第181話ボーダー2

「なんか飽きてきたなぁ…。直人が死ぬとこ見れたし、俺帰るわ―」


「おう、お疲れー。俺はスパイス代稼いでから行くわー」


 俺たちの勝負に、これ以上の撮れ高を見込めないと思うギャラリーたちは、一人また一人と雀荘から姿を消した。気付けば他の卓で勝負が始まっていたり、あんずに声をかけるバカがいたりと、雀荘内の雰囲気は通常の様相を呈していた。

 店員と囲んでいた俺たちの卓では、互いの全財産を賭けた半荘が幕を下ろし、清算が行われようとしていた。名目上はサシウマでの一騎打ちである為、勝負の報酬は俺が受け取る事になる。だがこの貝は、元々高桑にくれてやる予定の物だった。次の勝負で勝ち取れるこの店の免状もそうだ。

 俺は長く都にいるつもりはない。しかし、高桑は賭場の経営に興味があるらしく、この先も都での生活を続けていく所存なのだ。


「貝は全部コイツに入金したって」


「おい、拓也。おめぇも少し貰ってけよ。500万くれぇよ」


 そんなに貝があっても仕方ないのだが、これは高桑の好意だ。受け取らないと彼の顔を潰す事になる。ありがたく彼の言葉に甘え、俺のチップには500万の貝が入金された。総額で言うと、760万だ。多々良場にはまだ氏家から貰った分の貝があるし、一生貝には困らないんじゃ…?そんな思考が一瞬脳裏を過ったが、すぐに考えを改めた。

 アヤカシ連れで不死の俺は、死ぬ事がない。俺はミコトとして永遠にこの世界にあり続けるのだ。何かちょっと気が遠くなってきたな。まぁ、それだけあんずと一緒にいられるんだ、とポジティブに方向に切り替えていけ。じゃねーとこの先やってけねーぞ。


「では、『免状』を賭けた二回目の半荘を始めたいと思います…」


 形式だけの勝負をダラダラと打ちたくなかった俺と高桑は、新たに始まった半荘を東一局で終わらせる事にした。途中で向こうの気が変わられても困るしね。それにコレは、この店員たちの忠誠を試すリトマス紙でもある。

 運良く起家に決まった俺は、壁牌に仕掛けをして配牌をツモった。手牌は既にテンパイの形を成している。初手で不要牌を切る前に、俺は卓上に1000点棒を放り投げた。


「リーチ。オープンッ」


 この雀荘では、オープンリーチへの放銃は役満扱いになる。東一局で親の役満に振り込むとなれば、その時点でこの勝負は終了だ。俺が手牌を曝け出した時点で、その意図は向こうに届いているはず。ちゃんと当り牌も仕込んであるし。


「本当にあなたたちには感服します。どんな人生を歩んで来たら、その齢でこれほどの技術を習得できるのか…。尊敬を通り越して、『信仰』したいくらいですよ」


 綺麗な言葉で御託を並べながら、店員は当り牌を切った。これでこの下らない茶番も終わりだ。後は免状を高桑に譲って、雀荘での俺の仕事も終わる。過ぎてみればあっと言う間だったなぁ。

 免状の譲渡しは、卓に座ったままで行われた。物としてはただの紙切れだが、負債証明と同じく、これに記載された情報は揺るぎない事実として、都のシステムに取り込まれる。

 店員は、免状に記された『所有者』の名前を二重線で消し、自らのサインでそれを証明した。その場面をチラッと覗くと、元々の所有者は『羽根田和政』という人物だった。ん??はねだ…?さっきヨシヒロが教えてくれたスパイスの開発者も羽根田じゃなかった?あれ?俺の気のせい??

 自分の記憶の曖昧さに業を煮やしていると、高桑の直筆で所有者の名前が書き直され、正式にこの店の全権は彼の物になった。それは、スパイスの供給源を一つ潰せた事と同意だ。


「あぁ~ぁ…。なんかくたびれたわぁ…。いっぺんマチコの店に戻ろっかなー」


 大団円で終えられた雀荘での働きに、心地の良い疲労感を味わっていると、急速に俺の方へと近づいてくる一つの影があった。蚊帳の外っていうか、もういないもんだと思っていた澄人が、一本の匕首を手に突進してきたのだ。これが世に言う『ヒットマンスタイル』かッッ!!(違います)


 ………ッッ……!!!


