真夏のメモリー:8
とりあえず、気を失ったままの高校生たちを起こすことにする。声をかけたが反応が無かったので、揺さぶってみたらようやく目を開けてくれた。
何が起きたのかよく分からない―――そんな顔をしているものの、とりあえず無事な様子の彼らに安堵する。渚が状況説明、及び説教をしていた。静かに怒る彼女は、傍から見て想像以上に怖かったのはここだけの話としておこう。
「幼馴染なんですよ」
道すがら、渚は彼らの事をそう称した。道理で、遠慮の無い物言いなはずだ。
※
長い一日もいつかは終わり、渚達が帰る時が来る。曰く、彼らは今日新幹線を使って来たとのことだったので、七瀬も駅まで見送りとして付き添った。これからどうしようか、などと、内心で今後の予定に頭を巡らせながら。
駅には彼らの他にも、大勢の高校生らしき姿があった。入口の手前で立ち止まると、七瀬は渚たちに向かって片手を上げた。
「それじゃ。皆帰りは気をつけてね」
そう言った彼の元に、件の男子どもがやって来て頭を下げる。
「すいませんでした」
聞いたところでは、廃墟に入ってしばらくしてからの記憶がないとのことだった。
「別に気にすることはないよ。ただ、もう今日みたいなことはしない。いいね」
「「はい」」
彼らなりに反省していることは見て取れたので、やんわり釘を差すにとどめておく。彼らに対して怒っていないと言えばそれは嘘になるのだろう。だが怒鳴り散らすのは七瀬の性に合わない。それに彼らは、既に渚にきつくしぼられているのだし。
代わりにうっすらと冷笑を浮かべて、次は無いぞということを暗に示しておいた。今度似たようなことがあっても、そこに七瀬のような“見える人”がいるとは限らないから。
ちなみに彼らの中では、七瀬は“偶然通りがかった大学生”ということになっている。その方が、色々とスムーズだ。
もう一度頭を下げると、少年達は改札に向けて歩き出した。それに渚も続きかけて…………しかし数歩進んだところで不意に立ち止ると、振り返った。
胸の前で両手を握りしめている。改札と七瀬の間を、その視線がためらいを含んで所在無さげに揺らいだ。
しばらくして、結局七瀬の所へ戻ってきた。
「あの………」
「ん?どうかした?」
―――お礼やら挨拶やら。諸々の事は、もう済ませてあるはずだけど。
何かまだ他にあっただろうかと思い、七瀬が首をかしげる。
一方で渚は、戸惑うような瞬きを数回繰り返した。そして静かに口を開いた。
「“一期一会”って諺がありますよね。一生のうち、会うのは一度だけ、と。私……先輩と、私以外の視える人と初めてこうして知り合ったのに、これでおしまいにするのはもったいないような気がするんです。なので一つだけ、質問させてください」
離れた男子達には、その声は届くこともなく。
ただ一人七瀬だけが、彼女の紡ぐ言葉を聞いている。
「私は、先輩と―――」
一拍の間があった。
「―――またいつか、どこかで会えますか?」
かすかに上目づかいで、渚は言った。
頬を桃色にほんのりと染めて、浮かべているのは照れ臭げな表情のはにかみ笑顔。
地平線の向こうへと沈んで行く太陽がその大きな瞳に映って、黄金色の宝石のように輝いていた。
「ああ……えっとね」
理由を付けるとするならば、目の前に立つ彼女の姿があまりにも可愛過ぎたから、だろうか。七瀬は自身の狼狽を隠しきれぬまま、右斜め下に視線をずらした。
自然と胸が高鳴って行く。初めはゆっくり、次第に激しく。まるで、心臓が体の中を縦横無尽に跳ね回っているみたいだった。
所在無さげに、その右手がぶらぶらと揺れる。心を落ち着けるのに数秒、どう返すべきか考えるのにさらに数秒が過ぎた。合計で十数秒の後、やがて七瀬はゆっくりと口を開いた。
「………会いたいと思っていれば、その人とはまた会える筈。それこそ、未来はこれから出来上がっていくんだからさ。運命とか奇跡なんてのは、所謂後付けの理由」
そうであって欲しいという淡い期待も、そこには混ざっていたかもしれない。
「―――だからきっと、僕らもまた会えるよ。いつかと言ったら、それはきっとペンタスの花が咲く頃かな」
「ペンタス、その花言葉は?」
「“希望が叶う”さ。五月くらいが開花時期だよ」
渚の頬が綻んだ。
「さすがです、先輩」
七瀬からも笑みが漏れる。何だかくすぐったくて、そのまま暫く笑い合った。
心地よいそよ風が、二人の間を駆け抜けていく。
「………さ、渚ちゃん、そろそろ行かないと。友達が待ってるよ」
「じゃあ最後に、一つだけいいですか」
なにかな? そう訊き返すと、渚は何故か一度深呼吸をした。そして何やら意を決したような風で、七瀬の目を真正面から見つめてきた。
「初めて会った時、私のことを柊に喩えてくれましたよね。私は先輩程、植物に詳しくは無いですけど………私からも言わせてください。…………先輩は、私にとってカスミソウのような人です」
「花言葉は“親切”、あるいは“清らかな心”かな。そう思ってくれて嬉しい。……覚えておくね。また逢える時まで」
答える彼の顔が赤かったのには、夕日以外の要因もあったのだろう。
「私も忘れません。今日の事は……忘れようと思っても、忘れられないです」
渚は小さく頭を下げると、可憐な微笑みを浮かべた。それは彼女が、七瀬に初めて見せた時のものと同じ、春先の白スミレのような柔らかい笑顔。
――――――花が咲いたみたいだった。
「それでは、また」
「うん、またいつかね」
名残惜しげに手を振り合う二人の影が、熱せられたアスファルトの上に伸びている。
長く長く、どこまでも。
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