ケツ割り箸魔法少女装少年セイントヒップ

デバスズメ

第1話:誕生!セイントヒップ!

「次、割下わりした!」

呼ばれた少年は立ち上がり、目の前の難関を睨む。


跳び箱5段。中学1年生にしてはちょっと低い段数だが、彼にとっては脅威のカベだ。

ピッ!体育の先生が笛を吹く。勢い良く走り出し、勢い良く板を踏み、飛び上がり!……飛び箱の上に着地した。


「うーん、もうちょっとだったな。もっと思い切っていけば大丈夫さ!」

先生がそう言う。しかし、割下にはそんな自信はなかった。

「はぁ……」


今日の体育は男子が跳び箱で、女子はマット運動だ。跳び箱から降りると女子の授業が見えた。


「次、折部おりべ!」

もう一人の先生に呼ばれた女子が立ち上がり、マットに向かって走り出す!


大きく助走をつけマットに向かって飛び込み、手をついて見事なハンドスプリング!着地も完璧だ。

(僕もあんなに運動できたらなあ……)


――――――――――


その日の帰り道。

「あーあ、僕も折部さんみたいに運動できるようにならないかなあ」

「割下には無理だって。折部に勝てる男子なんていないんだし。俺だって跳び箱で勝てないのに、俺に勝てないオマエが折部さんみたいになれるわけないだろ」

「まあ、そうだけどさ」

友達の佐々木ささきと一緒に帰る割下。鈴木は跳び箱8段を飛ぶ身軽さだ(なお、折部は10段以上を軽々飛び越える)。


「それに、オマエだって100メートル走は俺より速いじゃん?そんなヒョロヒョロの体のくせしてさ」

割下の家は小高い丘の上にある。毎日の自転車通学により、足腰だけは鍛えられていたのだ。

「まあ、それはそうだけどさ、折部さんには勝てないし……ん?何だあれ?」


ふと、道に落ちている割り箸を見つけ、拾い上げる。

「こんなところに割り箸、落とし物かな?」

「割り箸……あ!そうだ!オマエ、これケツで割ってみろよ!」


「ハァ!?」

「この前ネットで見た動画でさ、フンドシとケツで割り箸を挟んで折るやつがあったんだよ」

「なんで僕がそんなことしなきゃいけないの!」

「折部に勝つんだよ!ケツ割り箸なら折部に勝てるかも知れねえだろ?」

「いや、別に折部さんに勝ちたいってわけじゃなく……」


「いや、やってくれ!いいか、これなら俺たち男子は、あの折部に勝てるかもしれないんだ!頼む!オマエだけが頼りなんだ!」

佐々木の男子としてのプライドが、折部という最強の女子に勝つことを切望していた。


「オマエだって折部に勝てば自信がついて、跳び箱飛べるようになるかもしれないしさ」

自信、その言葉に割下は折れた。

「わかったよ。帰ったらやってみるよ」


「よっしゃ!折れたら明日もってこいよな!」

「うん、折れたらね」

「うっし!それじゃーな!」

「うん!また明日!」

佐々木と別れて、割下は坂を自転車で駆け登った。


――――――――――


「ただいまー」

とは言っても声は帰ってこない。まだ家族が誰も家に帰ってきていないのだ。


部屋に行き、パソコンを開いて検索する。

「えーっと、”ケツ割り箸”でいいのかな……」

検索結果から動画を見る。褌一丁の男が、5膳の割り箸をケツに挟み、ケツに力を込めると一気に折れた。


「すごい……」

思わず息を呑む。そして、握りしめた割り箸を見る。動画の人は5膳、それに比べれば1膳なら行けるかもしれない。


タンスを漁り、祭りの時に使うフンドシを取り出した。そして半ズボンの上からフンドシを締め、割り箸を挟んだ。

「ふぅー……」

呼吸を整える。

「エイッ!」


バキィ!


軽快な音を奏で、割り箸が折られたのだ!割下のケツで!

「や、やった!」

折れた割り箸が床に落ちる。だが、その時だ!


「プリプリプリーッ!」

どこからともなく謎の声!

「な、なに!?」


「プリー!オイラを助けてくれてありがとうプリ!」

いきなり目の前に現れたのは喋るヌイグルミみたいな小動物!しかも宙に浮いている!

