風の強い日

@tori-0123

おばあちゃんの話

 こちらに投稿させていただくお話は怖い話というのとは少し違うと思います。私が子供の頃祖母から聞いた事、不思議だなと思った話を書いたというところですが、皆様に暇つぶし程度でも目にとめていただけるのなら幸いかと思います。



 私が生まれた場所は【田舎と言えばまだ聞こえがいい】と言って笑うほどにど田舎の山奥の集落です。たぬきも狐も化かす相手がいなくては、と笑い話になるほどに。


 1990年代に入っても公道に街灯もなく月もない日は真っ暗で、家と家の距離がとにかく遠い。平らな場所は全て田畑で、後はお墓。家々は段々畑のような敷地に建っている。段違いに転々と並んだ家々は皆一様に山を背にして母屋があり、家の周りに竹林か雑木林を持っています。これは風が強い地域によくみられる家の作りで、周囲を囲む雑木林は【屋敷林】と呼ばれる風よけなのだそうです。


 実家あたりは年に何回か非常に強い風が吹き荒れる場所です。この風の予兆が裏の山に出ると、祖母と父が家の前の飛びそうなものを片付けはじめ、稲が倒れないように縄で囲ったり、ビニールハウスを上からロープで固定したりと忙しそうにしていたのを覚えています。予兆と言っても、この風が吹く前になると地域では【風まくら】と言われる雲が山にかかるだけなのですが、この【風まくら】が出ると必ず天気が荒れるのです。


 一通りの片付けが終わる頃には既に天気は怪しくなり、少しずつ風が強くなってきます。そうなるとみんな家に閉じ籠り雨戸をぴったりと閉めて家でじっとしていました。

 外が荒れてくると家の周りの木々が騒めき始めます。強い風に煽られ枝葉を揺らしているだけなのですが、雨戸を叩く雨と風、外から聞こえる唸り声のような風の音と相まって、子供の頃は何か怖いものがたくさん外をうろついて騒いでいるかのような気がしたものでした。

 風は長く続かないので心配ないから眠れと言われても、こんなに荒れ狂う音の中では怖くて眠れるわけがない。いつもは両親と一緒の部屋で私は寝ていましたが、彼らは避難指示が出た時や消防団の呼び出しで待機していなければならないので、ずっと起きていなくてはいけません。

 その日は祖母の布団に一緒に入って、眠れぬままに色々な話を祖母としていました。


 風の音が怖いという私に祖母はある話をしてくれました。


『こういう風の強い日ににはなぁ、風に乗っかって【コトリ】が山から下りてくるんじゃあ。早よう寝んと、コトリの婆さんが起きとる子供を連れていくけんなぁ、○○さんも早う寝んさい』


 私は【コトリ】を【小鳥】だと思っていて、小鳥がなぜ子供を連れていくのかと不思議に思って聴きました。


『小鳥が何で子供を連れて行くん??山に何があるん??』


 祖母は笑いました。小鳥の発音とコトリの発音は違います、その違いを笑ったのでしょうが幼い私にはよくわかりませんでした。


 『子供を攫って行くけん、【子取り】じゃで。山に住んどる婆さんでな、大きい袋を肩から下げて、風が吹いとる日に親のいう事を聞かずに外に出たり、起きてぐずぐずいう子を袋に詰めて山へ連れていくんじゃ』


『攫われた子はどうなるん??』


『―――油を搾られるんじゃて、世の中には子供の油を欲しがるもんがおるんじゃと。逆さに吊るして、下に鍋を置いてな。火で炙ったり串を刺したりして生きたまま油を搾るんじゃて』


『きょうてえなぁ…(怖い)ばあちゃんは子取り見たことあるんか??』


 見たことがあったら生きとらんがな。と祖母はまた笑いましたが、ふと真面目な顔で

『わたしゃー地の者じゃないけん、こがいに(こんなに)きょうてぇ風が毎年吹くじゃあ嫁に来るまで知らなんだけど、こまい頃(小さい頃)婿に出たわたしのあんさん(兄さん)の家の稲刈りのてごう(手伝い)に、この辺に来たことがあってなぁ』


 祖母はぽつぽつと話し始めました。


 祖母は大正二年生まれで、十代の頃というと昭和の初め位でしょうか。年の離れた兄が入り婿としてこの土地の縁者の元に入り、家で稲刈りの手が足りないからと実家の親族を呼んだことがあったそうです。

 祖母も一緒についていき、他の地域ではまだぼちぼちとしか刈り入れが始まっていないのに、ここではみんな忙しく稲を担いだりしている。稲刈りと言ってもまだそう急ぐ時期じゃないのになと不思議に思ったそうです。


(台風の時期じゃし、風まくらが出たら風が吹いて稲がダメになるかもしれん。その前にここいらじゃ風に煽られそうな田んぼの稲は刈っておくんよ。稲が全部倒れて水に浸かるよりはいくらかマシじゃけん)


