第109話作戦会議5

「あ、そうだ拓也。テストっつーか実験っつーか、とりあえずコレ食っといて」


 神社へ向けて出発しようとした直前、緑はこんな事を言いながら、ブロッター(LSD)を一つ渡してきた。彼女お手製のアシッドなら、以前に試したのだが、『実験』という言葉から察するに、何かしらの改良、もしくは全く別の物になっているのかも知れない。特に断る理由もないので、緑から貰ったブロッターを口へ運んだ。舌の上でアシッドと唾液を混ぜ合わせ、単車のエンジンに火を入れると、緑とイナリも原チャリに乗り込んだ。

 今日だけで何回ものタンデムを経験したあんずは、エンジンの始動と共にバックシートに軽々と跨った。彼女の体幹というか身体能力なら、容易にバランスを取れそうなもんだが、相変わらずあんずは俺の背中に身体を密着させ、両腕で腹を抱えている。この態勢は俺にとって嬉しいものではあるが、友達の前だと少し恥ずかしい。緑たちにどんな目で見られているのか、怖いもの見たさで気になった俺は、無意識に彼女らの方を向いた。すると緑は、何かを含んだ様な笑い顔で、俺たちに視線を送っていた。コレ、絶対に後々冷やかされるパターンやん。別にいいけど。


 未舗装でガタガタの道とは言え、ナナハンで本気を出したら、原チャリなんてあっと言う間に引き離してしまうので、かなり抑制した走りをしていた。それでも時速は60km近いスピードが、メーターに表示されていた。このスピードで付いてくるって事は、緑のヤツ、フルスロットルかましてきてんな。アクセルは全開を維持したまま、ブレーキで速度を調節するタイプのバカだ。スッ転んでも知らねーぞ。

 緑のドライビングテクに少しの不安を孕ませていた俺だったが、この辺りで刺青ジャンキーに渡されたアシッドが、効能を発揮し出していた。身体で切る風の音は、五線譜に刻まれたメロディと化し、直管のマフラーから放たれるエキゾーストは、砂糖菓子の様に甘かった。ヤベェな…、無事に神社まで辿り着けるか分からねーぞ、コレ。

 バイクで走りながら体験するアシッドのトリップにビビっていると、耳からではなく、直接脳に届く声が聞こえた様な気がした。


 "タクヤ…、タクヤ…"


 その声は、緑のものに酷似していた。っていうか、緑の声そのものだった。後ろから彼女に呼ばれたと勘違いした俺は、咄嗟に背後へと視線を向けた。だが、緑は俺の方など見ていなかったのだ。そもそもバイクで走りながら声をかけられたって、聞こえるワケがない。

 空耳でも聞こえたか、と運転に集中しようとすると、再び俺を呼ぶ同じ声が聞こえた。今度は気のせいなんかじゃなく、確実に聞こえた。もう一度背後に振り向くと、やっぱり緑は俺の方など見ていなかった。

 もしかして、何かヘンなもん食わされたかも知れない。ビジュアルがブロッターに似てたからアシッドだと思い込んでただけで、実は俺が知らないドラッグだったのかも!

 何を食わされたか分からない恐怖を感じながら、俺たちは無事に神社へ辿り着く事ができた。しかしその間に、何度もあの声を聞かされた。


「ヨシヒローッ!ひーとんーッ!緑たち連れてきたぞーッ!!」


 俺が呼びかけると、彼らは直ぐに社から姿を表した。ひーとんに至っては、今まで何をしてたか聞くまでもなく、ベロベロに酒に酔っていた。GT-Rおじさんの所からかっぱらってきた酒に手を付けてなきゃいいけど…。

 トチキチの酔っ払いに気を取られていたが、そういえば緑とヨシヒロは初対面だった。二人を引き合わせてやりたいと考えていた俺は、それぞれを紹介する事にした。


「ヨシヒロ、こちらは瓜原緑。薬物とか化学のエキスパートなんだわ。聞いて驚くなよ、コイツはなんとあの『ダイナモ製薬』のご令嬢だ。

 緑、こちらは国枝祥弘。お医者さまのご子息で、医療に精通しとる。あと、カナビスの栽培をしとるのもコイツだ」


 俺が軽く二人の紹介を済ませると、お供のアヤカシを引き連れたヨシヒロと緑は互いに歩み寄り、直々に自己紹介を始めた。


「はじめまして、国枝です。こっちはハクト、兎のもののけです」


「瓜原緑だ、よろしくー。こっちのは、狐のもののけのイナリ。ほら、イナリ。お前もあの子に挨拶しろ」


 そう促されたイナリは、柄にもなく顔を真っ赤にしてウジウジと緑の陰に隠れてしまった。もちろんハクトも、初対面の相手が二人もいるので、イナリ同様ヨシヒロの陰に隠れた。ハクトは毎度の事としても、あんずには見せなかったイナリの態度を不思議に思った。まぁ、対あんずの様にケンカする雰囲気でもないから、心配する必要はないか。

 滞りなく互いの紹介が済んだ所で、俺たちは全員、社の中へ入った。中ではこの神社の主、美奈が忙しなく片付けをしていた。


「あら、今泉くんに瓜原さんじゃない。君たちも来たのね。そっちの子は…、確かイナリね。少し散らかってるけど、どうぞゆっくりしていって」


 美奈に案内されたのは、俺とひーとんが介抱を受けた部屋だった。俺たちが買ってきた畳は既に敷かれていて、板の間の状態からちゃんとした和室に成り代わっていた。中古の畳だという事は、どうやらツッコまれなかった様だ。

 電子レンジの言う通り、部屋の中は被行者の奉納物が散乱していた。美奈はこの奉納物の整理をしているみたいだ。何でこんな時に片付けなんかしてるんだよ、と思いはしたが、『スパイス』の件に彼女が関わっていない事に気づき、放っておく事にした。


「おい、拓也。さっきはありがとな。実験は成功してたよ」


 畳に腰を落ち着けるやいなや、緑はこんな事を口にした。そういえば、出がけに『実験』とか言ってヘンなブロッター食わされたんだった。すっかり忘れてたし、お礼を言われる覚えもなかった俺だったが、すぐさま『あの声』の事を思い出し、その正体がやはり緑だったと、この後の彼女の言葉が裏付けた。


「お前、ちょくちょく私の方を見てたろ?あの時、拓也を呼んでたのは私だ。でも私は声を発してない。直接お前の脳に語りかけたんだ」


 確かに緑の声でずっと名前を呼ばれていたが、その事とあのブロッターに何の関係があるのか、イマイチ要領が掴めないでいると、緑は家を出る時に用意していた透明な液体が入った牛乳瓶とノミを手にしながら、さらなる説明を加えた。


「拓也に食わせたのは、私が新しく作ったアシッドだ。コイツはトリップもするけどそれは副作用でしかなくて、本当の目的は任意の相手と通信する事だ。テレパシーっつーか、電話みたいなもんだと思ってくれりゃあいい」


 え、そんな事できるんですか?

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