第75話 鍛冶スキル

 カイゲンとの決闘の後、俺はダン&ガラフ工房に来ていた。

 俺が工房に行く事を伝えるとマリオンも一緒についてくることになった。


「お~、久しぶりじゃ。手配書が取り消されたのは知っておったが、心配しておったんじゃ。」

工房に入ると、俺に気づいたダンがやって来て迎えてくれた。


「その説はありがとうございました。」


「なに、ワシが何度も訴えていたんじゃが、なかなか信じてもらえんでのう。しかし、ある時ふっと手配書が消えたんじゃ。どうやら、他にも2人の無実を訴えるものがいたみたいじゃ。」

ジュリエッタの親だろうか。上手くやってくれたみたいだ。近々、リーンと一緒にジュリエッタに会いに行くのもいいかもしれない。


「おかげで目的だった魔導士学園に無事入学する事ができました。」


「そうか、それは良かった。あれからワシも、この工房を建てて大忙しで頑張っておる。それにしても、今日は突然どうしたんじゃ?何か困った事でも起きたのか?」


「いえ、先生に勧められて鍛冶の見学に来ました。先生がここの鍛冶師と知り合いらしくて。ガラフって人らしいんですけど。」


「ほー、ガラフはワシの旧友でな。工房を立ち上げる時に、丁度旅から帰ってきて、いろいろ話をしていたら、一緒に工房をやることになったんじゃ。今、ガラフは鉄の発掘現場の指揮にあたっておって不在じゃ。まー、見学なら自由にしてくれて構わんぞ。それでそちらの女性は?前に一緒にいた女性とは違うようだが・・・」


「こちらはマリオンです。魔導士学園のクラスメイトです。ここに見学に行くのを話したら、自分も行きたいと言ったので、一緒に来ました。」


俺が紹介するとマリオンは少し頭を下げて、「よろしく」と言った。


「そうか、工房に興味を持ってもらえるのは嬉しいな。人材も不足しているから、若いもの達が来てくれるのは大歓迎じゃ。」


  工房の中を見渡すと、5人の鍛冶師がハンマーを持ち、金属を叩いていた。

そして、炉のような近くに3人の魔法使いらしき者達がいた。その3人のうち1人は前にダンと一緒にいた女性の1人だった。どうやら、火の魔法を使って、金属を溶かしているようだった。