 そうは言われても今日は綺麗に晴れていて、嵐の気配など微塵もない。まあせっかく呼ばれたのだし、海の近くで育った祖母はどこを見ても山という景色が珍しく、時々遊びながらでも稲刈りを手伝ったそうです。

 次の日に刈った稲を納屋に全部吊るし終わって外で一息入れていると、山に変な雲がかかっていました。あれはなんじゃろうと思いつつも、今日やることは全部もう終わったので家の子達と遊んでいたそうです。

 その日まだ昼の内に空模様が怪しくなり風が吹いてきて、生暖かい台風とは違う冷たく強い風が屋敷林をざわざわと揺らすまでになると


『何しとる、早う中に入れ。子取りが飛んできて攫って行くぞ』


 兄が慌てたように言い、早く早くと急かすので私と同じように祖母は【コトリとはなんぞ?】と思ったそうですが、雨も降ってきたのでみんなで慌てて家に入ったそうです。

 男衆は皆で納屋の補強をしに外へ出て、女衆は風がこれ以上ひどくならぬうちにと風呂を沸かし食事の用意をしています。小一時間ほどして男衆が帰ってくると、みんなで雨戸を出して家を完全に締め切ってしまいました。やがて夜になって風が一段と酷くなり、食事も風呂も終わって後は嵐が過ぎ去るのを待つだけとなった頃。

 風雨にも負けないほどに雨戸を激しく叩く音がして、一体何ごとぞと兄が雨戸の隙間から覗いて見ると。外には地区長と駐在さんがずぶ濡れのまま立っていて、もしかしてこの雨で裏山でも崩れたかと慌てて雨戸を開けて家の中に入れました。

 縁側で三人何か話していたのですが、暫くして家にいる大人全員が縁側に呼ばれて行ったそうです。

 どうやらこの嵐の中隣の地区の子供がひとり家に帰っていないということで、近隣の集落に知らないかと声をかけて回っているらしい。誰か地域の子どもではない子を見なかったかと祖母たちにも聞いてきましたが、祖母は別の地域から手伝いに来ただけで知る由もないし、他にもこの家の子供や近所から手伝いに来た親戚の子供がいたが誰も知らないという。

 これはえらいことだと大人はみんなざわざわと騒ぎ出し、ともかくもう少し風が弱くなるのを待って探しに行くことになった。

 夜半過ぎ、風は徐々に大人しくなってきたようで、大人たちが起き出してきて口々に何か言いながら支度を始めた。奥の座敷にほかの子供達と一緒に寝かされていた祖母は物音に目が覚めて、子供を探しに行くんだなと思い襖の隙間からこっそり隣の部屋を覗いていたそうです。


(どうも家から居らんようになったゆう話じゃぞ)


(外で遊んどって帰れんようなったんじゃないんか)


(いや、家のもんが気がついたら居らん事なっとったんじゃあて)


(………まさか、風が強うなってから人が来た思うて玄関開けたんじゃなかろうな)


 親戚の誰だったか忘れてしまったけれど、小父さんがポツリと言った言葉に口々に騒がしかった場はしんとした。


(子取りが出たんかもしれん……)


 【コトリ】


 そういえば昼にも同じ言葉を聞いた。


 祖母は【コトリ】とは何だろうと興味を惹かれ、誰か何か言わないかと思いながら覗いていたそうですが、子供たちの様子を見に来た伯母(婿入りした自分の兄の妻)に見つかって、もう寝なさいと布団の中に追いやられたそうです。


『はつさん、コトリってなんなん?なんかの鳥が悪さするん?』


 布団を跳ね飛ばしたり寝間着をはだけて腹を出していたりと、様々に寝相が悪い子供たちを直してやる伯母に祖母は聞いてみました。


『……とよさんは知らんじゃったか。それは鳥じゃあのうて、子を取る、と書いて【子取り】言うんじゃ』


 伯母は一通り子供たちを見て回ると、祖母の横に来て語りだした。


 大方の内容は後に祖母が孫の私に語った内容と同じでしたが、こういう大風が吹く日にいなくなってしまう子が時々出るのは、何も家の外で遊んでいる子供だけではないという事。

 時折風の音に紛れて玄関の戸をコンコンと叩くものが居る。近所の人が来たかと思って叩かれた戸を開けると、対応した人間が大人であればそこに何者もいないが、子供であれば子取りが連れて行ってしまうのだと。


 現代でもある程度の田舎で育った人は経験があると思いますが、顔見知りの近隣住民や近所に住む親戚などはよく縁側や勝手口から住人に声を掛ける。玄関は基本お客様が使う場所なので、家の住人が出入りするか客が使うかどちらかという認識です。

 無論今どきはそんな事を考えないですし、家に来たなら誰でも玄関を使うと思います。でも少し前までは玄関の前に立って呼ぶというのは、この家の客もしくは勝手口などから声を掛けるほど親しくない人、または同じ里の人ではない人という雰囲気はありました。

