IOと夢の日常
「おはようございます、先輩っ!」
そう言って、体操着で登校してきた私は、挨拶をする。
元気な挨拶を心がけては居るが、至って普通の挨拶。いや、普通の挨拶で良いのだ。
だって、私自身、なにか特別な人間という訳ではないのだから。
「あぁ、おはよっ。今日の朝練は自由参加だろ? なのに来るとか、物好きだなっ」
そう言って先輩は笑う。
「先輩だって来てるじゃないですかぁ」
「俺は良いんだよ、暇だからなっ」
「私も暇なんですよ。それに私、走るの好きですし」
「やっぱり物好きだよ、お前は」
何でもない先輩との会話。
それなのにとても心地良い。
「じゃ、走りましょ、先輩っ」
「へいへい」
荷物をロッカーに預けて、学校の周りを走り出す。
休日の早朝ということで、学校の周囲に人は少ない。ただでさえ部員が少ない、うちの陸上部で自由参加の朝練に来る部員も、先輩と私ぐらいしかいない。そんな中ペースを乱さないように走り続ける。
ほんのり息が切れる感覚が、自分の足で地を蹴って進む実感が、体を撫でる心地良い風が、何より人と対等に併走できることが、とても幸せで、胸が暖かくなる。
この胸の暖かさも、また幸せだ。
なんでこんな当たり前のことに幸せを感じられるのだろう。
涙が頬を伝う。
「どうした? 大丈夫か? あー、なんか悩みあるなら聞くぞ?」
あたふたしながら先輩が私の肩を引っ張り、私を止める。
すぐに私が涙を流していることを心配してくれての事と察し、冷静になろうとする。
しかし……涙を流せることにも幸せを感じてしまう……。
「なんか分かんないですけど、私すごい幸せなんです! 何ででしょうね。先輩と一緒だからですか?」
「ハッ、似合わねぇな」
ケタケタと笑われる。つられて私も笑ってしまう。
「確かに似合わないですねっ。どのくらい走りましたっけ?」
「あっ、時計は、学校の反対側だからなぁ、一度、荷物取りに行ってドリンク休憩がてら時間確認するか」
こうして、私達はロッカーに戻って、水筒で水分補給をし、スマホを開いて時間を確認する。
時計は、走り始めてからおよそ1時間経っていたが、私は別のものに目を奪われる。
スマホには、私に似た少女が映っていた。
少女は、物欲しそうな、苦しそうな表情で星座をしていた。
私に気がつくと少女は、画面を叩いて口を動かす。音は聞こえないが、何を言っているか察してしまう。察せてしまう。
『助けて。ここから出して』
背中に冷や汗が伝い、呼吸が荒くなる。
恐怖と不安が入り交じる。
「あ……あなたは、誰……?」
カメラ越しに目に入ってきたのは、うつ伏せで動かない女性の死体。
研究員の声が聞こえる。
「人間への適合失敗か。わざわざ対象と近いと思われる体格と年齢の奴を殺して持ってきてやったのに、役立たずのゴミクズめが」
私のせい? 私のせいで人が死んだの?
普通の事を私は望んじゃいけないんだ。
私は望んじゃいけないんだ。
適合出来るわけがない。私には誰かの十字架を背負って生きていくことなんて、出来ないのだから。
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