⑤脇役から祈る結婚

第一話

クラスの隅にいた君が薦めてくれた一作のアニメ。まだ君とあまり仲良くない頃、私は話題作りのため一話を観ました。夕方の物しか観たことない私が二十五時五十八分まで起きて、ワンセグのアンテナを立てながら観ました。すると私と同じく、深夜の女子高生が画面に生まれました。彼女が友達らしき女の子と電話をすると如何にも可愛い二つの声がスピーカーから流れました。可愛いとは思いながら何が良いのかはっきり分からず、あやふやな印象を持って冒頭十分を過ごしていました。

だがそこで彼女達はキスしました。

顔を寄せ合い突然キスしました。

衝撃でした。


第二話

一週間後私はまたアニメを観ました。綺麗さっぱりお風呂を済ませた丸椅子の上で画面を掲げました。前の枠と広告が終わるのを待ち続けた二話は主題歌から始まりました。軽快な曲と歌詞に合わせて先週の彼女達が踊りだしまた広告に入りました。温かい色調に切り替わると彼女達の映像が公開されました。前回の大胆さを振り返り、二人は恥ずかしく触れ合います。乱れ落ちた結果、主人公の娘がもう一人の横に寝そべります。

やがて今週も彼女達はキスをしました。

今度は胸の秘境の感情が涌きました。一人きりの部屋で自然と、静かにした方がいいという義務に勘づきました。呼吸を閑散させれば、彼女達の淡い口付けが抽出され目が釘になりました。新しい概念が吹き込むようで、言葉もなしに繋がった二人から際限ないエネルギーを貰いました。二人だけに集中して続け様に盛り上がって、身体がよじれて画面を持つ腕を振り回したくなるほどです。場面が展開しても記憶に吸着して離れない、離したくない熱さを引き出しては甦る彼女と彼女のキス。ぐにゃぐにゃに顔が油断します。全身に汗を掻きます。激しい心象の移り変わりの末、三十分のアニメは甘いエンディングテーマと一緒に終わりました。

これまで見ていた物と違う光景がありました。全く知らない世界が私に瞠目を与えました。二人のキスする様が縛られた娯楽に漣をくれました。だって女子が女子にキスする発想なんてありませんでした。だけど抵抗もなく自分から見入ってしまいました。アンテナを収納して更に三十分、身体中に感想を循環させて余韻に浸ります。こんな画期的なアニメがあったとは。薦めらなければ縁のない作品にこれほど感情を任せるとは。

興味に釣られて検索すると番組表の中に小さな公式サイトが表示されます。情報を精査していってこの作品には漫画の原作があることが分かりました。幼児に等しい知識量の私は漫画から動画を作ることを新鮮に思います。他にもティーシャツやマグカップが発売されるという記載があり、色々あるんだなと思いました。明日の学校を何のその、たっぷり時間を費やして理解を深めました。


第四話

後日、駅の大型書店で三冊の本を買いました。家に帰ると紺色の袋を開封して新品の漫画を机に広げます。透き通ったビニールを外すとピカピカに装丁された表紙が裸になります。清める風に制服から着替えて、指紋を残すのが惜しい質感のページを捲りました。

読み終えて蓄積された印象は、良い、に尽きました。アニメには声や映像のテンポが特徴ですが、漫画は物語をマイペースに読めていいなと思いました。

そして今夜も放送日です。展開を先読みした私ですが、観ない訳にはいきません。アニメならではの演出に胸膨らませ、画面をセットして待機します。深夜になるのが楽しみです。


第七話

あの娘とあの娘がキスすると熱い。あの娘とあの娘が仲良くしてると胸が熱い。あの娘があの娘を優しく触ると熱い。あの娘があの娘の手を握ると熱い。あの娘とあの娘が一緒の毛布に入ると熱い。あの娘があの娘に脚を絡ませると熱い。あの娘があの娘の存在を意識すると熱い。あの娘があの娘以外に嫉妬すると熱い。あの娘があの娘の上に乗ると熱い。あの娘があの娘に欲情していると熱い。あの娘があの娘の服を脱がそうとすると熱い。あの娘とあの娘が全裸で向かい合うと熱い。あの娘があの娘を想って自慰すると熱い。あの娘とあの娘が一線越えると熱い。あの娘とあの娘の話す時間が好き。あの娘とあの娘の幸せだけを願う幸せな瞬間が好き。画面の前でくふぅっと、はわぁぁと声が出ちゃうくらい好き。あぁ好き。女の子同士、最高。極上。生きる一番の喜び、生き甲斐。