 もちろん地元の子供は親から聞かされて知っているのですが、お客さんが来たかもしれないと思うと、つい開けてしまう子供もいたのでしょう。


 或いは子取りを知っているが故の、一目見てやろうとの興味本位の行動か。


『居らんようなった子供は誰か来たから玄関を開けてしもうたん?』


『そこまでは知らんけど、家から急に居らんようになったんはほんまらしいなぁ……こがいに風が強い日に、どこで何をしようるんじゃろう。小さい子じゃったらどえらいきょうとかろうなぁ、ほんまに』



 

『その子供は見つかったん、ばあちゃん』

 

 祖母は布団の中でふるふると首を振った。


『見つかったかどうかは知らん。次の日からあんさんの家に居った子供は全部本家に預けられたし、わたし等は地の人間じゃなかったけんすぐに自分の家に帰らされた。でもな……』

 

 従姉弟や親戚の子供と一緒に本家に預けられた日の夜、夜中に便所に立った祖母は山の方で明かりがちらついた気がして、帰りに(当時トイレは家の外にあるのが普通だった)家の裏に回り山の方を見てみたそうです。

 星も月もない曇りがちの真っ暗闇のはずなのに、山の影だけはその中でもいつも黒く濃く見える。そんな黒い塊のような山の中を、オレンジ色の光がちらちらと見えては消え、見えては消えしていた。そのちらちらした光は麓の方からずっと一列に繋がっていて、やはり時々ついたり消えたりしながら少しずつ上へ上へと移動していく。


(居なくなった子がいるから山を捜してるのかな)


 風の影響がないランプやカンテラなどではなく、揺れ具合から松明の灯りだとわかったそうです。

 

 子供を皆で探しているのか、最初はそう思っていましたが祖母はふと妙な事に気がつきました。


 何かを探しているというなら、そのうち灯りはばらけてあちこちに散らばるだろう。だけど麓から一列に並んで長く続く灯りの道は、ばらける事なく上へ上へと昇っていく。

 しかも灯りの数は尋常ではない多さだった。

 灯りが見える山は決して高い山ではないけれど、すでに麓から中腹まで灯りの道が繋がっていた。山の麓のは入り口あたりは手前に森があって見えないが、麓に広がる森と山の裾野全体がぼうっと明るく見えるのは、山を囲むようにしてたくさんの人が下にもまだ居るからだろう。


 人を捜しているならきっと、大きな声で名を呼ぶだろう。真夜中の田舎の山の中で、しかもそう遠くでもない山。

 

 しかし、そこからは何も聴こえてこない。

 

 子供を一人探すのに、そんなに数を集めてどうするのか。手に松明をもって無言で山を登っていくたくさんの人の姿を想像し、祖母は急に恐ろしくなってもう山の方など見ずに走って母屋へと帰ったそうです。



『あれは何じゃったろうなぁ……朝になったら男衆が帰って来とったけど、あんさんに尋ねても本家の叔父さんに尋ねてもだあれも知らん言うし、伯母さんは寝ぼけとったんじゃろうって笑うし。子供を捜すために山狩りでもしとったんじゃろうか、未だにようわからん』


 祖母は不思議そうに、懐かしそうに呟きました。


 祖母がこの地域へ嫁いできたのはそこから十年も経っていないのですが、兄とは地元は同じなのに住んでいる地区が違い、その子がどうなったかは結局知ることができなかったそうです。

 祖母は84歳で亡くなりましたが、私が18で家を出るまでは時々【子取り】の話をしていました。

 私がいい加減大きくなっても時々思い出したようにこの話しをては、必ず最後の結びは


【風が吹く日は早う家に帰ってな、支度を済ませたら早う寝てしまえ。誰か人が来ても玄関だけは開けん事じゃ。家のもんだったら勝手に入ってくるし、里のもんだったら最初に他の場所から居るかゆうて声を掛けてくる。玄関から呼ぶもんは知らん人じゃけん、不用意に戸を開けちゃならん。子取りは山に住んどって、風に乗って山から下りてくるからな】




 拙い文章の長文をここまで読んでいただきありがとうございました。人名は規約通りすべて仮名とさせていただきます。

 ところどころ脚色と私の推測などが入っていますが、大筋では祖母が昔私への寝物語で語った事です。

【子取り】とはサーカスや遊郭、または外国に売るために子供を攫ったり売買することを目的に、全国を歩いていた人身売買を生業にする人たちの暗喩だという話です。

 だとしたら祖母が見た大規模な山狩りは、山の中にそのアジトを見つけたという事だったのでしょうか。それとも本当に山に【子取り】という物が居て、山に子供を連れて行ったのを大人が取り返しに行ったのでしょうか。


 結局いなくなった子供はどうなったかもわからず、祖母が見た深夜の山狩りもなんなのかもわかりません。

 

 不思議で何とも落ちがない、妙な後味のお話です。


 終わり




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