玉虫イロハは揺るがない 2


「ふっふっふっ、結構いいとこついてるね。あたしはを持ってる。何者もあたしの目を誤魔化すことはできないわ。普通の催眠暗示だと言語で指示しなきゃいけないけど、あたしはイメージそのものを投射できる。カラスを黄色く見せることだって簡単よ。これがあたしの『煌めく世界ビューティフル・ワールド』」

「人間レーダーみタいなモのか。索敵にはいいだろウが――戦闘向キではナいな」

 <タートルヘッド>は大きく踏み込んできた。巨体にしては素早い動きで、太い腕を振り回しイロハを殴りにかかる。

「そんなこたぁ先刻承知センコクショウチの助、だい」

 <タートルヘッド>の拳は確かにを捉えた。しかし、それはイロハではなかった。

「……人形?」

 口を縫われた兎の人形。爆発した。

「ウぉつ!?」

 爆弾の威力は高くはない。むしろ閃光と、噴き出した煙があたりを取り巻いて視界を遮る。

 目くらまし。<タートルヘッド>は両腕の鱗を硬化させ、防御の体制をとる。

 煙を突き破ってカケルが距離を詰める。

「あんたの相手は、私だよ」

 それ程重いパンチとも思えない。カケルのファイトスタイルは、<タートルヘッド>には無謀そのものに見えた。

 カケルの素早いフックが来る。を上げてガード。

「?!」

 衝撃はにあった。さらに数発の攻撃をガードする。?!。

 。これではガードが意味をなさない。

 強引に返した一発は、アームブロックで防がれている。

「成程ナ……だガ、相性が悪かっタな」

 通常ならまず防御しきれない攻撃。だが。

 <タートルヘッド>は全身の鱗を硬化させ、頭を半分近くめり込ませた。動きは鈍くなるが、防御力は跳ね上がる。

「全身ヲ守れば済むコと」


「あら、そう」

 イロハはふふんと笑うと、粘着銃を発射した。

 シャボン玉が破裂して、粘着液が<タートルヘッド>の足に当たる。がっちりとくっついて地面から離れなくなる。

「ふザけるナぁっ!!」

 地面を叩いた。アスファルトが割れる。

「ふざけてなんてないしぃ。今度の爆弾やつはさっきのおもちゃスタングレネードとは違うよぉ」

 動きが鈍ったとみて、イロハは背中に人形を張り付けた。

 さっと身を引くと同時に、爆発。

 爆風を貫通型に調整した特別製だ。


 イロハの能力はそう、戦闘向きじゃない。もっと後方に下がって、支援に徹してもいいはず。

 だけど、イロハは違う。敵の牙が届く前線まで来る。私の場合はとりあえず拳の当たる範囲まで接近しなければどうしようもないからだが。

 ——あなたが叩ける距離まで、あたしがサポートする。だから、あたしと組みましょう——。

 そうイロハは言った。


 だからここからは——私が仕留める。


 ずしん、と妙な音がした。

 カケルが両手両足につけていたウェイトを外して、落とした。その音。

 <タートルヘッド>は眉をひそめた。

——俺と今まデ、重りをツけたまマで戦っていタのか。


 カケルが来た。

 踏み込みが速い。

 威力そのものは軽いが、今度は手数が違う。打ち返す隙がない。

——所詮しょせんニンゲン。守り切レば、いツかは疲れて手ハ止まる。


 カケルは打ち続ける。

 どうせカケル自身では、打撃点と作用点のズレをコントロールできない。だったら、

 そう思って始めた訓練が、意外な効果を生み出した。

「なまじ防御力に自信があるから、受けきってやろうと考える。それが命取りなのよ。カケルの打撃は作用点をずらすだけじゃない。特性があるの。つまり、カケルのアホみたいな体力があれば——鋼鉄のドアだってぶち破れる!!」

 イロハは言い放った。

「これぞ『猛虎百撃拳』!! 食らって負けろ!」

 ——いや、やってるの私なんだけど。あとアホとか言うな。

 とカケルは思ったが、手を止めることはできないのでとりあえず敵に集中する。

「うおおおっ」

 ラッシュ。ラッシュ。ラッシュの上にまたラッシュ。

「なンだ、と——この俺が、押シ負ける!!」

 ついに鱗にヒビが入った。

 バキッと一つの鱗が割れると、連鎖的に多くの鱗を巻き込んで破壊されていく。凄まじい衝撃の嵐が<タートルヘッド>を襲った。

「グェええ——っ」

 内臓に大ダメージを負い、吹き飛ばされる。

 <タートルヘッド>は体を捨てて、小さな足が生えた頭部だけで逃げだした。

「あんたの敗因はね、脳筋の体力をめてたことよ」

 自身が赤く染まっていることに気づく。

 カケルが息も切らさず近づいてくる。

 大きく振り上げられたかかとが、重力とともに落とされる。<タートルヘッド>の頭部を叩き潰した。


「あー終わった終わった」

「イロハ! あんたさっきからアホだの脳筋だのって、どういうこ——もぐ」

 イロハは問答無用でカケルの口の中に萩の月を押し込んだ。

 動いた後に心地いい甘さ。

「回収班が来たら支部に顔出さなきゃね。いまどき報告書が紙でないとダメって、バッカみたい」

 そのまますたすたと歩いていく。

「待ってよ、イロハ」

 カケルが追うと、いきなり振り向いて、タオルを首にかけた。

 ふわりと花の香りがする。

 

「——お疲れさま」

 イロハは微笑んだ。

——まったく。


 でも、私が見る景色が少し鮮やかになったのは——彼女の能力のせいばかりではないだろう。彼女が己の道を行くその姿は、少しばかりうらやましい。


 玉虫イロハは揺らがない。

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