第三章「死して生を学ぶ」 第十二節
「いままでのところで、何か気になることとかありますか?」
「気になること? ……あ、重義さんの姿が変化したのって、なんだったの?」
「あれは、あの方の過去のお姿ですよ。当時の記憶が甦ったことで、その姿までも変わってしまったんです。ボクたちは精神だけの存在ですから、その想いが強ければ強いほど、その影響を受けやすく、姿までも変わることがあります」
「なるほど。じゃあ、私も子供の頃を思い出したら、子供の姿になったりするの?」
「いえ、いまの麗子さんは死神になっていますから、その姿が固定化されていますので、変わることはありません。死神になる前でしたら、その可能性はありましたね」
「あー、そっか、昔のことを思い出さなかったからなぁ……残念」
麗子は、口をへの字に曲げた。
「若返ることができたからですか?」
命は苦笑い。
「いまも充分若いわい」
麗子はムッとし、唇を尖らせた。
「あ、そういえばさ、手紙の文字が昔のもので読めなくて焦ったんだけど、なんか、急に読めるようになった。あれって、死神の力とか?」
「そのとおりです。あれは、ハデス様の血がなせる業です。如何なる言語にも対応できるようになっています」
「なーんだぁ。だったら最初に言っといてよぉ。ほんとに焦ったんだからね」
麗子はそのときのことを思い出し、いまさらハラハラした。
「ふふっ、すみません」
命はニヤニヤしている。
「あ、わざとだな。そうに違いない」
「さぁ、なんのことでしょう」
命は、わざとらしくとぼけてみせた。
「命クン、キミはあれだね、人を食ったようだね」
「あんまり美味しくないですよね、人って」
命が不敵に笑った一方で、麗子は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ところで、手紙を読んだときですが、他に何か気づいたことはありませんでしたか?」
命はたずねた。
「え? ……あっ、あったよ。知らない映像が浮かんだり、誰かの感情というか、想いが頭の中に流れ込んできたみたいだった。あれ、もしかして、義恵さんの記憶?」
「正確には、手紙に込められた義恵さんの想いです」
「ああ、やっぱりそうなんだ。義恵さんになった気分だったよ」
「確かに、義恵さんが乗り移ったようでしたね。放言や、話し方の癖とかのイントネーションがよく似てらっしゃいました。麗子さんは感受性が強いのかもしれませんね」
「それって、喜んでいいこと?」
「いいと思いますよ。死神に適しているということです。才能かもしれません」
「才能、か。……うーん、嬉しいような悲しいようなって感じで、素直に喜べん」
麗子は難しい顔をした。
「他に、気になっていることはありますか?」
「んー……いまのところはないかなぁ」
麗子は、頭を捻りながら答えた。
「わかりました。もし何か気になることがありましたら、遠慮せずに聞いてください」
「うん、わかった」
「それでは、次の方のお世話が決まるまでの間、空を飛ぶ訓練を再開しましょうか。そのための場所に参りましょう」
命は、急ぐように鎌を手にした。
「あっ、ちょっと待って!」
「?」
「できればその……もうちょっと、余韻に浸っていたいかな。考えたいというか……ちょっとの間でいいからさ、散歩でもしない?」
麗子は、少し距離のある墓地の出口を指差した。
「……確かにそうですね。急ぎ過ぎました。初めて死出のお世話したわけですから、そのことについて考えるための時間を与えるべきですね、教育係としては」
命は、鎌を背負い直した。
「なんか、ゴメンね」
「いえ、そのお気持ちを尊重しますよ。死神になったとはいえ、人だったことを忘れてはいけません」
命は笑顔を浮かべると、墓地の出口を目指して歩き出した。麗子もホッとしつつ、すぐに歩き出し、彼の隣に移動した。
墓地を抜けて、古寺の敷地内を通り、外へ。その先には、緩やかなカーブを描く下りの道路が続いている。
