謎のヘルメス族と因縁の相手

 八大都市の一つ、灼熱の都会サラマンダーは今日も暑い。厳しい環境の中、懸命に花々が咲いている。

 サラマンダーで一番の広さを誇る公園の中で、一人の少女が花々と戯れている。

 艶のある漆黒の髪を腰の高さまで伸ばし、一重瞼に尖がった耳。そんな特徴の女に、二つの影が近づく。一つは少女をこの場に呼び出した巨漢、もう一つは少女と同じ特徴を持つ錬金術師、ラス・グース。

 巨漢は勝手に好敵手と呼んでいる少女を見つけ、一歩を踏み出した。

「マキ・シイナ。この前の大会で俺を倒した屈辱を晴らしに来た!」

 男の叫び声を聞き、マキ・シイナは果たし状を送ってきた男の姿を瞳に捉え、溜息を吐いた。

「こんな暑い場所に呼び出すなんて、最低だと思うけど、何をして戦うつもり? 公園で虫取り大会でもするの?」

「違う。単純な殴り合いだ」

 拳を握った男が少女に駆け寄る。それを見たマキは、再び溜息を吐き、姿を消した。

 ヘルメス族の特殊能力の一つ、瞬間移動。それによってマキは、大木の枝の上に立つ。

「いいなり女の子を殴りかかるなんて、最低としか言えません」

 木の枝の上から飛び降りたマキは、男の前に立った。女の右の眼球に刻まれたEMETHという文字が光る。

 その瞬間、男の体に異変が起きた。太かったはずの腕が細くなり、一瞬の内に男の体型がやせ細った。

 異変はラスにも及ぶ。性転換した時に消えたはずの胸が大きく膨らむ。まるでEMETHシステムが解除され、元の姿に戻ったようだとラスは思った。

 ガリガリな体型になった男の姿を見て、マキはイタズラに笑った。

「初めてあなたの前で絶対的能力を使ったんだけど、そんな弱弱しい体型だったんですね。それなら、これだけでも大丈夫そう」

 そう言いながら、マキは緑色の槌を叩いた。

 東に上向きの三角形を横棒で二分割した空気を意味する記号、西に木を意味するブドウのような形。南北に下向きの三角形を横棒で二分割した土を意味する記号。中央の円に増殖を意味する水瓶座のマーク。これらにより構成された魔法陣が出現。

 すると、蔦が物凄い勢いで増殖していき、男の足に纏わりついた。


 身動きがとれなくなる男の体に触れた少女が、敵と共に姿を消す。それから数秒後、マキはラスの目の前に現れ、敵の連れの少年に視線を合わせる。

「私と同じヘルメス族ですね? あなたも私と戦うのですか?」

「いいえ。戦うつもりはありません。ところで、僕の連れはどこに行ったのですか?」

「瞬間移動でヴィルサラーゼ火山へ連れて行きました。邪魔だったので」

「そうですか。僕はあなたに興味があったので、同行しただけで、あなたとは戦うつもりはありません」

「私に興味?」

「僕と同じヘルメス族にも関わらず、僕はあなたのことを知りません」

 マキは同じ種族の疑問を聞き、彼女は真実を打ち明けた。

「信じてもらえないかもしれないけど、私は別の世界から来たんです。この世界へ来た時にある方からお守りを渡されて、私は絶対的能力を手に入れました。それと同時にヘルメス族になってしまいました。これが私の真実」

「なるほど。そういうことですか? 納得しました。ところで、あなたの絶対的能力というのは、どういった物なのですか? 見た所、僕の体を元に戻しているように思いますが」

「はい。どうやら私の絶対的能力は、自分以外の特殊能力を無効化する物のようなんです。あらゆる補正を無効化することができる私の前では、絶対的能力は無効化される。元の姿に戻るのは、その影響かと。この能力が原因で、絶対的能力者を抑制する技術を開発しようとする研究者や、EMETHシステムを解除して元の姿に戻ろうとする者に狙われているんだけど」

 マキは能力の説明を聞きながら笑い、再び右眼球を光らせた。すると、ラスの体が少年の姿に変わり果てた。


 丁度その時、新たな影がマキとラスの前に姿を見せる。

 角刈りにした髪型の全長二メートルの巨漢と、黒い長髪を腰の高さまで伸ばした、少し健康そうな小麦色の肌をしたスレンダーな体型の少女。

 少女の方にラスは心当たりがない。しかし、角刈りの巨漢の姿には見覚えがあった。

「カクヨム杯参加を断った五大錬金術師の一人。ティンク・トゥラ」

 真っ白なローブで体を覆う錬金術師の呟きを聞き、ティンクは腕を組んだ。

 一方で青年は首を傾げている。

「どこでその話を聞いたのか? 教えてくれ。聖なる三角錐の兄ちゃん」

 ティンクの疑問に対し、ラスはローブを脱ぎ、姿を晒した。

「僕があなたの代わりに大会に参加したからです。マエストロたちを可愛がってくれたそうですね?」

「ああ。可愛がったのはマエストロとかいう男だけだ。俺は女を殴れない。美男子だから。変態だから」

 謎の決め台詞を聞き、マキは思わず苦笑いした。一方でラスはティンクの言葉に疑問を持ち、右手を挙げた。

「質問です。なぜあなたはここに来たのですか?」

「絶対的能力者が突然元の姿に戻る現象が起きていると風の噂で聞いたから、調べに来た。だが、俺はいつでも元の姿に戻ることができる。だから本当に元の姿に戻れるのか分からない。対策として連れと一緒に来た。公園を探索していたら、連れのロングヘア巨乳姉ちゃんの体に異変が起きて、元の姿に戻った。それでここに来たら、巨乳姉ちゃんの姿が元通りって話だな」

 ティンクの目的を知ったラスは首を縦に振り、マキの右肩を叩く。

「分かりました。あなた達の目的は彼女だってこと。彼女が絶対的能力を使えば、そのロングヘア巨乳姉ちゃんが元の姿になります」

「面白いな。どうしてそんな秘密をペラペラと話したんだ?」

「ここで会ったら百年目って言葉があります。聖なる三角錐のメンバーは、あなた達フェジアール機関を目の敵にしています。僕はあなたたちと遭遇したら、戦わないといけない。ここで見逃したら、トールに怒られてしまいます」

「ああ。その姉ちゃんを巡る戦いか。燃えて来た」

 ティンクが闘志を燃やし、握り拳を造った。

 五大錬金術師との因縁の戦いが始まろうとした時、空中で何かが光った。

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