ラブレターとご挨拶

南雲遊火

ラブレターとご挨拶

2017年6月2日 15時12分


 その日、私はご機嫌だった。

 数日前に友人が会社の上司からもらったという、プロ野球のチケット。しかもそれは、入手困難SS指定席。

 かなり強引に同僚に勤務シフトを交代してもらい、14時に退社して帰宅。急いで着替えて、再び家を出た。

 応援用カンフーバットに、贔屓の選手のユニホームが詰め込まれ、パンパンのカバン片手に、軽い足取りでバス停へ向かう。

 ちょうど、先ほど退社したばかりの仕事場の前を通りかかったその時、スマートホンのバイブレーションが、カバンの中で響いた。

 慌てて取り出すと、表示されていた名前は「部長」。

 ……コレ、電話に出ずに、そのまま会社に入って用件聞いたら面白いかしら? とは思ったものの、急な残業命令だと困るし、バスが来るまでそう時間があるわけでもなかったので、おとなしく電話に出た。

「はい。南雲です」

「今、大丈夫ですか?」

「えー……大丈夫といえば、大丈夫です」

 残業命令でないことを祈りつつ、部長の言葉を待つ。

 しかし、部長の言葉は、予想外のものであった。

「4月までウチにいた、Sさん。わかりますか?」

「あ、はい。もちろん」

 4月に転勤していった、外務所属のSさん。Sさんとは逆に、電話口の部長は4月に転入してきたので、面識はなかったはず……。

「亡くなりました」

「……は?」

「それで、通夜は……」

 突然の言葉に、思わずカバンをおとした。淡々と語る部長の言葉を遮り、私は疑問をぶつけた。

「ちょ……ま……待ってください、なんで?」

「わかりません。ともかく、通夜は明日の6時、葬儀は明後日の11時からなんで……」

 部長の言葉は続いたが、私の耳には入ってこなかった。


 Sさんと私は、会社の先輩後輩……といった、単純な関係ではなかった。

 Sさん本人とは少し歳が離れていたが、彼の家と私が昔住んでいた家は、直線距離50mも離れておらず、さらにSさんの下の弟が私と同級生だったこともあり、「幼なじみのお兄ちゃん」だった。

 私には1歳下に弟がおり、幼稚園に通う前から、まとめて遊んでもらっていた。

 とはいうものの、Sさんが小学校を卒業してからはほとんど面識が無かったし、一緒の職場に勤めはじめてからも、年単位でお互い、存在に気づいていなかったのだが。


 初恋に、近い感情もあった。

 笑顔の素敵な、みんなの、「憧れのお兄ちゃん」だった。

 職場で開かれた食事会でも、皆を和ませるムードメーカーだった。


 とりあえずフラフラとバスに乗り込み、野球観戦に向かったものの、心ここにあらず状態。

 試合も負け、ガックリと帰宅することになった。



2017年6月3日 16時45分頃


 部長から聞いた時間より早く、葬儀場に到着した。

 しかし、既に、人でいっぱいだった。

 葬儀が始まるまでに、解ったことがいくつかあった。

 亡くなったのは、6月1日。

 1週間前に、同僚数名が会っていたこと。

 そして、死因。


 よく、物語などで、「安らかな、眠っているような顔をしている」と表現される。

 棺に横たわるSさんの顔は、決して苦悶の表情を浮かべているわけではない。

 でも、決して「安らかな、眠りの顔」ではなかった。


 思い残すことが、あったのかなかったのか……彼の表情からはわからない。

 もちろん、悲しかった。けれど、泣き腫らした彼の母親の顔と、父の死を理解できていない無邪気な幼い娘さんを見ていると、だんだん腹が立ってきた。

 複雑な感情が混ざって、その日、私は泣いた。泣きながら、ラブレターのようなモノを書いた。


 翌日、彼の葬儀の時間はちょうどシフトが入り、沈んだ気持ちのまま仕事をした。

 しばらくは、ずっとへこんでいた。

 それでも、生きてる側の「毎日」は、容赦なく続いていくワケで。

 少しずつ、彼の事を考える時間は、少なくなっていった。



2017年7月20日???


 Sさんが笑っていた。

 ただ、あの純粋に人懐っこい笑顔と言うよりは、何故か苦笑いに近い。

 私の頭を軽くぽんぽんとたたき、何か言ってきたのだが、何故か聞き取れず、彼の姿は霧のように消えた。


 目が覚めた。

 低血圧で、スマートフォンのアラームを30分前から5分ごと、ラスト5分は1分ごとに鳴さないと起きることができないレベルのいぎたなさの自分の中では、近年5本の指に入るレベルの、爽快な目覚めだった。

 時計を見ると、午前5時40分。

 本日のシフトの始業時間、午前6時。

 なんでアラームが鳴らなかったのかとか考える暇も無く、無言で飛び起きると、必要最低限の身支度を整え、お茶をコップ一杯一気に飲んで、カバンを掴んで家を飛び出す。

 かくして、始業のベル3分前に会社に滑り込み、素知らぬ顔で上司に挨拶、仕事を開始した。


 7月20日が、Sさんの四十九日に当たることに私が気がついたのは、その日の夕方の事。


「遅刻するぞ」


 あの時、夢の中で、彼はそう言ったのかもしれない。

 わざわざ挨拶周りに来るなんて、生真面目な彼らしいとは思ったが……よりによって、起こしてもらうことになるとは……私が恥ずかしさでしばらく悶えたことは、言うまでもない。


「起こしてくれたことは、大変、ありがたいと、心からちゃんと思ってますけど……今度の初盆は、ちゃんと家族に詫びて、3日間土下座してなさい」

 そう内心思ったからか、お盆に彼が夢枕に立つことはなかった。


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