第45話完成間際3

 ミコトの権限を行使し、聞き分けの悪い狐と鬼を床に正座させた俺と瓜原は、自分たちの食事を済ませて席を立った。瓜原はさっき俺が直した壁の塗装に、俺は新しく出来た穴を埋めに、それぞれ駆り出した。

 俺の動きに合わせその場を立とうとしたあんずを、見下ろす視線だけで制御した。それを察した彼女はそのまま正座に戻り、物悲しそうに目頭に涙を溜めている様だった。泣いて馬謖を斬るとはこういう事を言うんだろうな。ちょっと心苦しい。


 先ほどあんずが量産した板はまだ在庫があったので、風穴2号の整形から手を付けた。その穴からは、正座しているバカ二匹の様子が窺えた。ふてぶてしい表情のイナリとは対照的に、あんずはチラチラと俺の方に意識が行っているみたいだった。

 誰かを叱るという事に慣れていない俺の中では、こんくらいで許してあげたい所だったのだが、瓜原がいる手前それは出来なかった。今はやるべき事に集中して気を紛らわそう。

 ザックリと鋸でラインを決めて、鑿で接ぎ目を加工していると、既に塗装を終えた瓜原がこちらに合流してきた。ちょっと早くない?


「もう終わったんかて」


「塗料塗るだけだからな。こんなん馬鹿チョン仕事だろ」


 物凄く巧妙にカモフラージュされている瓜原邸の塗装が、そんな簡単なものだとは思えないのだが。しかし、そこは天才ケミストの本領発揮といった所だろう。

 なんと、瓜原が作り出した塗料は、周りの色を吸収してそれを反射するというのだ。森の中に鏡を置くと、一見その鏡が見当たらなくなるのと同じらしい。分かる様な分かんねー様な…、とにかく凄い技術だ。

 その天才が、俺の大工仕事を見て発した言葉は、さらに俺を混乱させた。


「お前も器用なヤツだよなー。こんな風に家直せんだからよ」


 いや、爆薬作ったりシャブ練ったり出来る奴が何言ってんの?そっちの方が理解不能なんだけど。隣の芝は青く見えるのかな。

 だけど、氏家のお世辞に比べたら遥かに嬉しい賞賛だ。自分の事を天才だと思った試しなどないが、自分が天才だと思った人に褒められるのは、何とも言えない誉れの極みだ。

 そういえば、俺が知ってる天才はもう一人いる。桃子だ。

 あいつは自分を『バカだ』と言っていたが、単なるバカがあれほどの服を作れるはずがない。彼女も頭がイッちゃってる部類に入ると思う。良い意味で。

 ふと思い出した桃子に対して、一つ気がかりになっている事がある。この間買えなかった『ツナギ』についてだ。彼女があのツナギにどんな未練を抱えているのか、瓜原に尋ねる事にした。


「話し変わるけどさぁ、桃子の店にヘンなツナギがあったんだけど、何か知らん??」


「あ?ツナギぃ??…あっ……」


 どうやらご承知の様だ。まぁ、これと言って解き明かしたい謎でもないので、催促はせずに瓜原の返答を気長に待つとしよう。そう考えている俺を真っ直ぐに見つめ直した彼女は、柄にもなく歯切れの悪い感じで口を開き始めた。


「拓也はわりーヤツじゃねーから、教えてもいいんだけど…。私とお前の楽屋話にしといてくれよ。

 私と桃子は世代こそちょっと離れてんだけど、こっちに来たのはほぼ同時期でさ、早い段階で仲良くなったんだよ。

 もう一人仲良くしてた男が一人いたんだけどな、そいつと桃子が良い感じになってたんだ…。

 だけどそいつはある日殺されちまった。二一組の奴らのせいでな…。その男がいつも着てたのが、その『ツナギ』だ。桃子のヤツ、まだ持ってるとは思わなかったよ…」


 なるほどね。蓋を開けてみりゃ、赤犬の尻尾みたいな話だな。(おもしろくない)

 どうせそんな事じゃねーかなって思ってたんだけど、それで悲劇のヒロイン気取りなら、本当にあの女はバカだ。反吐も出ねーよ。


「っしょーもなッッ!んなとろくっせぇ事でウジウジしとんのかてぇッ!っしょーもなッ!!」


「あぁッ!?」


 俺の言葉に、あからさまに気を悪くした瓜原が俺を睨みつけた。友達を悪く言われたらそりゃそうなるだろう。だが、俺にも確固たる信念があっての発言なのだ。それを今から分からせてやる。


「俺なんか、自殺した兄貴とお袋の位牌と遺骨を、思い出の写真と一緒に焚き付けて芋焼いたったわ。その足で墓に屁ぇぶっこいたってよぉッ!生臭坊主にお経読ませるよか、よっぽど供養になんだろ…?」


「は…?な、何言ってんの…?お前…」


 刺青ジャンキーがドン引きしてる。いくら口が悪かろうが、態度がデカかろうが、所詮はいいトコのお嬢様だ。しっかりした教養を授けられた者には、到底辿り着けない境地の思考だろう。


「自殺でも他殺でも、勝手に死ぬ奴には糞ぶっかけたりゃーええんだわ…。それが遺されたもんのやる事だて…」


「お前…、狂ってるよ…」


 確かに常識からしてみればキチガイの沙汰だろうな。でも、大切な家族が全員いなくなってしまった俺の世界には、『常識』なんて何の価値もない物だったのだ。それこそ、糞と一緒にトイレにジャーッしちゃったのは、俺が13の時の話だ。それ以来、世間に中指立てて一人で踏ん張ってきた俺を、誰にも否定はさせない。俺に楯突いていいのは、俺だけなのだ。


「だでよぉ、俺が弔ったるわ。あいつの恋心…」


「ククッ…。結局いいヤツじゃんか、お前ッ」


 最終的には、俺の心情を瓜原は理解してくれた。価値観というのは人それぞれだと言う事を、頭のいい彼女は弁えているのだろう。あえて不快感を与える様な俺の言動すら、きちんと汲んでくれた瓜原は、何て察しの良い子なんだろう。

 この一連のやり取りで、より深い所で自分を知ってもらえた瓜原とさらに仲良くなれた気がした。


「そろそろ一服つけるか。緑も吸ってみる?」


「おぉッ!!そうだ、忘れてた!カナビスだよ、カナビス!!やらせてやらせてッ!!」


 目の前のエサに夢中で食い付いてきた彼女は、下の名前で呼ばれた事に気づいているのだろうか。

 ってか、ほんと腐れジャンキーだなコイツ。

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