デート 6

*****



「薄い……」


恵一は湯気を立てるコーヒーを一口すすり、ぼそりと呟いた。

ようやくありつけた飲み物なだけに、なんとも残念だ。

色だけはちゃんとしたコーヒーには、期待していた香りも無ければ、味もなかった。


目の前で同じものを頼んだ萌が、一口飲んでから何も言わず眉をひそめる。

思わず乾いた笑いが漏れた。


「………はは。店の雰囲気は良いのにな」


参拝には三時間ほどかかった。

ひょっとすると、「お参りに行った」と言うよりは、「並びに行った」と言う方が正しいかもしれない。


並んでいる間、会話が弾むと言うことは無かったが、何となく、心地よい時間だった気がする。

自然と漏れ聞こえて来る周囲の会話の中で、萌と自分は同じ部分を耳で拾い、面白く感じていたと思う。

それがわかるから、楽しかった。


今居る喫茶店は神宮から離れている。

身体を温めるついでにカラカラになった喉を潤そうと席の空きのある店を探し求め、ようやく行き着いた場所だった。


店内は昼過ぎなのに薄暗い。

力の弱いオレンジ色の照明が、色ガラスに囲まれてぽつん、ぽつんと温かく灯っている。

家具はアンティーク調で、重厚感があるものの、張りのないソファは角があちこち擦り剥けていた。

よく言えば雰囲気があり、悪く言えば古臭い。

そんな店だ。

内装に合っているのか、いないのか判断に困るビートルズのレコードが流れている。


「ここの店、ビートルズしか流さないみたいだね。さっきからずっと流れてる」


「お前ビートルズなんて知ってるのか?」


「知ってるよ。教科書に載ってる」


「教科書?! ……なんかショックだなぁ。お前、平成生まれなんだもんなぁ……歳もとるよなぁ」


「昭和の終わりも平成の始めも大して変わらないよ。元号で考えるからいけない」


「でも『江戸』と『明治』じゃ大分だいぶ印象違くないか? 」


「『江戸』は時代の名前で元号じゃないよ。兄さん、『寛永』とか『天保』とか聞いたことない?」


「……お、俺、世界史選択だったからさ」


いささか苦しい言い訳だろうか。


「それより萌。教科書のビートルズってどんな風に載ってるんだ?」


「音楽の教科書にジョンレノンが載ってるんだよ。奥さんが東洋人だったとか、人種差別を無くそうとしたとか、平和を望んだとか。後は……そうだな。ファンに殺されたことまで載ってたかな」


それなりに衝撃だったから覚えてる、と萌は続けた。


「『若くして死ぬ』って、英雄性が増す条件みたいになってるんじゃないかな。俺にはよくわからないけど」


「それで言うと尾崎豊も似てるのかもな。……でも犯人も変な奴だよなぁ。ファンなのに殺すって、どんな心理なんだろうな」


「理由……。あったところで説明されても理解できそうにないけど」


「まあ、その通りなんだけどさ、だからこそ気にならないか?

『好きだけど自分のものにならなかったから〜』とか、

『憧れが度を越してジョンレノンに成り代わりたいと思うようになったから〜』とか、諸説あるみたいだぞ?」


「どっちでもいいよ。そんな狂った奴のことは。好きな人を殺すなんて馬鹿だ」


義理の兄に似た真っ黒い瞳で、萌はじいっと恵一を見つめながら言った。

台詞が台詞なだけに、何だかどきりとする。

ドギマギし始めた恵一をよそに、萌は全く別の話を始めた。


「……この前のストーカーどう? もうつきまとって来ないんだよな」

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