星の見えない夜に

文吉

阿神 千夜という女

私には、小学生の頃ひどく憧れていた子がいた。阿神 千夜<あがみ ちよ>と言って、10人中9人が美人と言って残り1人は嫉妬から大したことがないと口走るような、綺麗な子だった。おまけに、柔らかい人柄で友達も尽きず、ピアノやバイオリンなどの楽器演奏が上手で、よく合唱コンクールなんかでは伴奏を任されたりしていた。運動も目立った功績は無いけど、苦手ではないタイプで、その代わり勉強はすごく得意で100点しか取ったことがないんじゃないか?と思わせるほどだった。

まあ当然クラスの人気者だった。2年と4年、5年と3年間クラスが一緒だったが変わらず人気者だったし、クラスが離れていても彼女の噂は耳に届くほどだった。

実は私は彼女とほとんど喋ったことがないし、喋ろうとしたこともない。もちろん、彼女のことは嫌いじゃないしむしろ憧れている、と言った通り、好意を持っていた。

じゃあなんで喋らなかったのか?別に彼女は私にだけに意地悪をしたり、特別扱いなんてしなかった。ただ単に、私は「この人とは関われない、私が関わるような人じゃない」と判断したからだ。

憧れと同時にどこか恐怖していたんだと思う。欠点が全くない、普通とはかけ離れた彼女が怖かった。この人を包丁で刺しても血の一つも流さないような、そんなバケモノじみた雰囲気を彼女は漂わせている。そう感じて、極力彼女と関わらなかった。遠巻きに、取り巻きの子たちと楽しそうに談笑している彼女をただただ眺めていた。

そんな私の、彼女を眺めるだけの生活は小学校5年生の夏休み明けに、終わりを告げた。始業式のあとのホームルームで担任の若い女の先生が阿神 千夜の転校を悲しげな顔で話していたのを覚えている。クラスメイト達はどよどよと騒ぎ出し、ショックで泣き出す子もいた。

え?私はなにを思ったか?勿論、彼女をもう見ることはないだろうという悲しみが胸を締め付けた。けど、それと同時に。

もうあの子を見ることがない安心感でどこかホッとしていたのだ。

これはもう6年くらい前の話。立派なJKとなった私は、阿神 千夜のことをほとんど思い出すこともなくテキトーに、楽しく学生生活を満喫していた。

彼女と再会するまでは、の話だが。

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