ラス限界突破

 一難去ってまた一難。現れた絶対的能力者は、白いローブを纏う少年に向けて右手の親指を立てた。

「坊ちゃん。やるなぁ。少し見させてもらったが、お前も絶対的能力者だな?」

「そうですが、それがどうしたのですか?」

 少年の答えを聞き、巨体の男は笑った。

「やっぱり。多分お前はヘルメス族だ。悪いが、主の血液を貰う」

 ラスは突然現れた男の目的を知る。

「なるほど。夜に凶暴化した主の血液は錬金術を強化する貴重な物質。絶対的能力でプロでも倒すことが難しい主を倒し、血液を手に入れる算段だということですか? こちらは暇潰しとして倒しただけですので、ご自由にどうぞ」

「凶暴化した主を狩ることが暇潰しか。面白い奴だ。良かったら俺と手合わせ願いたい」

 謎の男は闘志を燃やす。それに合わせてラスは首を横に振った。

「お断りします。あなたと戦っても、何のメリットがなさそうなので」

「そう来たか。だったら、拳で語り合うしかないな」

 なぜそうなるのかとラスは一瞬疑問に思ったが、謎の男は容赦なく、ラスに殴りかかる。

 ラスは一瞬で消え、攻撃を避けた。しかし、突風がラスの体を飛ばし、洞窟の壁に激突しそうになった。

「その拳、山を一つ吹き飛ばす程度の威力ですね。殴った時に生じる風で飛ばされそうになるとは……」

 突然、ラス・グースは男の背後に現れる。それでも男は動じない。

「不意打ちでも無傷か。瞬間移動って奴はやっかいだ。だが、俺は負けない。お前と同じヘルメス族にも」

 謎の対抗心を燃やしている男は、間合いを詰め、連続して拳を振り下ろす。

 ラスは動かない。見えない何かによって拳は消え、目の前のヘルメス族に届くことはない。

 十発目のパンチを見切ったラスは、瞬間移動で攻撃を避けた。男の拳は速く強い。

 またもや男の前に、無傷のヘルメス族が姿を見せる。

「強いですね。九回殴る時の動きを見なかったら、避けることはできませんでした」

 冷静に受け答えしている純白のローブを身に纏う錬金術師は焦っていた。

 暗黒空間で防ぐことはできる目の前の男の攻撃は、現状十発程度。その内、九発は既に容量オーバー。男は自分を逃がそうともしない。幸いなのは、男が熱血漢で動きが読みやすかったこと。

 如何にして目の前の男をねじ伏せるのかと考えている間も、男は高威力の拳を振り下ろす。それは、暗黒空間に取り込んだ彼の攻撃を放出することで掻き消した。

 続けて、ラスは男の背後に暗黒空間を設置して、攻撃を放出させる。だが、その攻撃を見破っていた男は、空中に浮かぶ黒い拳と自分の拳を衝突させ、不意打ちを防いだ。

 不意打ちも通用しない。取り込んだ攻撃を吸収して威力を上げたとしても、容量が大きいため、元の威力と大差ない。

 選択肢は三つ。カクヨム杯でキープしておいた二十階級魔法を全て放出する。このまま瞬間移動で逃げる。

 もしくは……


 ラス・グースは迷わず、悪魔の絵が持ち手に書かれた黒い槌を地面に叩く。

「ルスお姉様がいなくて助かりました」

 そう呟いた直後、謎の巨体の男の真下に真っ黒な円が出現し、男と同じ体型、同じ大きさの影が現れた。

 それと同時に、男の周囲に黒い円が八つ現れ、影は縦横無尽に円の上に移動していく。


 八つ全ての円の上に移動してから、男の影は物凄いスピードで敵の前に堕ちていき、目の前の敵の腹を殴った。

 その激しいアッパーによって一撃によって、男の重たい体は、洞窟の一番高い壁に激突してしまう。

 荒い呼吸を繰り返し、その場に座り込んだラスは、上を向き落ちていく男の姿を見ていた。

 八倍堕天人形。それこそが第三の選択肢だった。カクヨム杯で使おうと思っていた奥の手で、槌で召喚した堕天人形に予め取り込んでおいた敵の攻撃を吸収させることで、戦闘力を数倍に上げる。


 落下しても死ななかった男は、一歩も動けないラスに向けて、右手を差し出した。

「俺の負けだ。ヘルメス族は強いな」

 豪快に笑う男に対し、ラスは首を傾げた。

「ヘルメス族に何か恨みでもあるのですか?」

「ああ。恨みはないが宿敵がヘルメス族なんだ。俺は賞金稼ぎをして生活しているんだが、よくアイツとは大会で戦うことになる。今まで一度も勝ったことがなくて、悔しいから修行しているってことだ。ヘルメス族を悪く言うつもりはない」

 男の意外な発言を聞き、ラスは一瞬動揺した。そして、そのまま尋ねる。

「賞金稼ぎのヘルメス族というのは誰のことですか?」

「ああ。マキ・シイナって聞いたことないか? 多くの大会で優勝して賞金を掻っ攫っていく少女だ。一重瞼で尖がった耳。おまけに瞬間移動まで使える。アイツは間違いなくヘルメス族だった」

「マキ・シイナ?」

 その名前にラスは聞き覚えがなかった。ヘルメス族は同じ一つの村で生活している。希少な種族故、村民は少なく、全村民の名前は簡単に把握できる。

 それなのに知らない名前というのは、おかしな話。賞金稼ぎのヘルメス族の正体が気になったラス・グースは男の右手を握る。

「すみません。マキ・シイナって人に会いたいのですが」

「ああ。別に構わないぜ。アイツならサラマンダーに滞在しているはずだ。着いてこい」

 こうして、ラスは謎の男と行動を共にすることを決めた。全ては会ったことがないヘルメス族の少女に会うため。


 


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