第三章「死して生を学ぶ」 第四節

「まずは生命の成り立ちから。――と言っても、命がどうやって生まれたとか、そんなことではありませんよ。生命というのは、主に三つのもので成り立っています。その三つとは、肉体、精神、魂です。肉体というのは現世を生きるための器のことで、五感を感じられる身体のことですね」

「霊安室にあったもう一人の私ってことね?」

「そうです。次に精神は、人で言うなれば人格のことです。脳の中に生み出された、目には見えない存在。いまの麗子さんのことです」

「なるほど。いまの私は、肉体を失った精神だけの存在ってことね」

「そして、魂というのは、肉体と精神を繋ぎ止める鍵のようなものであり、生命として誕生した瞬間から、死ぬまでにあった出来事のすべてを記録するHDDみたいなものです」

「え、アカシックレコードじゃないの?」

「あれ、ご存知でしたか。これは失礼しました。わかりやすいように説明したつもりだったのですが、麗子さんは想像していたよりも博学ですね」

「なんか、褒められてる気がしない」

「わかりやすいよう人で例えますが、死というのは肉体が活動できない状態を言います。文字どおり寿命を迎えるか、病気や事故などで壊れてしまうなど、とにかく生命を維持できなくなれば、すなわち死です。そして、その死が訪れた瞬間に、鍵の役目を担っている魂が外れて、肉体と精神が乖離します。その状態が、いまの麗子さんや、ボクなんです。ちなみに、乖離したとき、魂は精神の中に存在しています。地球を想像してもらえるとわかりやすいかと思います。地表やマントルの部分が肉体で、コアの外殻が精神。内核が魂です。肉体と精神が乖離すると、コアそのものだけがワープして、宇宙空間に抜けてしまったみたいな感じですね」

「んー、わかったような、わからんような……。どうして地球で例えたのかが一番の疑問」

「まぁ、そんなものだと思ってください」

「あ、投げやり」

「ともかく、ボクたち死神の仕事は、精神と魂だけの存在になった方、“死者”の方から魂を回収し、天国、もしくは地獄にご案内して現世に留めないようにすることです。その理由は、万が一悪霊になってしまうと、生きている方、“生者”に悪影響を及ぼす可能性が非常に高いからです」

「なるほどね。で、魂を回収するのは査定の時なわけね?」

「察しが早くて助かります。説明が省ける」

「一言多い。褒めるだけでいいじゃん」

「ふふっ。それでは、ようやく悪霊について。精神と魂だけの存在になった方は、一見、五感を得られなくなり、行動が制限されたようですが、実のところ、タガが外れた状態になっていて、何かの拍子に強い力を持ってしまいます」

「それって、ゲームとかで言うところの、リミッター解除! みたいな?」

「まぁ、そんなところです。――で、その強い力を引き起こすのが、恨みや憎しみといった感情です。すなわち、“想い”です」

「あー、なるほどね。生きてるときもけっこう怖いよね、それ。生霊とか呪いとかもその類だって言うじゃん」

「まさにそのとおりで、思い込むことで体調を崩したり、その反対に病気を治したりすることもできますよね。生きているときはストレスが原因だったり、免疫が病を駆逐したりするわけですが、その力を引き起こしているのは、思い込みですよね」

「リミッターが解除されるってことは、暴走するとどこまでも突っ走っちゃうってこと?」

「はい。一度暴走すると、それを止められるほどの強いキッカケが無いかぎりは止まりません。自分でもコントロールできなくなり、そればかりに集中してしまう。これは、生きているときでも同じですよね。ですが、生きているときは肉体の疲労であったり、脳が狂ってしまうことで強制的に暴走が止まります」

「まさにリミッターなんだね、肉体って」

「悪霊というのは、その暴走した状態のことを言います。特定の感情に支配されてしまい、肉体が無いにもかかわらず、物を動かしたり、人に自らの姿を見せたり、傷を負わせたり、果てには死に追いやったりする……」

「まさに悪霊じゃん……」

「先ほど、ハデス様を殴り飛ばしてしまいましたよね? あれもその力の一端です。本来であれば、触れることはできても、殴り飛ばすなんてことはまずできません」

「なるほど!」

「麗子さんの場合は一時的なものでしたが、悪霊になってしまうと、それが半永久的に続くわけです。半をつけたのは、そんな悪霊も駆逐することが可能だからです」

「あっ、それがこの鎌なのね!」

「ご明察です。暴走し、悪霊と化してしまった死者を唯一止めることができるのが、この鎌なんです。これで魂を刈り取り、暴走を無理やり鎮めます」

「魂を取ると暴走しなくなるってことは、その魂が原因ってこと?」

「また、ご明察です。肉体と精神を繋ぐ鍵であり、アカシックレコードでもある魂には、人一人の人間を構成するほどの情報が記録されています。それだけなら、ただ大量の情報があるだけなんですが、何かの拍子に暴走すると、その魂に記録されていた膨大なまでの単なる情報を、燃料にしてしまうんですよ」

「うわ、それって大変じゃん」

「大変なんですよ。まさに魂を燃やすわけです。ですが、この鎌で魂を刈り取り、その燃料を奪ってしまえば、自ずと止まります。止まらなくても、その力は弱まりますし、魂を手中に納めれば強制的に現世から旅立たせられるので、事態の収拾も可能です」

「なるほどね。……なんか、けっこうハードなのね」

「大変な仕事だとは思いますが、そんな事態に陥ることは滅多にありませんので」

「そうなの? よかった」

「万が一、そういった事態に陥ることもありうる、とだけ覚えておいてください」

「うん、わかった。でも、あれだね、悪魔が魂を欲しがる理由がわかったよ」

「魂を複数集めれば、強い力を手に入れることができますからね」

「納得だねぇ。……あれ? ちなみになんだけど、悪魔って本当にいるの? なんかいま、いるような口ぶりだったんだけど」

「……麗子さん、神様が実在するんですよ?」

「……」

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