第58話発端2
「おっすー、桃子ー。やっとるかー?」
「あ?拓也じゃん。桃子に用か??」
大量の貝をあんずに抱えてもらいながら、俺たちはブティックまでやってきた。店の扉を開けると、返事をしてくれたのは桃子ではなく緑だった。店番なんてする様な柄ではない緑は、カウンターに上半身を預ける形でダラダラとグダっていた。
「緑しかおらんの?まぁ、お前にも用があって来たんだけどな。貝持ってきたったぞ」
パウダーとプライマーを作ってくれた事に対するお礼を受け取ってもらおうと、あんずに貝の袋を差し出す様に指示した。彼女は今まで抱えていた大きな袋を緑の前にドスンと置いた。
俺の力では動かす事さえ出来なかった貝の袋は、その重さを誇張するかの如く床板を大きく響かせた。
「自分で言い出した値段だけどさ…、これ多過ぎじゃね?」
「何とかして持ち帰りゃーよ。ほんで、桃子とイナリは??」
店には緑の姿しか見受けられなかったので聞いてみたが、何やら奥から話し声が聞こえる。どうやらイナリの新しい服を作る様で、採寸をしている最中だという。このブティックにある出来合の衣料は、そのほとんどがレディースで、彼の物を見繕う時は全てオーダーメイドなのだそうだ。
「でもよ、イナリって言われなきゃ男の子か女の子か分からんがや。試しに女物着させたりしんかったの?」
「したに決まってんじゃん。けっこー面白かったんだけど、イナリがすげー嫌がったんだよ。『こんなの着たくない』って…」
桃子が作る服は、特に決まったスタイルやジャンルがあるわけではないのだが、ガーリーでファンシーな雰囲気の物が多かった。フリフリのスカートなんかを履かされているイナリを想像したら、何だか笑いが込み上げてきた後に、それはそれでアリなんじゃないかという感情も浮かんできた。
イナリには申し訳ないが、また何か一悶着あったら罰として女装させるのもいいかもな。などと密かに考えていると、採寸を終えた桃子とイナリが奥から出てきた。
「あー、たくやくんにあんずちゃんッ。いらっしゃーい!みどりから聞いたよーッ。ふたりとも友達になったんだってねー」
「おっす、桃子。こないだのツナギとあんずのレインコートの注文しにきたんだけど」
共通の友達が出来た事が非常に嬉しいという桃子に、今日ここに来た理由を伝えると、彼女は何やら得意気な顔を見せながら一着の服を持ち出してきた。
何と、桃子はすでにあんずのレインコートを仕立ててくれていたのだ。
「ふっふっふー!いい出来でしょー!?ってゆーか、このあいだはごめんねー。たくやくんならちゃんと貝を払ってくれるって分かってたんだけど、私きほん後金では作らないことにしてるんだー。みどりがそうした方がいいってゆーからさー。でもたくやくんは特別ッ!」
俺が氏家をケチョンケチョンにしたのを間近で見ていた桃子は、その結果どれだけの貝を手に入れたかを良く知っている。それでも一人の商売人として、貝を持参してこなかった俺を追い返した事を謝ってくれた。別にそんなの気にしなくてもいいし、俺もその事について何も気にしていない。しかし、友達として信頼してくれている彼女の言葉は素直に嬉しいものだった。
ところがこの一連の流れを傍から聞いていたあんずは、桃子が俺に言った『特別』という台詞が気に入らなかったらしく、彼女にとっては失言だったその言葉を耳にした瞬間、それまでのいい雰囲気をサーチアンドデストロイでぶち壊すのだった。
「たくちゃんはアタシの『とくべつ』なんですッ!!ももこさまのとくべつにはさせませんッ!!」
何でそこでプンプンスイッチがonになるんだよ。やっぱあんずって良く分かんねー。でも裏を返せば、あんずは俺を独り占めしたいって事か…。そう勝手に解釈した俺は、彼女の気持ちに得も言えぬ喜びを感じつつ、曲がっちゃったヘソを何とか直してもらおうとレインコートの試着を促した。
「ま、まぁまぁ、あんず。それよりせっかく作ってもらったんだで、いっぺん着てみやぁー」
俺の提案をしぶしぶ承諾したあんずは、無言で桃子からレインコートを受け取り、一人でフィッティングルームへと消えて行った。最近あんずのご機嫌を窺うのが増えたよなぁ…。と肩を落として溜息をつく俺の気も知らないで、他人事をからかう様に緑が茶化してきやがった。
「おぅおぅ、大変そうだなぁ。た・く・ちゃ・んッ」
マジでブチ抜いたろかな、このアマ。人の神経を逆撫でする英才教育でも受けたんじゃないかと思うくらい、ピンポイントで心のささくれに塩を塗り込む彼女は、ケタケタと笑いながら話題を別の方に持っていった。
しかし、その変えられた話題は、さらに俺の逆鱗に触れる様なものだった。
「それより拓也、ハジキの方は出来たのかよ」
「おう、もう出来とるぞ。お前に作ってまった爆薬のお陰でな」
「へぇ…。何の問題もなく…??」
それまでの馬鹿にする様な笑みとは少し違った不敵な表情を浮かべながら、緑は言った。言葉の意味はすぐには理解できなかったが、何かを含んだ物言いに違和感を感じた。
そう、問題は『あった』のだ。試し撃ちの一発目で起こった謎の暴発…。無事に銃が完成した事ですっかり忘れてしまっていて、原因を追及するなど考えてもいなかった。それでも分かっている事が一つだけある。確かに氏家は言っていたのだ、『ムラゲたちのせいじゃない』と……。銃の本体に原因がないとするならば、残された可能性は『弾薬』にしかない。つまり、あの暴発の原因は緑が作った『パウダー』にあったという事になる…。このアマァ…、分かってて聞いてきやがったのか…ッ!
合点がいくと同時に、ツングースカに匹敵するほどの怒りを爆発させそうになったが、緑の言動はそれを誘導している様に思えたのと、現状に影響が及んでいない事が、俺に落着きを取り戻させた。
「……。特に問題はなかったぞ。俺の両手が吹っ飛んだくらいで…」
俺の返答は、彼女の虚を衝く事ができたみたいで、一つ拍子を置いてから理解が追いついた緑は、大爆笑しながら俺を称えるのだった。
「アッハッハハハ!!ヤベーよッ!やっぱ拓也は面白ぇなー!ヒッヒッヒ…ッ」
「どーしたのッ!?みどり何で笑ってるの??」
緑が腹を抱えて爆笑している理由が分かっていない桃子に、これまでの経緯を説明してやった。ついでに、大怪我を負った俺を何一つ心配しなかったあんずについて、その原因は俺が見せた手品にある事も教えてやると、彼女たちは笑いを増幅させていた。
ピエロと化した俺が、ミコトの少女二人に一時のエンターテイメントを提供していると、着替えを終えたあんずが恥じらいを纏いながらフィッティングルームから出てきた。
「ど…、どうですか…?たくちゃん…」
黒を基調としたレインコートは、童子という強者の威厳を引き立てながらも、幼い見た目のあんずの可愛らしさに拍車をかける様な仕上がりになっていた。これまたハイエースもんやでぇ…。
新しい服の着慣れなさにモジモジするあんずの態度は、ミコト三人の目を釘付けにした。こんなもん見せられたら言う事なんて一つしかないわな。彼女に対する俺たちの判定は、満場一致だった。
「「「かわいいッッ!!」」」
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