「うわあ!」

あまりの驚きに尻餅をついてしまう。


「お願いだプリ!魔法少女になって、悪霊に取りつかれた人たちを助けて欲しいプリ!」

「……え?」

あまりの唐突な出来事に、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる割下。


「説明するプリ。オイラたちの世界から、悪いやつらがこっちの世界に逃げてきたプリ。そいつらは地球の悪霊を使って悪いことをしようとしてるプリ。オイラはそいつらを追ってきたプリ。でも、罠にはまって割り箸に封印されて困っていたプリ」

「割り箸に封印って……」


「オイラも最初はそう思ったプリ。でも、こっちの世界だと、割り箸が霊に通じる強力な力を持っていたんだプリ」

仏壇にご飯を供える時に、割り箸を刺すことをご存知だろうか。割り箸と霊は近いのだ。

「ってことは、キミは幽霊なの?名前は?」


「まあ、そういうことだと思ってくれていいプリ。あ、オイラの名前はプリケッツ。とにかく!大切なことは、このままだとこっちの世界も大変なことになるってことプリ!」

「えーと……」

割下は色々と考えた。考えることが多すぎたけど、考えたのだ。


「えーっと、悪いやつがいるとか、そういうのはわかったんだけど……」

「それじゃあ、協力してくれるプリね!?」

「あー、いや……」

「プリ?」


「……僕、男なんだけど」

「プ、プリーッ!?」

ヌイグルミみたいな小動物は驚いて目が点になってしまった。

「だから、魔法少女?なら他の人に……」

「無理だプリ……」


「え?」

……嫌な予感が割下の脳内を埋め尽くす。

「オイラを開放した時に、すでに契約は終わっているんだプリ」

「えーっ!?」


「だ、大丈夫だプリ!オイラを開放してくれたってことだけで、素質は十分だプリ!性別なんて関係ないプリ!」

「いやいやいや!男が魔法少女とか無理だよ!だって僕、男だよ!?」

必死の弁明も、プリプリ言ってる小動物は聞いちゃくれない。


「硬いこと言わないプリ。それに、もうオイラの契約からは逃げられないプリ……」

「え?なにそれ?」

「細かいことは気にしないプリ」


――――――――――


時間は少し経過して夕食時。でも、母さんも父さんもまだ帰ってこない。いつもなら夕食は作り置きしてある。……と思ったのだが、『今日はコンビニで何か買って食べてね』という書き置きだけがあった。


いつもなら母さんが作っておいてくれるけど、どうやら今日の母さんは相当に忙しかったらしい。もしかしたら、急患が入ったのかもしれない。そんなことを考えながら、コンビニで弁当を買ってきた。


「いただきます」

割り箸を割る。


パキン。


その時だ!

『パパラパ~チャララパパラパ~♪パッパラ~パパラパッパッパラ~♪』

謎のBGMが鳴り響く!

「え!?なに!?なにこれ!?」


わけも分からずあたふたしていると、いきなり割下の体が宙に浮いた!

「え?えっ!?」

そして体が光に包まれる。これは……変身バンクだ!


全身が光のシルエットになり、半ズボンがはじけ飛ぶ!そして代わりに黒いスパッツが装着される!

次は上半身のTシャツがはじけ飛び、フリフリの淡いピンク色ドレスみたいな服が装着される!

「あ、え、ええ!?」


割下が戸惑う間もどんどん変身だ。

レースの手袋にニーソックス。ちょっとだけヒールが高い靴。髪の毛はリボンで結ばれる。

「あ、あの、ああ!!」


そして最後に、黒いスパッツの上から白いフンドシが装着される!

『パパラパ~パパパッ♪パッパン♪』

BGM終了!

「なんだこりゃー!」

変身完了!