向こうも俺に気づいたようで、俺に軽く頭を下げた。俺もそれに倣って頭を下げた。

それを見ていた、マリオンが俺に尋ねた。


「あれは誰だい。」


「前にリーンと旅している時に会った事があるんだ。ダンさんと一緒にいた人じゃないかな?違いますか?」

俺はダンに確認をとった。


「そうじゃ。アエリアじゃ。あれからワシは結婚して、夫婦になったんじゃ。たまに火入れの術師が少ない時に手伝ってもらっておるんじゃ。」


「へー、そうなんですか。それはおめでとうございます。」


「お前さんにはいいきっかけをもらったと思っておるんじゃ。礼を言うわい。」

ダンはガハハと笑っていた。


 俺がどいう風にきっかけになったかはよく分からなかったが、再びお祝いの言葉を述べた。

そしてその後、金属を打っている鍛冶師に目をやった。5人の中の1人が女性だったので、俺は珍しいなと思い、その1人に近づいた。


 小柄な体格ながら、筋肉は鍛え上げられていて腕や足が太かった。女性のドワーフだろうか。

そして、俺に見らている事に気付いて、作業をとめた。


「何か用?」

不機嫌そうに聞いてきた。


「すまない。女性が鍛冶をしているのが珍しかったから・・・」

言った後に『しまった』と思った。気を悪くしたかもしれない。


「はあ。女性だと何か悪いのか?鍛冶師をしちゃいけないって言うのかよ。」

案の定、めちゃくちゃ機嫌を損ねてしまったようだった。


「そんなつもりは・・・」


「だいたい女連れで見学に来るなんて、冷やかしなら邪魔なんだよ。」


「こらこらサーシャ、アギラさんは客人じゃ。そう言わんとお前の腕を見せてやってくれ。」

エキサイティングしていたのをダンが諫めてくれた。


「親方がそう言うなら。でも、こんな素人に私の仕事を見せても何もわからないッスよ。」


カッチーン。いくら温厚なアギラさんでも、ここまで言われたら黙ってられないな。


俺の鍛冶スキルはたぶんカンストしてLv999に到達しているだろう。何たって、俺の作った調理器具は魔剣とやらにも匹敵する業物だったんだからな。

何気なく剣を作って驚かせてやるしかないな。そして、俺の鍛冶スキルに恐れおののくがよいわ。


「あれ、こっちの作業場って空いてるんですか?ちょっと作らせてもらう事ってできますか?」

女性の隣に剣を打つ作業場がもう一つあった。誰も使っていないので何気なく聞いてみた。


「ほう。お前さんは鍛冶の経験があるのか?」

ダンが尋ねた。


「まあ、一応。何回か作ったことがありますね。」

実際には剣は作った事がなかった。調理器具と釣り竿くらいだ。しかし、ルード皇国の授業で武器の作り方は習っていたのでなんとかなるだろう。


「へー、じゃあ僕の剣を作っておくれよ。ちょうど剣が必要だったので探していたんだ。」

工房に入ってから、いろいろと見ていたマリオンが提案した。


「お前さんには魔獣の素材で世話になったし、この鉄ならいくらでも使ってくれていいいぞ。」

ダンは鉄の塊を持ってきて、渡してくれた。


「ありがとうございます。じゃあ、ちょっとやらしてもらいます。」

俺は早速、火の魔法で鉄を溶かすことにした。


「炉は使わんでもいいのか?」

ダンが聞いてきた。


「大丈夫です。自分でできますので。」


「ほう。流石、魔導士学園の生徒じゃのう。」

隣の作業場で座っているサーシャは作業を止めてこちらを見ているのが分かる。ふっふっふ。

来上がったものを見て腰を抜かしてしまうかもしれないな。


俺は鉄を魔法で低温で熱しながら、徐々に温度を上げて伸ばしていく。


トーン、カーン、トーン、カーン。


そして、頃合いを見て、水魔法で急冷した。

そして、それを繰り返しながら剣の形に近づけていく。

いくつかの工程を経て、作業台の上には一本の剣が出来上がった。

ゲームなら『だいせいこう』の文字が浮かんでいるんじゃないだろうか。いろいろな項目にプラスが付いている事だろう。

俺はつばの近くの刀身に自分の名前を刻むことにした。


「出来た。六花六式りっかろくしきだ。」

俺は剣に名前もつけた。いい剣には名前があるのが当たり前だからな。

出来上がった剣をダンとマリオンとサーシャが覗き込んだ。


ドヤっ。


「へー。剣らしいじゃないか。」

マリオンが剣を評価する。ただ、マリオンにはこの剣の凄さが分からないようだった。これだから素人は・・・


「ふん。・・・まだまだだな。」

サーシャが酷評する。認めちゃいなよ。俺の剣の出来が凄すぎる事を。素人と思ってた俺がこんな剣を作った事を認めたくないのは分かるけど、相手の力を認めることも上達の一歩だよ。


「どれ。・・・基本は出来てるようじゃが、少し粗さが目立っておるかな。修行を積めば鍛冶師としてもやっていけそうじゃな。火入れ師としては今すぐにでもウチに欲しいくらいじゃがな。」

