、力を込めた。
「
俺が力を込めると手足を拘束していた縄がちぎれ、地面へと落ちる。これには竜も目を見開き驚いた。
「わざと捕まっていたのか?!」
「あなたと会うにはちょうどいいと思って・・・それよりも、試したい方法が3つほどあります。できれば最後の方法はとりたくはないですが・・・アーサー、師匠の薬を2本ほど出してくれ」
「はいにゃ」
時空間から師匠の薬を取り出し、俺へと渡す。
「ひとまずこれを飲んでくれませんか? さきほど話した、師匠である竜人族が作った薬です。翼が再生するかもしれません。これで治れば一番良いのですが・・・」
俺は竜に1本薬を手渡した。竜は少し躊躇った後、薬を一気に飲みほした。
その時、竜は光に包まれ、その光は中心へと収束する。しかし、翼は再生しなかった。
「やはり、ダメか」
竜は呟いた。俺もこれで再生するかは半信半疑であった。アーサーの呪いには師匠の薬は効力を発揮しなかったのは実証済みである。だから、再生不能の傷の呪いに師匠の薬が効力を発揮する可能性は低かった。できれば最後の方法はとりたくないので、試してみたがやはりという事か。
「では次に俺の魔法で試してみます」
「今までに魔法の治療は何度も行ったが、私の傷を癒すことは一度もなかった。やっても無駄であろう」
「念のためです。できれば最後の方法はとりたくないので・・・・」
俺の体に呪いは効かないのであれば、俺の魔法は呪いの影響を受けずに傷を治癒できる可能性がある。アーサーをオスにする魔法を知らないので試すことができなかったが、駄目もとで試みる価値はある。
「ところで人化はできないのですか?」
「人化をすると、傷が心臓に達しやすくなるために長い間ずっとこの状態を保っておる」
「そうですか。では、背中に乗らせてもらいますが、いいですか?」
「構わない」
人化してもらえれば背中に回りこめばいけると思ったが、そんな理由で人化できないのであれば仕方がない。俺は竜の背中に飛び乗り、
数秒ほどそうしていただろうか。いっこうに傷口が塞がらないのを見て、俺は諦めて竜の背中から飛び降りた。
「どうやら無理だったようだな」
「はい。なので最後の手段をとりたいと思うのですが。俺の考えを聞いてくれませんか? いけると思えばあなたがやるかどうかを決めてください」
「どういう事だ? 何を考えておる」
「傷がある部分を全て
「なるほどな。しかし、その方法は考えたことがあるが、不可能だ」
あるんかーい。どやってた己が恥ずかしい。
「何故ですか?」
「私の体、というより竜の鱗を貫通させ肉を上手く切り取るという芸当は神剣や魔剣、もしくは竜人族が持つ剣を、相応の手練れが使わねば不可能だ。もし手練れでないなら、何度も何度も刃で刺される痛みで私が持ちこたえられないだろう」
あっ、そういう。それなら何とかなりそうな気がした。自惚れではないが、自分にならやれそうな気がしないではない。
「俺ならできます。信じてください。ところで、竜人族の剣って、【成竜の儀】で自分の抜け落ちた歯を使って作る自分専用の剣ですよね? あなたは持ってないんですか?」
「私は700年前の戦争で竜の姿で戦っておったからな、ルード皇国に置いてきてしまったのだ。だから、今ここにはない」
「そうですか。アーサー、包丁を出せ」
あるならば、それを借りようと思ったが、ないならば仕方ない。この使い慣れたオリハルコンでできた包丁で何とかするしかない。
「わかりましたにゃ」
俺はアーサーから受け取った包丁を竜の前に掲げた。
「これはオリハルコンでできた包丁です。そして、俺を信じてもらえれば、一瞬で切り取ってみせます」
「マスターの包丁さばきは神がかってますにゃ。どんなものでもそれはもう見事に調理してくれますにゃ」
アーサーは料理の腕を誉めているようだが、今は突っ込めるような空気ではない。
竜は少し考えて頷いた。
「分かった。信じよう」
俺はその言葉を聞いて、再び竜の背中へと飛び乗った。背中には背骨に平行して2本の長い傷跡が左右に残っていた。たぶん、そこから翼が生えていたのだろう。まずは右側の傷から取りかかる事にした。俺は身体強化を引き上げる。
『
そして、左手から回復魔法を発動させる。
『
狙いを定め、一気に包丁を竜の背中に差し入れて、傷に沿って下にひく。包丁を差し入れた個所からは血が吹き出し、俺は大量の血を浴びる。
「
竜の口からは痛みに耐えた声が漏れ出た。
俺は傷口の下まで包丁を持っていくと、向きを変えて、最初の位置まで傷口をえぐり取るように包丁を動かした。えぐり取った肉が地面へと転がり落ちる。俺は回復魔法をかけ続けた。そして、徐々に薄い皮膜が患部を覆う。
傷口を塞ぐことに見事に成功した瞬間だった。
さっきまでは膿んで黒ずんでいた個所が、少しへこんではいるがうっすら緑色の皮膜のようなもので覆われて傷口が見えなくなっていた。
「おっ、おっ、おおおおおおっ!!! 右側の痛みが和らいだぞっ!!」
竜は雄たけびをあげた。
「次は左側をします」
「分かった」
俺は左側の傷にも同様の処置を行った。
「軽いッ!! 嘘のようだッ!! 長年の痛みが綺麗に消し飛んだわッ!!」
「では、これを飲んでみてください」
俺は師匠の薬を手渡した。
「うむ」
今度は躊躇わずに、ゴクリと一気に飲み干した。
そして、光に包まれた後、光が収束すると共に翼が再生していく。
「おっ!! オオオオオッッ!!!!! 素晴らしいッ!! まさか、再びこの姿に戻れるとは」
