デート 3

中途半端にお辞儀する様な姿勢を保ち、「あのぉ〜お兄さんすみません」

と恵一を見上げて来る。



こんな人、知り合いに居たっけか。

急いで記憶の糸を手繰ってみるのだが、何にも引っかからない。


男は多分、恵一より年上で、三十歳半ばから後半の様に見えた。

カジュアル寄りの黒いコートを羽織っている。

ムラのある明るい茶髪を見るに、男は恵一の仕事関係の知り合いではなさそうだった。

恵一の職業は広告代理店だが、職場の知り合いはクリエイター等の技術職を除いてビジネスマン然とした格好の者が多い。


「えっと……」


「ああ、すみませんわたくしこう言うものなんですけど」


「はぁ」


口の広がったコートのポケットから男は名刺を一枚取り出した。

ケースに仕舞われずじかに入れられていただろう名刺は、何となく湿気っている。


恵一は「どうも」と言って一応名刺を覗きこんだ。

万が一、億が一、仕事で付き合いのある相手だったら邪険には出来ない。


「株式会社 ゴー・ヘブン・プロモーション……?」


「ここのスカウトマンやってましてね。いやぁ、お兄さんあんまりにも美人だから思わず声をかけさせていただいた次第なんですけど」


「結構です。興味無いので」


「いや、お話だけでも。うちの会社ご存知ないですか?」


聞いたことも無いプロダクションだった。スカウトマンの態度から考えても、怪しげな会社に違いない。


相手にしてしまったことを後悔しながら恵一はガードレールから腰を上げた。

冷たいようだがこう言ったやからとは物理的に距離を取るに限る。

けれど男は、恵一の腕を掴んでまで引き止めにかかった。

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