第188話ハーフタイム3

「で、留置されてるはずのあんたらが何でこんな所にいるワケ?」


 ひーとんたちが自警団によって拘束された場面までは捕捉していたマチコは、自警団本部で彼らが何をしてきたかまでは把握できていなかった。監視の目は、屋内までは行き届いていない。それに、マチコに内通している自警団は本部には一人もいなかった。

 脱獄困難だと思われていた自警団の留置所から、いとも簡単に抜け出てきたひーとんたちの行動は、情報屋のマチコの想像を平気で超えてくる。何をしでかすか分かったヤツらでないからこそ、マチコは彼らに苦手意識を覚えてしまったのだ。


「元々おとなしく捕まってるつもりかなかったからな、本部にいる自警団を全員ぶっ壊して、留置されてたミコトも全員解放してきた。もうじき都のそこらで火事が起こる。火には用心しろよ、マチコ」


 ざっくりしたひーとんの説明の中で、彼は自警団を『壊した』と言った。マチコはそれが引っかかった。彼らなら、不死の二一組である自警団だとしても絶命させられるはずだ。緑はイナリを連れていたし、マチコはまだ知らないが、リュウジというアヤカシのパートナーがひーとんにもできた。

 自警団を『殺した』と言わなかった事から、マチコは『殺せなかった』のだと判断した。それを裏付けていたのは、今ここにいるメンツだ。


「ちょっと緑、イナリくんはどーしたの??」


「問題は『ソレ』なんだよ。こっからはビジネスの範疇だ。

 マチコ…、都に入って捕えられたアヤカシはどこにいんだ??」


 自警団本部でアヤカシたちと合流できていれば、わざわざマチコの店を訪ねなくても良かった。彼女を頼らざるを得なかったのは、自力で解決できる問題ではなかったからだ。やはり、アヤカシを入れてはいけないという都最大の御法度は、伊達ではない。それを犯せば訪れるビッグトラブルを、ひーとんたちは身を持って体験した。

 しかし、分からない事は知っているヤツに聞けばいい。ここには、貝さえ払えばジャックポットが揃ったスロットマシンの様に知りたい事をドバドバ吐き出す情報屋がいる。利用できる物は全て利用するのが、都での正しい立ち振る舞いなのだ。


「あんたら、本部からここまで来れたんなら分かってんじゃない??入った場所と出た場所が違うって事。それが『ミカド』の仕業だって事…。

 同じ入り口でも、入った者がミコトかアヤカシかで、空間が分けられるの。あんたらがいた建物をいくら探してもアヤカシは見つからないよ。

 で、そのアヤカシなんだけど…、私が知っているのは、『きび団子の行方』っていう言葉だけ…。詳しい場所までは分からないの…。ごめんなさい……」


 マチコが把握しているのは、あくまで都の内部の事だけ。アヤカシの処遇までは彼女の守備範囲ではない。自警団の中でも、アヤカシに携わる連中は全くの別物だと捉えた方が良さそうだ。

 客の知りたかった事を満足に伝えられなかったマチコは、自分自身を責めていたが、彼女の情報からでも充分正解に辿り着けた者がいた。都やその周辺を庭だと豪語する、お香屋の塩見だ。京都人である塩見は、陰陽師や風水にも精通していて、彼女からすれば簡単な問題だった様だ。


「あっ、そーゆー事かぁッ!分かったよ!『鬼門』って言いたいんだねッ!」


 『きび団子の行方』というだけあって、桃太郎が題材にされている事は容易に想像できる。そして、塩見たちが本部を出た時、都のおおよそ北西に位置する場所にいた。その方角は、干支に置き換えると、申・酉・戌を指す。これを『裏鬼門』と言い、それがミコトに当て嵌まるなら、アヤカシはその逆。丑・寅の方角、つまり北東(鬼門)に位置する場所にいるのだ。

 本来の裏鬼門は南西の方角を指すが、桃太郎を印象付ける為に『戌』の方角に寄せたんだろう。一番最初に仲間になったのが犬だからな。

 少ないヒントで最適解を導き出した塩見に賞賛を送った面々だったが、『桃太郎』の話題が出た事で、思い出したかの様にひーとんがシャウトした。


「そいやー、ももたんってどこ行った!?治療班と一緒にいるんじゃないのッ!?ヨッシー、どーなってんのッ!?」


「ももこちゃんなら、今は『羽根田和政』って薬屋の子の所にいるはずだよ」


 ヨシヒロは、桃子が和政を引き込んだ所から、自警団の登場で散り散りになるまでを掻い摘んで説明した。和政は信用できる人物だ、とも説明したが、ひーとんと緑は良い顔をしなかった。彼らが掴んだ情報にも、『羽根田』と名の付く人物がいたからだ。ヨシヒロは漸くここで、和政がスパイスの開発者である羽根田浩の弟だという事を知った。

 桃子の安否が心配で居ても立ってもいられなくなったひーとんは、後先考えずに桃子へのコールを発した。


「ももたんッ!ももたんッ!!無事なら返事してくれぇッ!!ももたんッ!!」


《あっ!ひとしくんッッ!!私なら無事だよっ!!かずまさくんってゆー男の子と一緒にいるのっ!だから安心してっ!》


 桃子に危害が及んでいないなら御の字だが、桃子が知らない男と一緒にいる事の方が、ひーとんにとって何より許せなかった。今すぐ桃子の元へと駆け出したかったひーとんだったが、それよりもアヤカシとの合流が優先的だった。

 ひーとんは桃子を通じて、言葉で和政に釘を差しておく事にした。彼にできるのは、現状これが精一杯なのだ。


「ももたん…、その『かずまさ』ってヤツに言っといて。『ももたんに手ェ出したら、粉微塵にしてやる…』って……ッ」


《う…、うん、わかった。伝えておくね……》


 それが和政に対する自分へのジェラシーだという事は、流石にバカの桃子でも分かった。そうやって真っ直ぐに向けてくれるひーとんの好意が、桃子に小さな変化を与えた。その時桃子は、ひーとんの言葉を嬉しく感じていたのだ。

 桃子の無事を確認できたひーとんは、彼女との通話を終了させると同時に、頭を切り替えた。取り急ぎ自分がやるべき事は、イナリとリュウジの回収だ。それさえ済めば、事態がどう転ぼうが自分たちの優位は揺るがない。

 情報料の清算をして、そそくさと出て行こうとするひーとんを、この店の店主が引きとめた。


「今回はお望みの情報を提供できなかったから、お代はいらないよ。それより、ひとしもみどりも少し休んでいきなよ…。二人とも酷い顔だよ。ついでに国枝くんもッ!」


「あッ!それなら、疲労感を和らげるのに良いお香がありますよッ!お一ついかがですか??」


 治療に専念していたヨシヒロも、工場や自警団本部で大立ち回りしてきたひーとんと緑も、疲労困憊が如実に表情に出ていた。マチコに指摘された事で疲労を実感してしまった彼らは、塩見にお香を焚いてもらいながら、束の間の休息を取る事にした。

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