「テメェッッ…!!たくちゃんに向かって何しとんだてぇ…ッッ!!」


 俺が隙だらけだった事は否めないが、それでも澄人の刃は俺に届く事はなかった。ここには俺の守護神であるあんずが同席していたからだ。澄人の匕首は、あんずの手にガッツリ握られていた。しかも素手で。

 ちょっと大丈夫あんず?手ぇ切れてない?そんな俺の心配を他所に、あんずは匕首を握る手に力を加え続けていた。っていうか、刃が上向きなんですけど。このヤロー、殺す気満々じゃねーか。どの道死なねーけどさ。


「どーした、澄人??何か言いたい事でもあるんか??」


「てめぇら…ッ、ぜってぇブッ殺してやる…ッッ!!俺と……ッ、俺と同じ痛みを味あわせてやる…ッ!

 肉親を殺された痛みをなァァァッッッ!!!!」


 それを聞いた瞬間、俺と高桑は大爆笑した。ケツから屁が出るほど笑った。腹筋がシックスパックになった。やっぱり笑うっていうのは、身体にいいんだな。


「あーーっはっはっはぁッ!!あーおっかし!お前、それを俺らの前で言っちゃう??ソレ卑怯だってッ!」


 俺たちが澄人の言葉を笑ったのには、歴とした理由がある。『そんな痛み』など、毛が生え揃う前にイヤというほど味わってるっつーの。まぁ、それを知らないのは当たり前だ。二一組でもない限り、他人の過去を覗くなんてできねーからな。


「家族の死なんか、俺ぁ三杯もおかわりしとるもんでよぉッ!まぁ腹一杯なんだわッ!でも俺なんかまだ序の口やぞ?四人前をいっぺんに平らげたヤツがここにおるでなッ!高桑、教えたりゃーッ」


「澄人…、俺はお前の気持ち、よぉく分かるぞ。俺も目の前で両親兄弟皆殺しにされたんだわッ!ありゃーキツかったなぁッ!!」


 高桑ん家は五人家族で、ヤツは末っ子だった。裕福ではなかったが、それなりの幸せを育んでいた。だが、それはある日一変した。高桑の父親は、事業を始めたいという友人に、ある程度の額を貸し付けていた。それが返済不可能になった友人は、高桑一家を殺しに来たのだ。

 何故そこまで思考がブッ飛んでしまったかは謎だが、危機的状況の中で、まだ幼かった高桑は押入れに隠された。殺人鬼は高桑を見つけ出す事はなかったが、彼の両親と兄弟を殺害した後、自害した。その一部始終を目の当たりにしてしまった高桑は、一瞬の内に四つの十字架を背負う羽目になった。

 そんでなんやかんやあって職校にに通う事になった時、似た様な境遇の俺と出会ったのだ。


「なんで……ッ…?なんでッ……ッッ…?」


 俺らの不幸話を聞いた澄人は、頭上に疑問符を乱立させていた。言いたい事は分かるぞ。家族を失う絶望を経験しながら、何故他人に同じ痛みを強いる事ができるのかって話だろ。そこが凡夫と秀才の違いなんだって。

 俺も高桑も、自分の境遇を恨みに恨んだし、家族がいる他人を妬みに妬んだ。毎夜悪夢にうなされ、自己嫌悪と後悔の念は常に付き纏った。それでも前を向く事ができた俺たちは、乗り越えた絶望を甘美なものへと昇格させていったのだ。喉元過ぎればってヤツ?

 とうの昔にタガが外れていた俺たちは、今度はその甘美な絶望を他人に与える事に、楽しみを見出してしまった。


「つっても?みゆきが死んだ時は流石にトラウマが蘇ったわ。でもそん時思ったね。『あ、コレコレ』って。

 拓也も教えたりゃー、『ソレ』の事…」


 既にみゆきちゃんの死を咀嚼して飲み込んでいた高桑は、俺とあんずがお揃いで首に巻いているバンダナを指差した。これを口に出して言うのはちょっと恥ずかしいんだけど、ここまで楽しませてくれた澄人には教えてやってもいいかな。


「澄人…、俺はな、常に何かしら『ボーダー柄』を身に着けとるんだわ…。お前さっき聞いとったな。『なんで?なんで?』って……。それぁな………、


 俺が『ヨコシマ』な人間だから、なんだわ♡」

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