第161話バクチ稼業8
オーラス直前の点棒状況は、高桑:94,100、直人:100、澄人:2,900、俺:2,900。何だか俺はずっと澄人と同じ点数な気がする。仲良しみたいでイヤだなぁ。
とにかくこのオーラスでは、今までで一番イカサマらしい事をする。洗牌をしている段階で、取り込まなきゃいけない牌を手元に集め、壁牌を作る。ここで高桑がヘマしやがったらエラい事だが、それは俺も同じだ。
高桑とアイコンタクトを交わしながら、慎重に山を積んでいく手には、結構な汗が滲み出していた。こういう局面は、高桑と二人で幾度か乗り越えた過去はあるが、いくら経験してもこればっかりは拭い去れない緊張が纏わり付く。一つでもミスれば、これまで築き上げてきた布石が、泡となって消えてしまう。
「高桑、ええか…?」
「バッチシだ。拓也、サイコロしくじんなよ…ッ」
そう言われると余計緊張するからヤメろや。
俺は手の中で、二つのサイコロの六の目を上面にし、丁度一回転半回る力加減で投げた。放たれたサイコロは、卓の上で二回バウンドして、対面の直人の山にぶつかって止まった。何回も何回も何回も、繰り返し練習してきた技術は、1/36の確率を超越してピンゾロの『二』を出した。
その瞬間、直人と澄人の表情が固まった。『二』の目を出すという事は、積み込みをした裏付けになる。東二局でヤツらも同じ事をした。それは俺たちの誘導に従ったた積み込みなので、何をどう積んだかを暴く事ができた。だが、ヤツらは俺たちが何をどう積んだか把握していない。白日の下で行われた積み込みを前に、ヤツらはそれを立証する事ができないのだ。
怒りと恐怖に歪められた表情を見せるコイツらは、これから何が起こるかをある程度予想しているみたいだ。でもね、お前らが予想できる範疇の打ち方なんぞするワケないじゃん。何の為に高桑に点棒を集中させたか、何の為に高額レートを設けたのか、全ては『コレ』に収束していくのだ。
俺たちの敵意と、自分たちの状況を踏まえて良ぉく考えていれば、この悲劇は回避できたかも知れない。だけど、コイツらはそこまでの器を持っていなかった。端的に言えば、ノータリンなんだよ。お前らは。
全員に手牌が行き渡り、親である俺が一枚捨ててスタートするはずのオーラスが中々始まらない事に痺れを切らしたのか、少しイラついた感じで澄人が捲し立てた。
「おい…、いつまでボサッとしてんだ。さっさと切れよ…ッ」
「ん?あぁ、すまんすまんッ。いやぁー…、それがよぉ、アガッとるんだわ……♡」
俺はこの日、初めての理牌をして、手牌を開けた。
『東東東 南南南 西西西 北北北 中中』
「えぇーっと、天和・字一色・大四喜・四暗刻…。四倍役満で64000オールだなぁッ」
「「「…ぅぉ……ッッ、うおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおッッッッ!!!!」」」
192,000点というワケの分からないアガりに、雀荘内にいたギャラリーは大いに沸いた。大歓声を上げる野次馬の熱気に気圧されながらも、納得のいかないクソ兄弟は悲鳴にも似た意義を唱えた。
「バッ…!バカヤロウッッ!こんなん認められっかぁぁッッ!!!」
「イカサマだッ!!イカサマに決まってるッ!!不正じゃねぇのかッッ!!!」
まぁ、ヤツらの言い分は分からなくもない。ただイカサマってのは、成立する前に立証できなければ、事が済んだ後に何を言おうが、もう手遅れだ。文句言いたいなら、配牌が始まる前に言わなきゃ。俺たちがそうした様に。
決して穏やかではないゲームの結果に、場を整理してくれたのは、見張りの自警団と雀荘の店員だった。
「成瀬澄人さん、直人さん。あなたたちは彼らの不正を見抜く事ができませんでした。今泉さんが牌を開けた瞬間、あなたたちの負けは確定したのです」
「い、今泉さんのアガりは192,000点、他家の皆さまから64,000点を差し引き、ウマを乗せまして最終結果は…
一位:今泉さま +194,900(+195pt)
二位:高桑さま +5,100(+5pt)
三位:澄人さま -96,100(-96pt)
四位:直人さま -103,900(-104pt) になります。
お支払は、澄人さんが貝768,000、直人さんが貝832,000となりますが、お二人の資産では貝120,000ほど足りませんので、負債が課せられます…。返済の目途や手段はお持ちですか…?」
自警団はともかくとして、本来なら仲間内であるはずの店員が取った事務的な態度に憤慨したのか、アホどもは彼に向かって八つ当たりを始めた。そこで取り乱す様なら、勝負師としての底が知れるな。俺はこんなヤツらに負けたのか。やだもー。
「テメェ…ッ!!俺らにそんな口利けると思ってんのか…ッッ!!」
「今までの恩を忘れたのか…ッ!こんの薄情モンがあぁぁッッ!!」
あ~ぁ、みっともねぇ…。この期に及んでまだ敗者の実感がない様だな。いいから質問に答えてやれよ。店員さん困ってんじゃん。
コイツらの合わせ打ちなら、12万ぽっちの貝などすぐ稼ぐだろう。だからヤツらはまだケツに火が着いてないと思ってる。だが、俺の目的はヤツらの資産を奪う事ではない。この半荘は、次の半荘へと導く為の仕掛けにしかすぎないのだ。
「なぁなぁ、澄人と直人。お前らこのままじゃ引き下がれんだろ?ほんならもっかい半荘やるか?もっかいと言わず、気が済むまで何回でもええぞ??次はもうちょい手加減したるでよッ」
それまで店員さんに向けていた鋭い眼光を、ヤツらは同時に俺に向けた。動きがリンクしてんのはやっぱり双子だからかな。
可哀想だなぁ。生まれてからずっと一緒にいた兄弟が、次の半荘の終了と共にお別れする事になるんだから。今の内にいっぱい接しておけよ。特に澄人、お前は明日から一人ぼっちになっちゃうんだぞ。
声にこそ出さないが、ヤツらを憐れむ俺の眼差しが気に入らなかったのか、こんなにもデカい釣り針に迷う事なく食い付いてきた。冷静さがソウルドアウトしてやがる。
「上等だ……ッ!相手になってやるよ…ッ。俺らを舐めた事…、後悔させてやる…ッッ!!」
一応はまだヤツらの方が格上だから、俺たちは相手して『もらう』側なんだけど、お前ら勝算あんの?何かしらの秘策を打ち立てないとまた負けるぞ?ハナからこっちは勝つ気しかないけどさぁ。
ヒートアップしたおツムをクールダウンさせてやろうと、俺はヤツらの興味を惹く提案を出した。っていうか、この提案自体が俺の目的と直結している。
「俺らは引き続き貝を賭ける。レートもそのままでええ。だけど、文無しのお前らは貝を賭けなくていい。その代わり、お前らが賭けるのは……、『コレ』だ……ッ」
俺はツナギのポケットから無造作に取り出した何発かのカートリッジを、卓の上にばら撒いた。
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