第91話ミコトの居場所10

「そのカナビスってヤツ?俺はそうゆーのよく分からんけど、ありがとな。少ねーけど、その礼だ。コレ持ってけ」


 別れ際に高桑は、貝10000分のカードを俺に寄越した。ヨシヒロからロハで貰ってるカナビスを貝に変えるのは気が引けたが、みゆきちゃんを助けた謝礼だと言うのなら、受け取らないとコイツの顔が立たない。額面の方は、同等の量のスパイスで考えると妥当な所か。多分、その辺もよく分かってないんだろうな。高桑はこの手の代物に一切手を出さない。現世でも酒もタバコも、趣向品ドラッグにも興味を示さなかった。否定的な思い入れがあるとか、体質が合わないとかではない。単に『必要ない』からだ。その点では俺と大きく違う。

 とにかくこの臨時収入は、俺にとって渡りに船だ。畳と布団を買う為の貝は残してあるが、それだけでは心許なかったからな。明日ひーとんと合流するまでの時間をどう潰すか、選択肢が大きく広がる。さっさと宿を取ってもよかったが、せっかくの都だ。もう少し遊んでいよう。

 夜も深い時間なので、開いている店と言えば居酒屋かおピンクなネオンの店ばかりだった。酒は飲めないし、女を買うつもりもなかった俺は、ふと『CAFE & BAR '98』という看板を見つけた。カフェもやってんならコーヒーとかもあるんだろうと思い、俺はその店の扉を開けた。


「いらっしゃーい。おひとりさま??」


 一つの建物の一階部分を二つに区切ってテナントにしているこの店は、広さで言えば五畳あるかないかくらいの、小さな店だった。カウンターの中には店主だろうか、女の子が一人立っている。客は誰もいない様だ。俺は何の気なしに、奥から二番目の席に腰かけた。


「コーヒー、ブラックで」


「はーい。あれ?お客さん初めてだよね」


 一見の俺をそれとなく監視しながら、女の子はサイフォンでコーヒーを淹れ始めた。結構本格的なんだな。彼女の質問に肯定で答えつつ、その様子をジィッと眺めていた。物理学とかそういうのに疎いから、このサイフォンってのがどういう仕組みになっているのか、何度見ても分からない。そして何度見ても飽きない。

 フラスコからロートに上がったお湯が、コーヒーを抽出していく。女の子はヘラで何度か撹拌すると、火を落とした。すると、ロートからフラスコへコーヒーが落ちていく。だからソレが分かんねーんだよッ!サイフォンを見つめる俺の目には、知らず知らず力が入っていた。


「そんなに熱心に見られると緊張しちゃうんだけど…。私の淹れ方、間違ってる…??」


「あ、いやッ…。ごめん。サイフォンってどーなっとるんかなぁ、って。何べん見ても分からんもんでさ…」


 彼女はクスクスと笑いながら、『私も』と言ってコーヒーを出してくれた。考えてみれば、こっちに来てからコーヒーを口にするのは初めてだ。現世にいた頃は、毎日の様に飲んでたなぁ。湯気と共に巻き上がる豆の香りと、さっき会った高桑の存在が、懐かしい記憶を断片的に思い出させた。

 一口すすったコーヒーは、なかなかのお手前で、深い苦みと出しゃばり過ぎない酸味が程よくマッチしていた。これは美味い。あんずにも飲ませてやりてぇなぁ。絶対気に入らないだろうけど。


「美味いよ。このコーヒー」


「そう!?よかったぁ。あ、私はマチコ。よろしくねッ!」


 本名なのかあだ名なのか分からないが、名前を名乗ってくれた彼女に、俺も自己紹介をした。ついでに、都自体が初めてな事を話すと、さらに話が弾んだ。何しに都へ来たのか、どうやって都に来たのか、今までどの様に過ごしてきたのか、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。その全てに気前よく答えていると、マチコは突然おかしな事を聞いてきた。


「ねーねー、生年月日はいつ??」


 何故そんな質問をするのか、分からないし分かろうともしなかった俺は、正直に『1987年10月25日』だと答えた。それを聞いたマチコはメモを取り出し、俺の生年月日を記録すると、暫く考え込んでいた。占いでもするのだろうか、と頬杖つきながらコーヒーをすすっていると、何らかの解答を弾き出した彼女は声を張り上げた。


「やっぱりそうだッッ!コレ絶対なんかあるよーーッッ!!」


 そう言いながらマチコが見せてきたメモには、俺の生年月日が一桁ずつ足し算されていた。その和は『33』という数字だった。結局何が言いたいのか分からなかったが、彼女曰く、どのミコトも生年月日を足していくと『33』になるのだと言う。それに気づいたのは偶然だったらしい。

 ある日、占いに詳しい客が、『自分の運命数は33だ』と自慢していた。数秘術という類の占いで、生年月日を一桁ずつ足していった数字で、その人の性格や運勢を読み解くのだが、通常は数字が1~9に分けられている。しかし、計算の途中でゾロ目になる場合があり、例外が適用される。ゾロ目の運命数はマスターナンバーと言い、9つのパターンに当てはまらない特別な数字なのだとか。その中でも特に運命力が強い数字が『33』なのだそうだ。

 マチコを含めた、その場にいた者全員の生年月日を調べると、示し合わせた様に全員が『33』だった。その時は、『スゴい偶然だねー』という結論で済ませたが、違う客に聞いても尽く『33』になってしまうらしい。しかし、だからと言ってどうという事もないので、新規の客がきた時に話題作りの一環としてこのネタを使っているんだとか。

 この話を聞いて、手水政策に選ばれる要因の一つ、『徳の高さ』の片鱗を垣間見た気がしたが、これと言って特に気にも留めなかった。『33』という数字を背負わされた者が向かえる『運命』を、その身に刻んでいるにも関わらず……。


「それより、今日はお客さん少ないなーッ。たくやくんが来なかったら、もうお店閉めようかと思ってたんだよーッ。

 ねぇ…、たくやくん。看板下ろしちゃうからさ…


 上の部屋で、休憩していかない…?」

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