「すごいプリ!完全に着こなしてるプリ!」


「着こなしとかそういう問題じゃないよ!っていうかなんでいきなり変身!?」

「それは、キミが割り箸を割ったからだプリ」

「……へ?」


「割り箸を折ってオイラを開放したキミは、割り箸を割ることで魔法少女になれるプリ」

「いやいやいやいや!いやいやいやいやいやいやいやいや待った!」

「待ったも何もないプリ。それに似合ってるプリ。可愛いプリ」

「可愛いだって?」


割下は鏡を見る。そこに写っていた姿は、言われてみればたしかに可愛い……気がした。

「いや、まあ……その……。でもフンドシ丸出しじゃん!」

「スパッツ履いてるから大丈夫だプリ!」

「そ、そうじゃなくて……あれ?メガネがなんかいつもと違うけどこれは?」

「顔がバレるとまずいプリ?髪型とメガネを変えれば案外バレないものだプリ」


「そりゃそうだけどって、もしかして」

「さあ!早速悪霊退治に行くプリ!セイントヒップに変身したってことは、近くに悪霊が出たってことだプリ!」


「い、嫌だよ!」

割下が座り込んで駄々をこねようとしたその時だ。携帯電話に着信有り!相手は佐々木だ。


「もしもし?」

「オイ!すげーことになってるぞ!ユーレイが出たんだよ!」

「ユーレイ?」

「ああ、とにかく早く来いよ!」

「来いってどこに」

「商店街の……うわぁ!!」

「佐々木くん?」

叫び声と共に、電話は切れた。


「悪霊の仕業だプリ。助けられるのはキミだけだプリ」

「僕だけ……?」

友達を助けられるのは自分だけ。その現実に、割下は決意した!

「わかったよ。行こう!恥ずかしいけど、佐々木くんを見捨てられないよ」

立ち上がる割下。いまこの時をもって、割下はセイントヒップとなったのだ!


----------


「キャーッ!」「助けてくれー!」

自転車で駆けつけたセイントヒップを待ち構えていたのは、大混乱の商店街!混乱の中心は、巨大なラーメンのモンスターだ!

「ラーメェーン!!」


ラーメンモンスターは極太の麺を振り回し、近くの建物を壊しまわっている!

「あれは悪霊に取り憑かれた姿だプリ!」

「あんなのどうやって戦うっていうの!?」

「それはもちろん……」

プリケッツが説明しようとしたその時だ!


「ラー!!」

ラーメンモンスターの麺がセイントヒップに襲いかかる!人々は散り散りになって逃げ、もはや標的はただ一人なのだ!

「ジャンプだプリ!」

プリケッツの声にセイントヒップは大きくジャンプ!その高さは家の二階に届くほどだ!


「うわっ!!なにこれ!?」

あまりの跳躍力に驚くセイントヒップ。

「キミの力は魔法でとっても強くなってるプリ。これくらいのジャンプは軽いプリ!」

「そ、そうなの?」


「ラー!!」

更に麺がセイントヒップに襲いかかる!

「えーいっ!」

鮮やかに跳躍!

「ラー!!ラー!!」

飛び上がったセイントヒップに更に伸びる麺!

「とぉっ!」

体を捻って回避!そのまま空中三回転を決めて見事に着地!


「す、すごい……」

あまりにも身軽。いつもの割下には絶対にできない鮮やかな動きに、不思議な高揚感を感じていた。

「いい感じだプリ!次はこれを使うプリ!」

プリケッツがそう言うと、割り箸型魔法少女ステッキへと姿を変えた!


「よーし!」

ステッキをキャッチ、新体操のバトンのようにくるくると回して構える!

「ラー!!」

ラーメンモンスターが大量のナルトを手裏剣のように飛ばしてきた!

「えい!えい!えい!」

ステッキで華麗に弾くセイントヒップ!


「そのままアイツに近づいて、体のどこかに刺さっている割り箸を探して引っこ抜くプリ!」

「うん!わかった!」

走り出すセイントヒップ!ナルトを弾き、麺を飛び越え、どんどんラーメンモンスターに近づく!


「ラ、ラー!!」

焦ったラーメンモンスターから巨大なメンマが飛び出した!

「えい!たあ!」

逆にメンマを足場にして連続跳躍!ラーメンモンスターの真上に飛び乗った!

「見つけた!割り箸だ!」


ラーメンモンスターに刺さった割り箸を抜き取るセイントヒップ。

「よし、これで……」

「まだ終わりじゃないプリ!」

「え?」

セイントヒップが油断したその時だ!


「ラー!!」

足元に絡みつく麺!

「ひゃあ!!」

不意打ちに驚きセイントヒップが悲鳴を上げる!

「早くその割り箸をケツで折るプリ!」


「ええ~!?」

セイントヒップとラーメンモンスターの戦いは、商店街中の人々に見守られている。その中には折部おりべもいる。この公衆の面前で、そして何よりも、憧れの折部おりべさんの前で、ケツ割り箸をしろというのだ。

「悪霊が閉じ込められた割り箸は、聖なるケツじゃないと折れないプリ!」

「や、やだよ!恥ずかしいもん!」


「そんなこと言ってる場合じゃないプリ!急がないとラーメンに飲み込まれるプリ!」

セイントヒップがハッと我に返って足元を見る。さっきまでかかとに絡みついていた麺が、いつの間にか太ももまで侵略してきているのだ。このままケツまで飲み込まれれば、もう間に合わない!


