第135話再びの都4

 セックスのプロに生娘である事を見抜かれたマチコは、その瞬間、俺たちの恰好のおもちゃになった。この性悪女、今までどの面下げて男を誘惑してたんだろう。難癖付けて貝を巻き上げるのはいいとしても、そもそも股開く度胸がなかっただけじゃねーか。


「なァ、マチコォ。みんなにヴァージンなのバレちゃって、今どんな気持ち??ねぇ、どんな気持ち??」


「貝払うなら、そのヴァージン俺がもらってあげてもいいよ?マチコちゃ~んッ」


 緑とひーとんに至っては、鬼の首でも取ったかの様に、ここぞとばかりにマチコを馬鹿にしていた。そういう事するから嫌われるんじゃ…、と思ったが、一度騙されかけている事を思い出し、良い薬になるだろうと俺も彼らに同調した。安全圏から存分に人をコケ下ろせるなんて、こんな優越感なかなか味わえないからな。

 もう何も言い返せなくなったマチコは、顔を真っ赤にしながら、甘んじて俺たちの罵詈雑言を聞き流していた。精一杯平然を装ってるけど、処女膜はみ出てますよ、マチコさんッ。


「スッテンテレツケテレツケテンッ!マチコはヴァ~ジンッ!」


「ヴァ~ジンのマッチッコッ!」


「マッチッコはき~むすめッ!スッテンテレツケテレツケテンッ!」


 トチキチヤンキーと腐れジャンキーと童貞ちんぽこによるマチコへの精神攻撃には、いつの間にか踊りと歌が加えられ、祭りの様な盛り上がりを見せていた。不本意な神輿に担ぎ上げられたマチコの目には、パッと見でも分かる程の大粒の涙が滲んでいた。もうちょっとでガチ泣きさせれんな。

 そう悟った俺たちは、囃子のビートをもう一段階熱くした。


「マッチッコはヴァ~ジンッ!エビバディ、ワンモアセイッッ!」


「「マッチッコはヴァ~ジンッッ!」」


「うぅ…っ、う…、うわあああぁぁぁぁぁああんッッ!!」


 よっしゃあぁッッ!!泣かせたったわッ!ざまぁみやがれッ!これに懲りたら、二度と俺らを敵に回さねーこったな!ハッハァーッ!!こんな揚げ足の取り方をできる俺たちの性分も、マチコに負けず劣らず大概だった。

 バカ三人のドンチャン騒ぎを間近で見ていた桃子、三谷、塩見ら女性陣からは、ハイライトを失った瞳で憐みにも似た視線が送られていた。『ここまでやる…?』『何がそんなに面白いの?』そんな心の声が聞こえてきそうな程だ。


「ごめんね…、マチコちゃん。アイツらバカだから、気にしたら負けだよ…」


 本気で泣き始めたマチコを、すかさず桃子がフォローした。やっぱ桃子は優しいな。改めて痛感した彼女の優しさを前に、自分たちの愚かさを恥じる事もなく、俺はマチコを馬鹿にするのを止めなかった。


「いいか、マチコ…。『セックス』というのは、『奉って納める』と書いて、『奉納』の精神なんだよ…。だから―――…」


「うっさいッ!童貞ッ!死ねッッ!!」


 ――――――――――………


 この場のオーガナイザーであるマチコはなかなか泣き止まず、桃子と塩見が付きっきりで宥め込んでいた。そうやって優しくすると余計付け上がるのが性悪女だ。飽きるまで泣かせときゃいいんだよ。

 既にマチコへの興味を失っていた俺は、遥々都まで来た理由の一つを、三谷とヨシヒロを交え、相談を始めた。スパイスの中毒者への治療についてだ。

 一体どれだけの中毒者が都にいるかは、今の所知り様がないが、全員を助けようとも、全員が助かるとも思ってはいない。自分たちの手が届く範囲で、救える者だけ救えばいい。その足掛かりとして、先ずは三谷の友達への治療から始める。

 しかし、三谷の友達が、みんな『やなぎ家』に囲われているワケではない。そもそも三谷が遊郭に身を落としたのは、友達がスパイス中毒になってからの事だ。一貫性のない彼女の友人たちは、借りている宿屋もバラバラなのだ。効率的に治療を行うには、その子たちを一カ所に集める必要がある。


「でっけぇ座敷とか借りれたら話が早ぇんだけどなぁ…。そうゆー所知らん??」


「あるにはあるけど、借りるのは難しいかも…」


 彼女が危惧している事柄が、金銭的なものなら解決したのだろうが、現実はそうではなかった。スパイスと自警団にはかなりの癒着があるらしく、『スパイス中毒の治療』をしている事が明るみになれば、その行動は阻止される可能性もある。最悪、都を追放されるかも知れない。治療班はあまり派手に動かない方がいい。

 俺が賭場で大暴れすれば、いくらかの陽動にはなるだろうが、ヨシヒロたちとグルなのがバレたら、彼らの安全が保障できなくなる。治療班には武力が皆無なのだ。


「ぶっちゃけ、お前の友達は何人くらい中毒になっとるの??」


「え~と…、六人かなぁ。その中に酷い症状の子が二人いるの」


 高桑のカノジョも入れて七人か…。確かこの建物の二階も宿になってんだよなぁ。マチコが開けてくれたこの隠し部屋と合わせれば、その人数くらいは収まる。本当なら、都に溢れる末期の中毒者を率先して治してやりたいが、カナビスによる治療がどれほど有効なのかも未知の段階だ。

 スパイスの供給を断ち切るまでは、その七人の治療だけに集中するべきか。


「ヨシヒロはどう思う?」


「実際にこの目で症状を見るまで何とも言えないけど、僕が対応しきれるのはせいぜい十人がいいトコだよ。だから、いずみくんの意見には賛成。問題は、マチコちゃんがここを貸してくれるかだけど…」


 しまった。こんな事になるなら、あんなに馬鹿にするんじゃなかった。俺の頼みなんか到底聞き入れてくれる精神状態じゃねーぞ、アイツ。っつーか、まだ泣いてんじゃん。気の強ぇ女は一度崩れると厄介だからなぁ。童貞の俺が言うのも何だけど。


「ヨシヒロ、すまんッ!お前からマチコに聞いてみてくれんッ!?」


「えぇ…、僕が?…それじゃあ、一応聞いてみるよ。けど期待はしないでね」


 そう言いながら、ヨシヒロはマチコに近づいた。未だに体育座りでうずくまっている彼女に対して、ヨシヒロは桃子を中継する手段を取った。確かに直接言葉を交わすより、女子の桃子を間に挟んだ方が話し易いかもな。だってマチコ処女だし。

 ヨシヒロがマチコにお願い事をしているのを視界で捉えたのか、酔っ払った緑は彼の力になろうとその現場に近づき、いきなり大声を捲し立て始めた。


「マ~チコォッ!ヨシヒロくんの頼みなんだからさぁ~ッ!聞いてやってくれよォ~ッ!断わりやがったら、酒瓶でテメェの処女膜ブチ破んぞォ~ッ!!」


 おいッ!コラァッ、緑ぃッ!こんのダボハゼェッッ!!話が拗れるから、テメェはヘロでも食って大人しくしとけよォッッ!!

 でも、その脅し文句は使えそうだからメモっとこ。

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