竜は喜びの咆哮をあげた。
「良かったです」
血まみれの姿になりながら俺は安堵した。俺は自身に『
「待つにゃ。この肉はあっちが預かるにゃ。竜の肉は滅多にお目にかかれないほど貴重にゃ」
おいおい。本人がいる前でそれは・・・
「呪いも付いているし危ないぞ」
「呪いのついてない部分を切り取って欲しいにゃ。お願いしますにゃ」
アーサーは俺の足にしがみついて懇願する。どれだけ竜の肉を食べたいのだ。俺が竜の方を見ると、あまり気にしていない様子で、自分の翼をはためかせ治った喜びを感じいっていた。
俺は手に持った包丁で呪いを受けた傷の裏側の新鮮な部分の肉をそぎ落とした。それでも左右の傷から20㎏近くはそぎ落とせたのではないだろうか。俺はそれをアーサーへと預けた。
「では今度料理をお願いしますにゃ。あっちはミディアムレアでお願いしますにゃ」
いやいや呪いもあるし半生とか怖すぎでしょ。そんなやりとりをしていると、竜は突然光を放ち始めた。そして、1人の女性へと変化した。
その顔立ちは竜人族特有の端正な顔立ちで、スタイルも出るとこは出て引き締まった体形をしていた。700年以上生きているとは思えないプロポーションである。俺は彼女の姿を見て目を背けた。なぜなら、彼女は何も服を身につけていなかったからである。
「ん? ああ、そう言えば。ちょっと待っててくれ」
俺が顔を背けている意味に気付いて、その広い空間の中にあった建物の中へと消えていった。
その後ろ姿をチラリと見やると、驚いたことに師匠と同じように尻尾が生えてはいなかった。完全なる人化の術を行っていたのである。以前にステラの港町で出会ったラインという竜人が人化の術を完全に行うには人に対してよくない感情を抱いていれば行えないと言ってたので、おそらく目の前の竜は人に対してそうは思ってないということだろう。
そして、しばらくして出てくると靴やズポン、上着等を身につけて再び現れた。
「礼を言わねばならんな。私はエレインだ。これでルード皇国に帰ることができる。おま、いや、アギラには本当に礼を言うぞ」
「いえ、翼が回復したのは師匠の薬のおかげです」
「それでもアギラがここに来なければ、私はここで命を落としていただろう」
「それで、これからどうするんですか? すぐに帰るんですか?」
「いや、この地のものには長い間世話になった。そちらにも礼をせねばならん。それにこの地は奇妙な
「では、どうするのですか?」
「ひとまず、
妖怪族は話ができる種族という情報をゲットである。妖怪族なんて種族はルード皇国では習わなかったのだ。魔導士学園で教えていたのかもしれないが、授業中は結構寝ていたのでほとんど聞いていない。
「妖怪族は話すことができるのですか?」
「ああ・・・そういえば」
少し考えた表情をみせる。やっぱり話せないのだろうか?
「そういえば、言語は使っているようだが、私達の話す言葉とは違っているな。しかし、人族とは何か言葉のやり取りをしていたように思える・・・」
そこで、エレインは俺の顔を見る。
「通訳として来てくれないか?」
俺でいいのだろうか? ジパンニの人に言えば、一緒に行ってくれる人もいるのではという気がした。事情も知ってるのでそちらの方が好都合なのではないだろうか。そもそもこの土地のもので北の大陸の言語を理解できるものはいるのだろうか。エレインの話からすると、誰も理解するものがいないのかもしれない。
「この土地の人たちには黙って話をしに行くのですか?」
「話し合いにいくつもりだが、話がこじれて戦闘になるかもしれないからな。私は
なるほど。妖怪族とやらは好戦的という事か。またまた情報をゲットである。そんな種族がいる場所であるなら呪術研究会のメンバーで行くのはひとまず待ったである。ひとまず俺が一人で様子見をしておいた方がいいんじゃないだろうか。安全を確認した後、皆と遺跡へ行く方がいい気がしてきた。
「そうですか・・・じゃあ俺も一緒に行くことにします」
竜人族の戦闘力の高さは俺は嫌というほど知っている。これ以上心強い味方はいない。呪術研究会のメンバーと行くよりもはるかに安全である。
「そうか!! 来てくれるか! 危険なところだから申し訳ないところだが、必ず守ってみせる。といってもその心配も杞憂か。私の鱗と肉を瞬時に切り裂く手腕、そしてそれを回復させる魔法、どれをとってもなかなかの手練れだとわかる。だからこそ、アギラに来てほしいわけだがな」
エレインは俺に絶大なる信頼を寄せてくれているようだった。
「いえ、俺も妖怪族が住んでいる近くにあるかもしれない遺跡に行きたいので、気にしなくていいです。
どうせ、そこには行くつもりでしたから。むしろ一緒に行けて心強いですよ」
本心からそう言った。
「そうか。ありがとう・・・ではついて来てくれ」
入ってきた方向とは逆の方向にエレインは歩き出した。何故、洞窟の奥に向かうのか。
「そちらは入って来た方向と逆では?」
「この洞窟はいろいろな場所へとつながっておる。こちらから出た方が山向こうに行くには一番早い」
俺は慌ててエレインの後を追う。
「待ってくださいにゃ」
アーサーは俺のフードへと飛び込んだ。
慌てて追いかけたために、洞窟内に飛び散ったエレインの傷から噴出した血しぶきの
【 残り予備血液パック 40パック 残りトマトジュース 30パック 】
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