第136話それぞれの仕事1
ヨシヒロと桃子の交渉の甲斐もあって、マチコはこの隠し部屋を貸してくれる事になった。しかし、そこはやはり商人というか、法外な値段を提示してきた。その額、三日で貝5万。都の平均的な貸宿が一晩3000と考えると、4倍以上の額だ。まぁ、そのくらいなら痛くも痒くもない。俺、金持ちだし。
後になってからウダウダ言われるのも癪なので、会計は前払いで済ませた。部屋を貸すのはマチコの商売の範疇外なので、支払いはチップからではなく、カードを使った。番屋である程度カード化しておいて正解だったな。
「ほらよ、マチコ。5万分のカードだ。コレって『口止め料』も込みだよなぁ?ここでスパイス中毒の治療しとる事は他言すんなよ」
「口止め料??そんなの知らないね。あんたたちの事について知りたいヤツがいれば、問答無用で情報売り飛ばすから」
「ほーん…。ならそーすりゃええわ。その代り、ここに自警団が駆け込みでもしたら、テメェの『初めての相手』は酒瓶になるで、良く考えてから売れよ」
緑から盗んだ脅し文句を早速駆使し、マチコに釘を刺しておいた。俺たちはガキの使いで都に来たワケじゃない。彼女が個人的な感情で俺たちの足を引っ張るなら、それ相応の報いは受けてもらう。その時になって泣いて詫びても、許してくれる相手じゃねー事を、そろそろ理解して欲しい。
しかし、マチコに箝口令を敷くのは、あくまで『ここで』治療を行っている事だ。スパイス中毒に対する治療自体は、噂レベルでいいから広まってくれないと困る。でないとカナビスがイニシアチブを奪えないからだ。
全員が無事に都入りできた事に一安心していたが、俺たちはまだ何も行動を起こしていない。やらなきゃいけない事は山の様にある。あまり油を売ってもいられないので、今日の所はこれでお開きにした。治療班であるヨシヒロ、ハクト、桃子の三人は、引き続きこの隠し部屋に留まってもらい、他のメンバーはマチコの店をあとにした。
襲撃班のひーとんたちは、まだ飲み足りないらしく、二件目を探しに夜の都へと消えていった。三谷はやなぎ家の寮へ戻らないといけないと言うので、そこまで見送ろうと思ったのだが、表で特定の男と一緒にいる所を見られるワケにはいかないそうで、明日の昼間にでも中毒者の友達を連れてきてもらう約束をして別れた。
「さーて、俺らはどうすっかな。腹減っとるならメシでも食いに行くか?あんず」
既に遊女の格好をしなくても良くなったあんずは、レインコートに着替えていた。ちょっと怪しい装いだが、額の角を隠さなきゃいけないので、フードを被るこのコスチュームの方が都合がいいのだ。桃子が気を遣って用意してくれたボーダーのバンダナで、お揃いのシマシマもあるというのに、彼女は何故か不機嫌さを漂わせていた。
しまった。あんずはミコト同士の会話には入ってこれないので、ずっとフラストレーションを溜め込んでいたのだ。それに気づかず、マチコを馬鹿にしたりヨシヒロと相談したり、あんずには寂しい思いをさせてしまった。こりゃおっきめのカミナリが落ちそうだな。
「たくちゃん…。あの、『しおり』っていうミコトの方とは、どうゆーカンケイなんですか…?」
うん。やっぱりそこをツッコむよね。どう説明したもんか…。幼馴染って言っても意味が分からないだろうし、三谷はマチコに対する俺へのジェラシーを露呈していた。あんずには誤魔化しが通用しないので、嘘偽りない言葉で説明しなければならない。俺は腹を決めて三谷との関係を、あんずに伝えた。
「アイツはなぁ、俺がこの世界に来る前の『トモダチ』なんだわ。何かと俺の事を気にかけてくれてな。もう会う事もないと思っとったのに、こんな所で再会してまった…。義理も貸しもあるで、俺にとっちゃ少し特別な存在なんだわ…。
でも勘違いすんなよ。俺の一番大事な存在は、あんず…、お前だ。それは何があっても変わらん。絶対にだ」
あんずはちょっと困った顔をしていた。本当ならもっと憤りを爆発させて、俺を責め立てたかったんだろうが、先回りして彼女へのフォローを入れた事で、怒りのやり場がなくなってしまったのだ。
それでもさっきまで寂しい思いをさせてしまった事には変わりない。そのお詫びとして、都でしか味わえない美味しいものを食べさせてやろうと思い立った。丁度俺も、この前食べた『マルヂ』のラーメンが食べたかったし、肉好きのあんずなら絶対アレを気に入るだろう。彼女を連れて、マルヂに向かう事にした。
ラーメン屋に向けて進路を変えようとした時、あんずが焦り気味で俺にこう言ってきた。
「た、たくちゃんッ!あの…、アタシと手、つないでくれますか…ッ」
あああああああああああああッッッッ!!もオオォォォかわいすぎるううぅぅぅッッ!!あんずがバイカル湖だとしたら、他の女連中なんかビニールプールやぞッ!ちょっと何とかしろよ、お前たち。
――――――――――………
「どーだ、あんず?美味かったか??」
「たくちゃんッ!何ですかアレッ!?あんなにおいしーもの初めて食べました!なんであんなにお肉がやわらかいんですかッ!?」
案の定、あんずはマルヂのラーメンに衝撃を受けていた。豚骨スープや甘辛い醤油ダレ、ほろほろに煮込まれたブタ、どれを取っても彼女の経験にないものばかりで、食べ終わってからも暫くは恍惚の表情が治まらない様子だった。もし、あんずがまたこのラーメンを食べたいと言い出したら、イチイチ都まで足を運ばなければならないが、その度に遊女コスで三谷にお迎え頼まなきゃいけないのか?
取りあえずは、彼女の機嫌が直った事に安堵し、この後どうしようかと悩んでいると、背後から聞き覚えのある声で、ねっとりとした台詞が飛んできた。
こっちも案の定というか、まんまと標的がエサに喰い付きやがった様だ。
「たーくーやくんッ!おっひさ~ッ。俺らの事覚えてる??」
「おぅ、澄人に直人じゃん。そこまで久しぶりでもねーがや」
この状況を予想していた、っていうか期待していた俺は、嬉々とした面でヤツらの方へと振り返った。すると、ヤツらの方も以前に増して胡散臭い笑顔を振りまいていた。向こうからすりゃ、カモがネギ背負ってきた所の騒ぎじゃないんだろう。また上手く俺を陥れりゃ、大金が舞い込んでくるんだからな。
しかし、以前と違うのは、澄人と直人が取り巻きの様な輩を連れていた事だ。コイツらは一体…??
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