第57話発端1
激昂した俺に恐れを成したのか、それ以降のムラゲたちは俺の言う事を素直に聞いてくれた。こんなクソガキにいい様に言われても、このヒトたちは俺に負の感情を抱かない。あくまでミコトとして俺を見てくれているのだ。
そんな彼らが俺たち被行者をどう捉えているかは分からないが、ミコトに対して敬う姿勢を崩さない彼らに暴言を吐いた事を、俺は密かに悔やんでいた。
「で、氏家が言うには、あなたたちに支払う賃金は貝5万が妥当らしいんですが、それでどうですか?」
「それだけ頂ければ結構でございます、イマイズミさま」
ムラゲの村を見た感じだと、あそこも自給自足で生活を育んでいて、貝が必需だとは思えない。しかし、貨幣としての価値がある貝は、あっても邪魔にはならないんだろう。っていうか貝でしか対価を払えないんだから俺にはこうするより他ないのだ。
氏家が運んでくれた貝から必要な分だけ支払おうとした時、俺に戦慄が走った。
「ええっと……、貝5万ってどのくらいなんだ…??」
今までで取引した最高額は、一番最初に桃子の店で支払った貝400だ。その際も、一度に貝100を数えられる道具を用いて精算した。だが、ここにはそんな道具はない。
無造作に積み上げられた貝は、布袋に入った塊が五つほど並んでいた。これで貝10万らしい。単純に計算すれば2.5袋分なんだけど、一袋にどれだけ入っているか分からない。
どう支払えばいいのか答えを探し倦ねいている俺に、ダボハゼが横槍を入れた。
「今泉くん、二袋は確定としといて、もう一袋を半分に分けよう。ちょうどムラゲの道具に台秤があるからそれで量るといいよ」
氏家の言葉と共にムラゲの若い衆が秤を持ってきた。分銅を使って重さを量る原始的な物だ。何故、彼らにこれが必要なのかというと、多々良場で精製した鉄の重さを記録する為だと言う。
一度に吹く鉄から作られる道具は、おおよその数が予め決まっている。どれだけの鉄をどのように使ったかを把握する事で、鉄の無駄使いや不正利用を防いでいるのだそうだ。棚卸かな?
結局この秤の使い方も分からないので、一旦氏家にパスした。ちょっとくらい多く払っても気づかないし、構わない。っていうか、重さで量るくらいのどんぶり勘定でいいならざっくり半分でも良くない?とは思ったが、会計なんて割とどーでも良かった俺は、氏家とムラゲたちが一袋の貝を分けるのを黙って見ていた。
「お前らは大八を回してこい」
頭のおじさんが若い衆に指示を出していた。それを受けた若者二人は、せっせと撤収作業に取り掛かった。
俺たちにとっては数日の間だったが、ムラゲたちには一年近くの時間を過ごしたこの多々良場から、彼らの痕跡がどんどん消えていくのを横目に、俺はある事に気づいた。
「あれ?大窯が何かキレイになっとらん??」
多々良場の敷地の大半を占めている土で出来た窯が、どうやら新品に作り替えられていたのだ。
「製鉄の度に窯は崩します。次の製鉄が素早く行える様、新たな窯を作るまでが製鉄の仕事なのです」
俺の疑問に長の爺さんが答えてくれた。彼らの代は製鉄を行うのはこれが初めてだと聞いた。だとすると、それまでここにあった窯は、もっと前の代が残した物という事になる。もしかしたら次にこの窯を使う時は、何代か後のムラゲになるかも知れない。
『ミコトとヒトは時間を共有出来ないから』
美奈の言葉が、再び俺の心を揺さぶった。
――――――――――………
「ではこれで私どもは失礼いたします。また御用の際は、いつでも村へお越しください。お待ちしておりますゆえ…」
大量の道具と貝を抱えたムラゲたちは、爺さんの挨拶と共に自分たちの村へと帰っていった。俺の手元には、M1911と7つのマガジンが残された。やっと…、やっと完成したんだッ…!
マジマジと自分の物になった銃を見つめて悦に浸っている俺に、またもや氏家が横槍を入れた。
「おめでとう、今泉くん。ところで君がやらなきゃいけない事がもう一つあるんだ。これを神社に奉納してきてね」
そう言いながら、氏家はもう一丁のM1911を取り出した。
何でも、ミコトが何かを作った際には、神社へそれを奉納して報告する義務があるのだそうだ。そう言えば美奈からカナビスを貰った時、『他の被行者の子が奉納したもの』だと言っていた。それを他人にあげちゃうんだから、何の為に奉納すんのかこれもう分かんねーな。
「ん?ちょっと待てよ。これ奉納して他の被行者の手に渡ったらどーすんだて」
「大丈夫。こっちにはファイアリングピンが入ってないから、弾薬を込めたとしても弾は出ないよ」
ますます奉納する意味が分からないのだが、それがこの世界のルールなら従うのはやぶさかじゃない。日が暮れるまではまだ時間がありそうだし、神社に顔出すとするか…。
と、その前に。
「おいダボ、この貝の袋って一つに大体2万くらい入っとるんだろ?」
「そうだよ」
ちょうど緑への支払いも2万だったので、袋を一つ担いで彼女の所へ行こう。多分桃子と一緒にいるはずだから、ブティックに行けばいいのかな。
そう思い、貝の袋を一つ持ち上げようとしたのだが、一立米ほどの塊が俺一人の力で持ち上がるはずもなかった。情けないが、力仕事はあんずに任せよう。
「あんず、悪ぃ。これ一つ持ってくれん?」
「いいですよッ」
俺の力ではビクともしなかった塊を、あんずはヒョイっと持ち上げた。男としてのプライドはズタズタだったが、童子と力比べしてもなぁ、と都合の良い方へ思考をシフトした。
ブティックに行くならついでにこの前買えなかったツナギとあんずのレインコートの注文も済ませちゃうか。あんずが持ってくれた貝とは別に、半分になった袋から2、3000の貝を取り出した。このくらいなら自分で持てる。
「ほんじゃ、俺らは出かけるでよ」
「俺もボチボチお暇させてもらうよ。残りの貝はまた少しずつ持って来るから」
こうしてダボハゼとも別れたのだが、次にコイツと会う時があんな事になるとは、俺は想像すらしていなかった。そんな事よりも、あとの230万もの貝を何処に置くかの方が、俺にとっては重要だったのだ。
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