第十話

女性同士は真愛です。親愛で深愛で信愛だけど何より真実です。神秘です。自然です。女の子が二人居るだけでそこにはラベンダーが咲きます。二人きりの静美な世界になります。そこに私達が抵触することは断じて許されません。介入を試みる者は己の穢れに身を焼くか、私達の同好者により凄惨な最期を遂げるでしょう。女性同士は不可侵の地帯なのです。女性同士は永劫に真の価値があり、異端になることは有り得ません。女性同士はある種の飯事や気の迷いや一過性の精神ではありません。これは絶対です。絶対なのです。女性同士の結実の未来に苦難の立ち入りは禁じます。女性同士は幸福と祝福を受給しなければなりません。その為には女性同士を信じることが冀求されます。信仰により常識となれば女性同士は開放的に愛を育めるのです。女性同士は普遍に普及されるべきです。動機が性であれ心であれ女性同士は清廉潔白です。自由で広大で禁忌と懸け離れた世界があるのです。繰り返しますが女性同士は真愛です。その真なる彼女達に相応しい装いで私達は応えましょう。温水で垢を洗浄したら洗濯した正装を羽織り二人を見守りましょう。さぁ皆さん、女性同士の繁華をお祈りしましょう。


第十一話

着々と最終回を意識させる話数の変遷に頓狂となった先週の私は忘れるとして、でも終わりが来るのは寂しいし辛い。週に一度の至福がなくなり、空洞を抱えた生活を送ると思うと放送局に電話の一報でも掛けたくなる。

何でこの種の恋愛物語は少ないのだろう。ここ三ヶ月の間色々と調査してみたけれど、女の子同士を描いた作品はあまりない。あると言えばあるようだけど他と比べた感触だと数的に乏しいことは瞭然。特にアニメに絞れば数え切れる程の作品数だ。文化的な嗜好として存在はしてもマイナーという域は出ていない。私の被害妄想だけどこれには国民規模の作為を察する。だって組み合わせ的に、例えば女Aちゃんと女Bちゃんと女以外Cと女以外Dの組を考えればコンビネーション四の二、分の一、つまり六分の一の確率で女の子同士が結ばれるはずだ。言うまでなく人口割合や感情論含めて単純な問題ではないし愛に性別が関係ないことを踏まえれば無効だけど、感覚的にはそうだ。けれど私の憶測からすれば全然足りていない。同好の士の努力と想いにより注目を惹かせることはあるけど市場はまだまだ狭隘だ。仮に道行く通行人に好みの関係を尋ねた場合、六人に一人は女性同士と堂々と答えるのが理想的だ。いや更に主張すれば女と女、女と女以外、女以外と女以外を分母にすることで三人に一人は女性同士の恋愛を嗜み、三作品に一作は女性同士の恋愛を描くべきだ。制作側がその方向へ改革していけば作品を読み視聴する人も幕明きは違和感に溺れた所で時間が経てばそれが当たり前になるはずなんだ。大衆に親しみやすい文化の側面から愛の固定観念を変えていけば、現状私達が頻用する定型文に含まれた偏見の毒にも敏感になり訂正してゆくはずなんだ。まぁ何が最も言いたいかと言えば、こういう作品が毎季必ずあって欲しく、その数は出来るだけ多い方がいいということ。特別仕様のエンドロールを上映させながら思ったこと。

本当に、早く結婚してください。もちろん二人が。

結婚できる世界になるといいな。


最終話

エンディングテーマが流れる度、半時間の短さを感じていました。その後じっくりと、感動の後味を頂くのが習慣でした。

ですがこのアニメは、今回で終了してしまいました。夕方六時のアニメとは違って何年も続くものではないようです。放送する前から決まっていたそうです。それが何故なのか、私には詳しいことは分かりません。大人の事情、なのかもしれません。

でも漫画は続きます。作品は続きます。たとえ原作が終曲しても、ファン個人の記憶に残り続けます。規模が大きくなればそれは歴史になります。物語が物語となるのです。

この作品に救われた私は、多くの人に作品の良さを、可愛さを、真性さを知ってもらいたいです。そんな私にできるのは、私の言葉で布教することくらいです。一億二千七百万分の一、いや七十六億分の一が百数文字で書き込むだけです。皆が皆、それを見てくれる訳ではありません。それはそうです。私だって危うく見過ごしたのですから。だからこそ皆がこの価値を見逃さないよう、私は発信し続けます。

皆が見てくれることを祈って、頑張りたいと思います。

君が私に教えたように。

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《九月編》百合短編集 いろいろ @goose_ban

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