「わ、わかったよ!やればいーんでしょ!んもーっ!」

セイントヒップは恥ずかしい気持ちを吹っ切り、スパッツとフンドシの間に割り箸を挟む。……そして!


「えいっ!」


バキィ!


割り箸が割れた!

「ラ、ラ、ラ……」

ラーメンモンスターが中から光りだす!そして!

「ラーーーーーー!!!!!!」

ラーメンモンスターは爆発!キラキラした光の粒子となって空へと登っていった。


破壊された建物も、キラキラした光の粒子で元通りになった。

「悪霊が成仏したプリ!悪霊の影響も全部元通りになったプリ」

ラーメンモンスターが消えた後には、佐々木が倒れていた。

「佐々木くん!」

佐々木を覗き込むセイントヒップ。


「う、うーん……」

「良かった!無事なんだね!」

思わず笑みが溢れるセイントヒップ。

「えーと、キミは誰?」


「あ!えーっと……」

自分の正体を明かす訳にはいかない。商店街のど真ん中でケツ割り箸をしたことがバレるのは死ぬほど恥ずかしい!

「コホンッ」

バレないように声のトーンを変える。

「僕はセイントヒップ。キミを助けにきたんだ」

「俺を助けに……?」

「うん。だから安心して」


「いい感じの雰囲気のところだけど、もうすぐ変身が解けるプリよ?」

「え?そういうこと早く言ってよ!」

慌てて立ち上がるセイントヒップ。


「ま、待って!」

「ゴメン!もう行かないと!さようなら!」

セイントヒップは大ジャンプして建物の上へ!そのままさらに遠くへと跳んでいく。


――――――――――


商店街から離れた公園の茂みの影。そこにはどうにか逃げてきた割下がいた。

「ギャーッ!恥ずかしい!!」

しゃがみ込み、顔を手で覆う割下。

「何を恥ずかしがることがあるプリ。立派だったプリ」


「もうあんなことしたくないよ!」

「本当プリか?あんなに華麗に飛び回ってたのにプリ?楽しくなかったプリ?」

「う、うーん……」

いつもの割下には絶対にできない動き。走り回り、そして飛び回る。思い出すとちょっと楽しかったかもしれない。


「笑ってるプリ!やっぱり楽しかったんじゃないプリか?」

プリケッツがニヤニヤしながら割下を見る。

「ち、違うよ!これは佐々木くんを助けられたからで……」

割下がごまかそうとしたその時だ。携帯電話に着信有り!相手は佐々木だ。


「もしもし?」

「聞いてくれよ!スゲー事があったんだよ!」

興奮した佐々木が話す。

「それってさっきのユーレイの?」

「そうそう!ラメーン食おうと思って割り箸割ったらいきなりユーレイが出てきてさ。そっから先はあんま覚えてないんだけど、アクロバットなスゲー可愛い女の子に助けられちゃったんだよ!」


「あー……、それってもしかして、セイントヒップとかいう」

「なんだ。オマエも見てたのか。可愛かったし、カッコ良かったよな。いやー、また会いたいなあ」

「えー、あー、まあ……そ、そうだね」

自分のことを言われていると思うと、なんだか悪い気がしない。


「ん?なんかあんまり乗り気じゃないな?っていうか今どこにいるんだ?近くにいるんだろ?」

「あ!いや!僕はちょっと見てすぐに家に帰っちゃったから!」

「あー、そうなのか。それじゃまた明日な!」

「う、うん。また明日」


割下は電話を切ってため息をつく。

「はあ……」

「さあ、お家に帰ってお風呂にでも入るプリ。聖なるケツは清潔に保たないといけないプリ。清潔な聖ケツはセイントヒップの命だプリ」

「でも、佐々木くんには悪いけど、もう悪霊はやっつけたし、これでもうセイントヒップにはなれないよね」

「そんなことないプリよ?」

「え?」


「悪霊が封印された割り箸は1膳だけじゃないプリ。まだまだセイントヒップの活躍は終わらないプリ!」

「そ、そんな~!!」

「大丈夫だプリ!セイントヒップになれば、また飛び回れるプリ!」

「それは、まあ……」

それはたしかに、思い出すと心が躍る経験だった。

「ニヤニヤしてるプリ~♪」

「し、してないってば!!もう!!」



――――――――――


ケツ割り箸は始まったばかりだ!頑張れセイントヒップ!負けるなセイントヒップ!



ケツ割り箸魔法少女装少年セイントヒップ

第1話:誕生!セイントヒップ!

おわり

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