第68話タイマン3
山野くんから申し出されたタイマンに、あまり気乗りしない…、っていうかやりたくない俺だったが、考えてみれば『水芭蕉の壊滅』は、文字通りの頭であるこの山野くんを潰さなければ成し遂げる事はできない。多々良場を出る時にはしていた覚悟が、いざ大将を目の前にして崩れかけてしまっていた。だってこんなムキムキな子だなんて知らなかったもん。
はっきり言って、俺はビビっていた。今はまだ俺に対して敵意を見せない彼だったが、さっき武石と和田に拳を浴びせていた時の表情は、『トチ狂ったキチガイ』そのものだった。いくら死なない身とは言え、こんな怪物と相対した事がない俺は、どうすればいいのか答えを出せずにいた。
しかし、今更迷っていても仕方がない。ここに来るまでの間に、俺は5人のゲトーを殺してしまっている。水芭蕉から見れば、敵以外の何物でもない。山野くん自身が暴走族を解体したがっているというのは、後から付いてきた都合の良い大義名分であって、俺が取るべき行動は最初から何も変わらないのだ。そして、それはもう後戻りできない所まで来てしまっている。もうやるしかない…。それは理解してはいるが、なかなか身体が前に出ていかない。
まごまごしている俺を疎ましく思ったのか、山野くんは表情をシリアスに寄せながら、俺のやる気を駆り立てる様な台詞を吐いたのだった。
「今泉くんが贔屓にしてたお肉屋さん…、残念だったねぇ。あのおっさんを殺したのは、俺だよ」
シゲさんの事だ。確かにゲトー共と揉めたあげく殺されたとは聞いていたが、まさかその仇が山野くんだったとは…。じゃあ、あんずは誰を食ってたんだよ。
彼の一言に、脳裏を駆け巡った色んな思考がふるいにかけられ、最終的に残ったものは怒りと疑問だった。
「て…、てめぇがシゲさん殺ったんかてぇッ!!何でだッ!?何で殺したァッ!!」
俺の激昂に、その反応を待っていたと言わんばかりに、それまでシリアスだった彼のマスクが満足気なものに変わった。俺はどうやらデカイ釣り針に掛かってしまったらしい。見事にアホを一匹釣り上げた山野くんは、俺の荒々しい疑問に丁寧に答えてくれた。
事の始まりは、彼が面倒を見ている子供の数が両手足の指じゃ数えられなくなった頃らしい。それまでも、色々な理由で孤児になるヒトの子は少なからずいたそうだが、時を重ねる毎にその内容が変わっていった。心無いミコトがヒトをオモチャにし始めたからだ。
ヒト同士の諍いで殺しが起きた際は、それなりの理由があると共に、殺した方が殺された側の家族に筋の通る詫びを入れる事で、後腐れを防いでいた。しかし、ミコトが同じ様に筋を通すとは限らない。というか、元々遊びのつもりで行う殺しに、誠実な態度を取るミコトなんかいやしない。相手がミコトである場合は、残された遺族は泣き寝入りするしかないのだ。
それでもヒトはミコトを敬う姿勢を崩したりはしない。この世界に住むヒトにとって俺たちは『神(ミコト)』だからだ。
そんな中、孤児を集めた山野くんは彼らに『ミコトへの恨み』を植え付けたそうだ。たかだか16歳のガキに親兄弟を奪われて、黙っている必要はない。やられたらやり返せばいいんだ、そう教えたらしい。もちろん、最初は戸惑いを見せる子供たちだったが、今まで雲の上の存在みたく思っていたミコトに自分たちの攻撃が通用する事を知ると、彼らの暴力はエスカレートしていった。それと同時にゲトー共の中で、山野くんは紛う事なき『神』となったのだ。
「どんどん狂暴化してくウチのバカどもが俺の手に負えなくなって、ホトホト困ってたらよぉ、コイツが出てきたんだ」
その台詞と共に、山野くんは親指を立てた手を後ろに振りかぶり、後方にいる氏家を指差した。
俺の時もそうだったが、山野くんの前にもコイツは突然現れたみたいだ。神出鬼没がセールスポイントか何かなのかな?
当たり前の様に山野くんの過去を把握していたダボハゼは、当時の現状を打開する方法を伝えたのだと言う。その内容は、数年後に童子を連れた被行者がこの近辺で行動する様になる。その被行者は、水芭蕉を壊滅させるだけの力を持つ。彼の怒りを買う様な行いをすれば、自然と望む方へ話が進む。という事だったらしい。
つまり、俺が政策の被行者に選ばれる前から、こうなる事は決まっていたのだ。何故、氏家には先の未来が見えているのかは分からないが、おそらく俺たち二〇組と二一組とでは、この世界に送られる目的が違うんじゃないか。そう直感した。
とにかく、山野くんにしてみれば俺は念願の待ち人だったらしく、その矛先を自分たちに向ける為にシゲさんは殺されたのだ。
目的の為の殺人…、必要な犠牲…、こうなってしまった以上、シゲさんの死に適当な折り合いを付けて飲み込もうとしたのだが、俺はそういった面ではとことん不器用だった。俺の数多くある悪癖の中でもかなり質の悪い、偏った思考が導き出した結論は、『俺のせい』だった。俺が被行者に選ばれなければ、俺さえいなければ、シゲさんは死なずに済んだ。どうしても、そう考えてしまうのだ。
このイヤな感じは慣れる事はないが、こういう場面は割りと慣れている。どこまでも追ってくる自己嫌悪の波には抗おうとせず、無理矢理笑ってその波に乗ってしまえばいいのだ。そうしていれば、不思議と着きたかった向こう岸まで波が運んでくれる。俺の『世界』は、そういう風に出来ているのだ。
「俺が駄々こねてもしゃーねぇみたいだで、やろまい。タイマン!」
やっとの事で山野くんからの果たし状を受け取ると、俺が背にしていた広間の扉が開けられる音がした。あんずが漸く追いついた様だ。
ガラガラガラッ…
「たくちゃーんッ!おまたせしましたーッ!」
何であんずはスライド式って知ってんだよッ!開けられなかった俺がバカみたいじゃないかッ!(バカです)
黒いレインコートで目立ちはしないが、彼女の口の周りや両手は鮮血で染まっていた。あんずの笑顔からすると、あのジャリは相当美味しかったんだろうな。
あんずは勢いそのままに俺に飛びついてきた。血でベットベトのまま。
「たッ、たーけぇッッ!俺の服まで汚れてまうがやぁッ!」
そんな心配しなくても、どーせ今から血塗れになるんだけどね。
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