DistortionWorld

御憑 狐華

第1章1節:夢現

「世界の輪郭が急速に遠くなる瞬間があるの…」


美しく妖艶な彼女は不敵な笑みを浮かべ虚空に向かって、まるで僕以外の他の誰かに言い放つようにそう言った。


廃墟の屋上から眼下に何処までも広がる無機質な世界を見下し、そこにいる“誰か”に腹の底からの黒くドロドロとした感情をぶちまける。


「私は本当にここに存在するの?誰か!教えて!私は生きているの?ここに物体として存在してるの?ねえ、誰か教えてよ!」


いつも陽気な彼女が顔を憎しみに歪め、何かに縋りつくようにそう言い放つ。


彼女がなぜそのような言葉を口にしたのか俺には分からない。


彼女唐突に思い出したように俺に質問をする。


「ねえ、雄馬。私の人生を一言で表すとしたらなんだと思う?」


「さあ。でも“楽”とか“幸福”みたいなプラス思考な物じゃないのは確かだろ」


そう返すと彼女はこちらを振り返りと太陽のような作り物の笑顔で


「ぶっぶー。はっずれ!!」


と言い放ったかと思うと、それを一切崩すことなく


「不正解だった雄馬には罰ゲームです。タオルを口に巻いて口を塞いでもらいます。」


と僕の口にタオルを巻き付けるのである。


既にもう2問不正解の俺は、薄汚いビルの錆びれたパイプに手錠で括りつけられ、身動きが一切取れない状態にされているのであった。


「フガフガフガ(なぜこんな事をするんだ!)」


僕の抵抗も虚しく、彼女は続ける。


「さっきの答えはね、“代替品スペア”よ。理由はね、私自身が様々な物の代替だから。」


「家では母と姉の代替、学校では他の優秀な子の代替、バイトでは他の人の代替、


貴方にとっては他の女の代替。私という存在には価値はないの。誰かの代替である


ことで私には価値があるの。現に私がいなくても社会は恐ろしいほどに、正常に健


全に回っている。歯車が狂うことなく、私がいなくても明日はやってくる。どんな


ものにも代替品が見つかる。じゃあこの社会に、この世界に私の存在する意味はあ


るのかしら。どう思う?雄馬?」


そう俺に問いかける彼女の顔はさっきまでの作られたソレではなく彼女の本当の顔を残酷なまでに映しているのであった。


「フガフガフガ(俺にとってお前は唯一無二の存在だ!だれかで代用出来たりなんかするもんか!!)」


しかし、そんな俺の思いが彼女に伝わるまでもなく、彼女はクスリと笑ったこと思うと


「ごめんなさいね。貴方が何かを伝えようとするのは分かるのだけれど、さっき私が口を塞いだのを忘れていたわ。」


そういって彼女は俺にゆっくりと近づいてきたかと思うと、額にやさしくキスをした。


そして作り物でない本当の優しい顔で俺に優しく語りかけてくる。


「私の人生は確かに良いことは何もなかった。今思い返しても吐き気を感じることばかり。

でも、それでもただ、一つだけ幸福だったことは貴方に出会えて、付き合ってこう

して最後の時まで一緒にいられたこと。貴方という存在に私は何度救われたことか。」


彼女は淡々と涙を流し続ける。


「でもね、私たちはお互い一緒にいるとお互いをダメにする。だから、私は貴方と


決別する道を選んだの。今でも雄馬のことは大好き、愛している。それでも代替品


の私が貴方を独占するような事はしてはいけないの。だからせめて最後を見守って


欲しい。これが代替品矢代由紀の最初で最後の願い。」


そういうと彼女は満足そうな顔をこちらに向け、何か言ったかと思うとゆっくりと


四肢の力を抜き、全身を透明な空間に委ねる。


知覚する時間が何千倍にも何億倍にも引き延ばされスローモーションのように彼女

が落ちていく瞬間がコマ送りのように見える。


彼女の顔が建物の淵を通り過ぎる際に彼女と目が合う。


その眼には絶望と、旅立ちへの期待が入り混じっていた。


彼女の身体は重力加速度によって段々と加速し、時速80キロに到達したかという頃に地面にベチャリと不快な音を立て激突した。

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