BETWEEN 異世界 TO 異世界!

ながやん

第1話「BETWEEN?」

 雨竜遊馬ウリュウアスマの部屋は、少しおかしい。

 生まれてからの16年、毎日暮らしている六畳一間ろくじょうひとまだ。ごく平凡な一軒家の二階にある。押入れとつくえ本棚ほんだな、こざっぱりと片付いた普通の部屋である。

 だが、おかしいのだ。

 そのことを遊馬は、物心ついた時から知っていた。


 この部屋は、頻繁ひんぱんに『』が通り抜ける。


 奇妙な衣をまとった老人。

 甲冑かっちゅうを鳴らす血塗ちまみれの騎士。

 部屋いっぱいの巨大なドラゴン

 物言ものいわぬ機械の鉄巨人てつきょじん


 昼夜ちゅうやを問わず、それは不思議な紋様もんようの並ぶうずから現れ、同じような渦へと消えてゆく。まるでゲームの魔法陣のようだった。

 一度だけ、遊馬はその『なにか』を呼び止めたことがある。

 遊馬の声に振り返ったのは、妙齢みょうれいの美女だった。


『おや、私がえるのかい? ちょいと通らせてもらうよ、ボウヤ』


 髪と肌とが真っ白な、赤い瞳の女性だった。彼女は起伏きふくの豊かな痩身そうしんを、露出もあらわ薄布うすぬのおおっていた。そして、遊馬の言葉に目を細めて向き直る。

 遊馬がいつも通り過ぎる者達のことをたずねると、彼女は笑ったのだ。


『そうかい、視えてもわからないということだねえ? それじゃあ……。そういうことは全部、自分の目で見知って、耳で聞き分けるんだよ』


 そう言って、その人は遊馬に奇妙なものをくれた。

 それは――



                  ※



「……ん、んっー! ふぅ、またあの日の夢か」


 目が覚めて初めて、自分が夢を見ていたと気付く。

 遊馬は机に宿題を広げて、どうやら居眠いねむりをしていたようだ。部屋の時計を見れば、まだ五時前だ。夕日に照らされた室内には、遊馬しかいない。

 当然だ。

 ここは遊馬の自室であり寝室なのだから。


「でも、あの日のことは夢じゃない。それだけは確かなんだけど」


 遊馬は首にかけた細いチェーンを手繰たぐる。

 シャツの中から、あの日もらった金属製の円環リングが現れた。

 恐らく、指輪だ。

 謎の女がくれた、読めない文字がきざまれた指輪。

 それは確かに実在し、その後もなにも変わらない。

 あれから何度も、『なにか』はこの部屋を通過していった。


「まあ、結局はなにも……僕だって別に困ってるわけじゃないし。つまり、この部屋は色々と『なにか』が通り抜ける場所なんだろうな」


 奇妙に達観たっかんした笑みを浮かべて、遊馬は指輪を再び胸の奥にしまう。だが、シャツの中で突然それは光り出した。

 さしておどろくでもなく、椅子の上で遊馬は振り返る。

 そう、驚くに値しない。

 いつものことだ。

 毎度のことで『なにか』が通り過ぎる時、この指輪は光るのだ。

 そして、押し入れの戸がガタガタと鳴り出した。

 奥で光を集束しゅうそくさせながら、不意にバン! と引き戸が開かれる。

 現れた姿にも、遊馬は動じなかった。


「やったわ、ついにゲートが開いた! ここがあたしの無双むそうできる異世界いせかいね!」


 押入れから出てきたのは、自分と同じ年頃の少女だ。

 それも、美少女である。

 長く伸ばした真紅しんくの髪に、透き通るような白い肌。整った顔立ちにはエメラルドのようなひとみが並んでいる。口元には勝ち気な笑みが浮かんで、全身から溌剌はつらつとした元気がみなぎっていた。

 何故なぜか、スタイル抜群のシルエットを浮き立たせる全身タイツ風の格好。

 顔と手以外に露出ろしゅつはなく、まるでSFアニメの宇宙服のようである。

 キョロキョロと周囲に目を輝かせる彼女に、遊馬はぼんやりと語りかけた。


「えっと、君も『なにか』ですよね。ちょっと待ってれば反対側の、その、門? 開くと思いますよ」

「え? なに、どゆこと? ここ、異世界よね?」

「君が異世界から来たなら、ここもこの先も異世界だよね」

「……ちょっと待って! この先? それより、あんた! その指輪っ!」

「ああ、これ」


 少女は遊馬を指差ゆびさし、その胸で光る指輪をつまみ上げる。

 自然と顔と顔とが近くて、遊馬の鼻孔びこうを甘いにおいがくすぐった。


「これはなに?」

「指輪、だと、思いますけど」

「これをどこで?」

「ここで」

「ここ? ここって」

「僕の部屋で。不思議な女の人から」

「……そう、あんたも会ったのね! あの女に」


 要領ようりょうを得ない遊馬に苛立いらだちつつも、少女が手を離した、その時。

 押入れとは反対側の壁で、ガタゴトと本棚が鳴り出す。

 並んだ漫画まんが百科事典ひゃっかじてんが飛び出て、突然空間がゆがむ。

 遊馬が思っていた通り、渦が現れた。

 少女が門と呼んでいた、出口だ。

 この部屋はいつも、入口と出口の間にはさまっているのだ。


「……もう一つ、門が」

「どうぞ。君も通り抜けて行くんでしょう? この先へ」

「どゆこと? ちょっと、説明しなさいよ。まず、あの女は何者? ここはなに? ……あの門の先は?」

「えっと、それは……自分の目で見知って、耳で聞き分けるべきじゃないかな」

「あの女と同じ言葉……いいわ、あんたも来なさいっ!」

「へ? あ、あっ、ちょっと! 君っ!」

「あたしはナルリよ! 辺境宇宙百八氏族へんきょううちゅうひゃくはちしぞくが一つ、ラグネリアのナルリ!」


 ――ナルリ・ラグネリア。

 それが少女の名。

 そして、遊馬が初めて知る『なにか』の正体だ。

 彼女に腕をつかまれ、驚くひまもなく……遊馬は現れた渦の中へと引っ張り込まれる。最後に見た部屋の時計は、三本の針が全て高速で逆回転していた。

 こうして遊馬は、見ず知らずの異世界へと吸い込まれていったのだった。

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