ダンが評価した。

あれっ。俺の作った剣の評価が低すぎないか・・・どういう事だってばよ。


俺は剣を手に取り、魔力を込める。

氷70:光15:闇15 ……あれ

火70:光15:闇15 ……あれれ

土70:光15:闇15 ……おかしいぞ。

その後も属性を変えて試してみたが、剣には何の変化も起きなかった。俺が全属性で試した時、炉の近くでガシャコーンという音がして皆がそちらを向いた。

ダンの奥さんであるアエリアが倒れていた。近くにあった道具がいろいろと散らばっていた。


「どうしたんじゃ。」

ダンが駆け寄った。


「な、何でもないわ。ちょっと躓いてしまって。」

そういうと散らばった道具を片付けだした。ダンも片づけを手伝い、部屋の端に行って何かを手に取り、こちらに戻ってきた。その手には鞘があった。


「その剣はこれにしまうといい。多分ぴったり納まるじゃろう。」

俺は剣を、受け取った鞘に納めて、マリオンに渡した。


「本当に貰ってもいいのかい。」


「ああ。」

俺は上の空で生返事をした。


「ありがとう。大切にするよ。剣の名前は六花六式だったよね。」


「ああ。」

俺は再び考え事をしたまま返事をした。


なぜ魔力が通らなかったのか。俺はその事で頭が一杯だった。前の調理器具は一体何だったのか。何故魔法剣ができたのか。違いが分からなかった。

俺の様子にダンが聞いた。


「どうかしたのか?」


「いや。前作った時はもっといいものができたんだけど。今日はどうやら調子が悪かったかもしれない。」


「嘘はつくな。鉄を打つ姿を見たら分かる。お前はそんなに上手くない。」

サーシャが俺に言った。


「いや。本当だって。……おい、アーサー、お玉を出せ。」

アースーという設定を忘れたわけではない。俺は今後もアーサーと呼ぶことに決めたのだ。


「はいにゃ。」

アーサーが俺にお玉を手渡す。


「これなんですが。」


「ははは。何だそれは。剣じゃないじゃないか。何だ。調理器具か?それをお前が作ったのか?」

サーシャが馬鹿にする。俺は気にせずダンに見せた。


「・・・むう。そ、それは・・・よく見せてくれんか。」

ダンが興奮して俺からお玉を受け取る。


おやっ。やはり、このお玉はかなり良い出来だったのでは。俺の評価はS安からS高まで跳ね上がったのを感じた。

ダンはお玉は注意深く観察していた。


「こ、これは。・・・やはりじゃ。これをどこで手に入れたんじゃ。」

ダンは俺に詰め寄った。この驚き方はやっぱり。


「実は俺が作ったんですよ。」


どやっ。


「えっ?い、いや、それにしても、この素材をどこで?」


「北の大陸の砂漠を越えた山脈の北側ですね。」

その近くの小屋にあったひび割れた鎧を再利用したのだ。いわゆるエコってやつだ。


「そ、そんな所にあるのか・・・」


「どうかしたんですか?」


「いや、この素材は魔法感応素材じゃ。金属を打ったものの魔力が宿り、特殊能力が付加されるんじゃ。」


「えっ?」

俺は驚いた。


「つまり、オリハルコンじゃ。その金属は世界でもまだ数十キロしか発見されていない超希少金属じゃ。」


俺の冷や汗は止まらない。あの小屋は一体何だったのか。もしかすると、俺はとんでもないものを盗み出してしまったのかもしれない。


いやいや。いったん冷静になるのだ。ドラ〇エの世界では人の家に上がって箪笥や壺からアイテムを取るのは普通の事じゃないか。ただその箪笥に入っていたアイテムが超希少金属だっただけだ・・・


いや違う。あの家はトラップの多い超高難易度のダンジョンだったのだ。たまたまトラップが発生しなかっただけかもしれない。そうだ。きっとそうに違いない。俺は悪くないんだ。

俺は必死に無実を訴えた。心の中で、自分自身に。


「北の大陸か・・・お前さんの実力があれば、簡単に取りにいけるんじゃろうが。」


「いや。そのダンジョンでは、もうそんなに取れないと思いますよ。」

というか、小屋には鎧があと一個しかなかったはずだ。そして、思考が口に出てダンジョンと口走ってしまった。


「なんと、ダンジョンにオリハルコンは眠っておるのか。お前さんでも手こずるほどか。そうか・・・こんな調理器具に使うぐらいだから、もっとたくさんあるかと思ったのじゃが・・・。失敬。このお玉が悪いわけではないんじゃ。オリハルコンでお玉を作ろう等と考えるのは、神級鍛冶師といえどもお前さんくらいじゃろう。」

何やら聞きなれないワードが耳に飛び込んできたぞ。


「神級鍛冶師って何です?」


「オリハルコンを鋳造することができるものをそう呼ぶんじゃ。オリハルコンの形を変えるにはものすごい力を必要とするのじゃ。そして、その力を持つものを神級鍛冶師と呼ぶのじゃ・・・」

あまり鍛冶師としての実力はないが、神級鍛冶師の称号は手に入れてしまったようだった。


「それにしても、どうやって金属を溶かす火を手にいれたのじゃ?凄腕の術師10人がかりで魔力を込めなければオリハルコンの融点には達しないはずじゃが。北の大陸にも凄腕の火入れ師がいるのか?」


「えっ?俺が1人でやりましたけど。」


「なんと?いや、たしかにお前さんの実力なら・・・でも・・・いや・・・」

ダンは1人で自問自答していた。


「嘘をつくな。そんな事できるはずがないだろう。どうせ、そのお玉もどこかから盗んできたんだろう。」

サーシャは相変わらず俺を疑っていた。しかし、その疑いの盗んだという部分は少し当たっているのだ。俺は少し意気消沈していた。


「いや。ほんとうに。こうやって。」

俺は力なく、誰もいないところに魔法で黒い炎を出現させた。オリハルコンを融解せしめた力だ。


「な、なんだと。」サーシャは驚いた。


「ふぉ。なんじゃと。」ダンも驚いた。


「すごいな。」マリオンは感嘆した。


ガシャコーン。アエリアはまたも躓いて、尻餅をついていた。


本当によく転ぶ人だな・・・


「流石、魔導士学園の特別クラスじゃな。黒い炎など神話でしか聞いたことがなかったわ。」


「いや、アギラは特別クラスにおいてもさらに特別のようだよ。詠唱なくこんな魔法まで使えるなんてびっくりだよ。僕はアギラの作ったこの剣に恥じない使い手になるよ。」

ダンとマリオンは俺の力に感心していた。そして、サーシャはびっくりしすぎて呆然としていた。

俺は今日一つ分かった事があった。俺の鍛冶スキルはカンストどころか素人レベルに毛が生えた程度だという事だ。やはり調子に乗ってはいけないのだ。勘違いで調子に乗っていたなどと、恥ずかしすぎる。


「明日から楽しみだな。肌身離さずこの剣は身につけておくよ。」

俺が今日の出来事を後悔している横で、マリオンは嬉しそうに剣を鞘から抜いたり納めたりしていた。

マリオンが喜んでくれているのが、俺には救いだった。俺みたいなへっぽこ鍛冶師の品を喜んでくれるなんて、なんていい奴なんだ。


 次の日、学校で会ったマリオンは俺の剣を帯刀してはいなかった・・・どうやら、リップサービスだったようだ。


 俺はこの時はまだ知らなかったのだ。マリオンが2人いるという事を。


 そして、俺の剣が俺の知らぬところでどんどんと有名になっていく事を。


 しかし、それはまだ当分先の話だった。



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