マーク・チャップマン 3
少ししてリビングに現れた萌は、濡れたままの髪でいる恵一を見て、むっとした顔をした。
何故かその顔のままドアの後ろに消えたかと思うと、今度は再びドライヤーを
入れ違いにめぐみが「おやすみ」と言って寝室に下がって行くと、
恵一は自分の身体が僅かな緊張に強張るのを感じた。
萌を意識してしまう。
「あ、ありがとな。そろそろ、頭が冷えてきてヤバかったんだ。ドライヤー貸して」
伸ばした手が空をかく。
てっきりすんなり渡されるだろうと思っていたドライヤーは今も長い萌の腕の下でぷらぷらしていた。
「二階で乾かそう」
萌の視線は隣の客間へ続くドアに向けられていた。
薄いドアの向こうで、父と母が眠っている。
「……わかった」
数ヶ月ぶりに訪れた萌の部屋は前来たときと何も変わっていなかった。
唯一大きく変化したものと言えば、それは自分自信だ。
あのとき、すり抜けてしまったソファの背に、今は触れる事ができる。
僅かにぺとりと肌に吸い付く合皮の感覚を楽しんでいると、萌に腕を引かれた。
携帯の充電コードが差さったコンセントが目に入る。
ベッド脇のそれに近づくことは、ベッドに近づくことと同義だった。
プラグを挿し終わった萌が振り向く。
「座って」
いや、うん。
100歩譲ってベッドに座るとしても、何でお前まで隣に座るんだ。
恵一がもたついていると、萌は念を押すように「恵一さん?」と首を傾げて来た。
「なんで急に名前呼びだ」
何処かのチャラいお兄さんかと心の中でつっこんだものの、心臓はバクバク言っている。
昔から緊張したときほど口数が増えることは、自分で認識していた。
ただ、今はそれが実際に声となって外に出ることはなく、
内なる声となって頭の中を飛び回っていた。
いや、俺、意識しすぎだろ。
でも、この感じはいわゆる『良い雰囲気』ってヤツじゃないのか?!
萌はと言うと、いつもと変わらない静かな表情で、それが余裕たっぷりに見えて、だから何の強がりか、自分の中の動揺を悟られたくなくない。
恵一も顔だけは涼しくいようと頑張っていたが、気づいたときには萌に髪を乾かされていた。
「……えと、萌くん。これはどう言った状況ですか。俺もう、良い歳なんだけど」
人に乾かしてもらうなんて子供の頃以来だ。
耳やうなじを撫で温めて行く風が妙にくすぐったい。
「なに?ドライヤー煩くて聞こえない」
「……嘘つくな」
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