片側は崖のようになっていて見晴らしが良く、彼方の山々まで見通せる。
崖側には転落防止のためのガードレールが続いており、途中途中に、下の住宅地に降りるための長い階段があった。
下り坂の先には平坦な道と、路肩に並べられた木々。そして、小さな公園があった。
外灯の明かりのそばに、ブランコが見える。
麗子は、命をうかがい、そのブランコを指差した。
「構いませんが、動きませんよ」
「動いたらホラーだよ」
二人は公園に入り、二つあるブランコに腰を下ろした。
「ねぇ?」
「はい、なんでしょう?」
「あれから死について考えてるんだけど……これは、難しいね」
「難しいですね。この世で最も難解な問題だと思いますよ。そもそも、生きている人間に解けるものではないでしょう。死んでみなければ、答えは見つからない。ですが、たとえ死を経験したとしても、それでも難しい」
「命クンはどうなの?」
「正直なところ、答えは出ていません。漠然としています」
「一千年以上も死神をやってるのに?」
「はい。このボクでも、死については未だに理解に苦しんでいます。答えに辿り着けそうで、辿り着けない。手を伸ばせが届きそうで、実は遠い。そんな感じです」
「答えって、あるのかな?」
「どうでしょうね……無いかもしれませんね」
「そっか……。あ、そういえば、ハデス様が言ってたよね、死を理解してみせろって」
「ボクのときも言われましたよ」
「命クンでもわからないってことは、まさに無理難題じゃん。またお得意の意地悪?」
「そう思いますか?」
「うん! ……と、言いたいところだけど、なんとなく違う気がする」
「そうですか」
「……死神ってさぁ、神の奴隷だって言ってたじゃない? あれって、本当なのかな?」
「どういうことです?」
「またなんとなくなんだけど、死神って、私たちが死を理解するために用意された時間というか、最後のチャンスなんじゃないかなって……なんか、そんな気がする」
「なるほど。――ふふっ」
「なに?」
「いえ、今頃、ハデス様が喜ばれているんじゃないかと思いましてね」
「えー、喜んでるかなぁ? やっと気づいたかって悪態をついてる気がするけど」
「アハハッ、それもありますね」
「ふふっ。……あ、ハデス様で思い出した。また冥府に行くことってあるの?」
「急ですね。どうしてですか?」
「え、いや、なんとなく」
「……なんか、怪しいですね。あっ、さては、ケルベロスが目的ですか?」
「なっ、なんのことかな……?」
「麗子さんはわかりやすいですねぇ、単純です。素直というか、嘘が下手というか、馬鹿正直。……あ、そうか、麗子さんって、ハデス様にどこか似ていますよ。占いとかしたら同じになりそうです」
「え……?」
「あ、いま、あんなヤクザと一緒にするなと思いましたね? 神様に対してひどいなぁ」
「ちょっ、こら! そこまでは思ってないよ! 思ってないからね!」
「本当ですかぁ? ……ちなみに、回収した魂は一定量に達したら献上しなければいけませんので、定期的にハデス様の元を訪れます」
「よっしゃあ! あの可愛さ、ちっちゃい間に堪能せねば!」
「やっぱりケルベロスが目当てじゃないですか。犬は苦手なんでしょ?」
「チッチッチッ、ケルベロスは犬じゃなくて、獅子でしょ。それに、可愛いから良し! 可愛いは正義!」
「なんですか、それ」
「エッヘッヘッ」
「笑って誤魔化さない。――さぁ、もう余韻は楽しんだでしょ。訓練を再開しますよ」
「はーい。……で、どこでするの?」
「ある程度は広さが欲しいので、体育館とかでしょうかね。幸い、今日は日曜日ですから、この近くの学校のものをお借りしましょう」
「死神が、日曜日の学校の体育館で空を飛ぶ訓練? ………………シュールだなぁ」
「人生とは、シュールなものですよ」
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