強敵殺し
錬金術によって財を成した巨大国家アルケア。政府と五大錬金術師と呼ばれる人々が、十万人の対象者にEMETHシステムと呼ばれる錬金術の上位互換能力を与えて二年程が経過した頃、ショートボブの髪型で前髪を左に分けた9歳くらいの少年は、研究室のドアの前で二年ぶりに連絡をしてきた人物から受け取った手紙を読み、溜息を吐いた。
すると、研究室のドアが開き、中から同じ容姿をした6歳くらいの女の子が現れた。違いといえば前髪を右に分けているのと、右の太ももにEMETHという文字が刻まれているのみ。
「ラス、どうしたのです?」
錬金術の研究を終えて現れた幼女は、ラス・グースを心配して見つめた。すると、ラスは突然幼女の体を抱きしめる。
「ルスお姉様。この前話した大会の参加者の情報が送られてきたんですよ。まだ参加者は増えるみたいですが、強敵が多いみたいです」
なぜラスは小さな子供をお姉様と呼ぶのか? この疑問の答えはEMETHシステムにある。実はシステムには唯一の欠如があったのだ。即ち、能力を与えられた十万人の体や精神に異常が発生すると言ったもの。ある者は幼児化し、またある者はキメラになってしまった。
この欠如によってルスは幼児化し、ラスは性別が変わってしまった。
話を戻し、いきなり抱きしめられたルスは顔を赤く染めながら、目の前の家族に言葉を交わす。
「それで心細いってことですか? でも大丈夫なのです。ルスの能力は素晴らしいではありませんか? あらゆる攻撃を暗闇に閉じ込めて、相手に跳ね返す。事実上の攻撃無力化です」
「でも、僕の能力には弱点があるんですよ。僕の能力は相手の攻撃を暗闇の中に閉じ込めて、任意のタイミングで奇襲する物です。当然攻撃は相手の技に依存しますし、強者なら自分の技を見切って当たり前。優勝したら依頼主さんから莫大な資金を受け取る約束になっているのですが、現状で勝てる可能性は低いでしょう」
悲しそうな顔になるラスを見て、ルスは彼の左肩に優しく触れた。
「錬金術なのです。ラスの能力で錬金術の魔法陣を吸収してしまえば、攻撃方法は無限大です」
姉の発言にラスは目を見開き驚く。
「そうでしたね。魔法陣を吸収したこともありました。理論上可能なはずですね。お姉様、助言ありがとうございます」
「問題はどんな魔法陣が適しているかです」
そう言いながらルスはラスから少し離れ、研究室に戻った。そして数秒後、ルスは紙とペンを持って姿を見せる。
「とりあえず、風の力であらゆる物質のスピードを3倍に上げる紅蓮風神の槌は外せませんね」
姉は呟きながら紙に槌の名前を記した。
「他は風雲流動の槌があったら面白いですね。それと試してみたい錬金術があります」
仲が良い二人の会議が終わってから数日後、ラスは荒野にあの男を呼び出していた。は黒色のスポーツ刈り男、マエストロ・ルークだ。
「何だ? こんなところに呼び出して」
当然のようにマエストロが尋ねると、ラスは微笑みながら彼に近寄った。
「頼みがあります。是非とも僕と戦ってください」
「面白れぇ。あの時のリベンジ。やってやるよ」
対決に火花を燃やすマエストロは右手で手刀を作ってみせた。一方でラスは一歩も動こうとしない。
先に動いたのは、マエストロだった。手始めに彼は手刀でラスの体に当てようとする。しかし、当たるよりも早く、直径一メートルの暗闇が出現して、直後ラスは瞬間移動でマエストロの背後三メートルの位置に飛んだ。当然のように、暗闇がマエストロの右手を飲み込んでいく。
「クソォ」
マエストロは思い切り右手を振った。1秒後、暗闇が消え、彼はニヤリと笑った。
「次の一手は分かってんだ。俺の手刀をコピーしてやり合う算段だろう。だが、俺は負けない。一発くらい総裁してやるよ」
喧嘩を売るマエストロに対し、ラスは余裕の表情を浮かべた。
「では、始めましょう」
そう言いながら彼は、マエストロの真下の地面に暗闇を出現させた。いつものカウンター攻撃が始まる。全身黒タイツを着た影が円の中心に現れていく。
ここで影に異変が起き始めた。髪型がスポーツ刈りに変わり始め、一瞬にして影はマエストロと同じ身長体格になっていた。虚ろの目をした無表情な影が数センチ前に現れ、彼は間合いを取るために離れようとした。すると、影は容赦なく至近距離で何発も手刀の衝撃波をマエストロに当てに行く。
攻撃を見切り避けたマエストロはショックを受けた。避けた先にあった固そうな大木が一瞬で倒れたのだ。
マエストロの能力、手刀の衝撃波でなんでも切る能力までコピーしているのか? そんな疑問を抱えていたが、影は容赦なく攻撃してくる。
背後にはラスが一歩も動かず様子を伺っていた。隙だらけのラスに一発決めることができれば、勝てる。そう思い直径一メートルの黒い円の中から脱出しようとする。
その時、影はマエストロの急所を狙い当てた。
「グワァ」
強烈な痛みにマエストロはうつ伏せに倒れてしまう。そこを狙い影は執拗にマエストロを攻撃した。
そして一分後、影は消失した。地面には執拗な攻撃を受け倒れているマエストロしか残されていなかった。
ようやく動き始めたラスは、マエストロに歩み寄り、頭を下げた。
「ありがとうございました」
「説明しろ。何をしやがった」
怒りで頭に血が上ったマエストロは立ち上がりながら尋ねる。
「禁断の錬金術、堕天人形の槌と暗黒空間の合わせ技です。錬金術と絶対的能力の相互作用により、物理技専用の影をマエストロの姿に変え自動的に攻撃させたに過ぎません。一度暗闇で吸収した技やそれに伴う特殊能力までコピーして、一分間だけ戦わせるといった効果です。その効果が続いている間は一歩も動けないのが弱点ですが、これなら強敵に勝てそうですね」
「甘いな。そんなのすぐに隙だらけのお前を狙えば負けだろうが」
「その前に、影が急所を当てて行動不能にするから、関係ありません。それと地面上に幾つもの黒い円を配置したら、そこに影が瞬間移動します。即ち影からは逃げられません。発動中は能力も使えないから流れ弾が当たれば負け確実ですけどね」
説明を終わらせたラスは前を向き、自信をもって胸を張った。
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